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日系の主人公が共感させる佳作ゆえ、日系の俳優に演じてほしかったもどかしさも【サンダンス映画祭】

斉藤博昭映画ジャーナリスト
劇中のベンとアリス courtesy of Sundance Institute

『コーダ あいのうた』など翌年のアカデミー賞に絡む傑作が“発見”されることで知られる、サンダンス映画祭。今年もクオリティの高い作品が数多く上映されており、アメリカのドラマ部門コンペティションに入っている『Shortcomings』もそんな一本。

この作品、主人公が日系のアメリカ人なのである。

カリフォルニア州バークレーで、自身の映画製作を夢みながら、映画館で支配人をしているベン。ガールフレンドのミコと同居しているが、他の女性にときめくことも多く、2人の仲はぎくしゃく。ミコがインターンシップでNYへ行くことになり、2人は関係を一旦、断ち切ることになる。

ベンの名字はタガワ。ミコも日系のアメリカ人。親友のアリスは韓国系のレズビアンで、ベンはアリスのボーイフレンド(しかも韓国系)だと偽って、彼女の家族を安心させようとしたりもする。そんな感じで、アメリカにおけるアジア系コミュニティーの日常を丁寧に描きつつ、白人女性に次々と心ときめかせるベンが、逆に若いアジア系女性が年上の白人男性とつきあうと「ライスキング(お米が好きな男)」「性の搾取」だと批判したり、そうした偏見を炙り出したりする点がリアルだったりも。基本は軽やかなラブコメディで、ちょっと『(500)日のサマー』も思い出す。

主人公が日系ということで、あちこちに日本のネタが登場する。冒頭は日本語の歌で始まり、ベンは祖先の戦争体験を話すし、大好きな小津安二郎の『お早よう』を観るシーンもある。部屋には大林宣彦の『HOUSE』のポスターが貼られている。「ちょっと待って」という日本語のタイトルが付いたチャプターもある。

セリフはほぼすべて英語だが、ベンの外見、その雰囲気は日本人そのもの(こういう表現も、今は問題があるが)。日本の人気俳優が演じているのかと錯覚してしまうほど。

ベン役は、ジャスティン・H・ミン。日本でも昨年公開された『アフター・ヤン』で、AIロボットの長男・ヤンを演じていた、いま急成長中の32歳。ロボットのヤンとはまったく違い、今回は親しみやすい等身大の青年にハマっている。ただ、ジャスティンは韓国系アメリカ人。わずかに話す日本語のセリフも、少しだけ違和感がある。

ガールフレンドのミコ役、アリー・マキは、日系のアメリカ人(本名はアリー・マキ・マツムラ)で、そのほか、『ラ・ラ・ランド』にも出ていた、日系イギリス人俳優のソノヤ・ミズノも重要な役で登場。

日本ネタもきっちり描かれているだけに、ベン役を日系の俳優が演じていたら……と、考えてしまう。ジャスティン・H・ミンの演技は誠実で、じつにすばらしい。ダメな部分も含め、観る者を共感させずにはいられない。それだけに、モヤモヤした気分も残る。

現在、ハリウッドでは「当事者の俳優が演じるべき」という流れで、たしかに「アジア系」という大きな括りであれば『Shortcomings』に、なんら問題はない。たとえばヨーロッパを舞台にした作品で、俳優の出身国がどうこう、とはならないだろう。しかし「日本」というポイントが多く盛り込まれている作品だけに、当事者の国から観ると「主人公を日系俳優にしてほしかった」と感じる。10年前なら、こんなこともなかっただろうが……。

監督を務めたのは、韓国系アメリカ人のランドール・パーク。これが初の長編映画だが、俳優としては有名で、マーベルの『アントマン&ワスプ』や「ワンダヴィジョン」のFBI捜査官ジミー・ウー役、DCの『アクアマン』のスティーブン・シン役で、その顔に見覚えがある人も多いはず。逆に韓国系にもかかわらず、日本がらみの描写をリアルに描いている点はリスペクトに値すると思う。

監督のランドール・パーク courtesy of Sundance Institute
監督のランドール・パーク courtesy of Sundance Institute

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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