「鎌倉殿による12人殺し」であった『鎌倉殿の13人』前半 鎌倉殿に殺されたその12人を振り返る
後世からの視点を登場人物に語らせているおもしろさ
『鎌倉殿の13人』はいよいよ恐ろしい時代に突入する。
ドラマ前半部は源頼朝の物語であり、後半は「頼朝後の物語」となる。
前半から「目障りな者を次々と殺す」という粛清の物語であったが、強大な指導者が失われたあとの後半のほうが、その厳しさを増していく。
26話で北条義時(小栗旬)は、伊豆に隠遁したいというようなことを姉の政子(小池栄子)に申し出ていたが、これは後半部の「恐ろしい粛清の政治家」となっていくことに対する「事前の弁解」のようなものだろう。
この人の後半生は政権中枢に留まり、数知れない陰謀と戦略によって政敵を排除しつづけることになる。
これほどまでに人を殺し続ける後半生を送るのか、ということを事前に知っているほうからすると、こういうこと(本当は隠遁したい)のひとつも言っておきたくなるのだろう。
このドラマは適宜「後世からの視点を登場人物に語らせる」という遊びが入っており、これもまたその一つと見ていい。
鎌倉殿が「殺せ」と命じる物語前半
前半の権力者は源頼朝(大泉洋)であった。
26話で亡くなるまで、多くの敵を葬った。
頼朝は繰り返し「殺せ!」と命じていた。
『鎌倉殿の13人』の前半は、ある意味、頼朝が「あいつを殺せ!」と言い続ける物語でもあった。
頼朝は、どれぐらい「殺せ!」と命じていたのか。
あらためて振り返ってみる。
「伊東祐親を殺せ」というのが最初
まず第1話、頼朝は伊東祐親(浅野和之)を殺せ、と命じている。
(セリフは「祐親を殺せ」)
命じた相手は工藤祐経(坪倉由幸)。
八重(新垣結衣)との子である千鶴丸を殺された恨みによる叫びである。
しかしこの時点ではただの流人でしかなかった頼朝のこの言葉は命令ではなく、恨みを口にしたに過ぎない。
やがて挙兵し、坂東の武士軍団を従え相模から伊豆に攻めのぼり、伊東氏を圧倒し、祐親を捕らえる。
敵の大将の一人であるから、戦さに勝てばその首を取るのは当然である。
でもそこで殺さなかった。
親族(八重および義時)の嘆願によっていったんは命を助ける。
しかし妻の政子が子を生むとき、かつての恨みをおもいだし、いきなり暗殺した。
11話での話。
敵だから捕まえたときに殺せばよかったのに、生きながらえさせ、のぞみを持たした上で殺戮したところが、とても陰惨である。
伊東祐親と、その子の伊東祐清(竹財輝之助)の2人を殺した。
下手人は善児(梶原善)。
このドラマで、頼朝の命令によって殺された1人目と2人目である。
3人目は佐藤浩市の「上総広常」
次は15話での上総広常(佐藤浩市)。
上総は北条義時に頼まれ「謀反を企む坂東武者の一団」にスパイとして潜り込む。
ところがその依頼じたいが、頼朝の陰謀であった。
謀反に与した罪により、御家人の眼前で謀殺される。(刺客は梶原景時)
これが3人目となる。
4人目は「成敗いたせ」と命じた木曽義仲
4人目は源義仲/木曽義仲(青木崇高)。
「頼朝追討の院宣」が出されたことにより、当面の敵は義仲であると狙い定めた頼朝は、御家人に「義仲を成敗いたせ」と命じる。
源氏同士による戦いである。
範頼・義経以下、京へ攻め上った頼朝配下の軍は宇治川で義仲軍を破り、義仲は流れ矢に当たり命を落とす。
頼朝の命により殺された4人目ということになる。
5人目は市川染五郎の「源義高」
5人目はその義仲の子・源義高(市川染五郎)。17話で殺される。
もともと同盟のために頼朝のもとに送られた人質であった。
父を殺したのは頼朝軍であるため、その子義高にとって頼朝は「父の仇」となる。
やがて自分を殺しに来る義高を事前に殺す、というのは、この時代の論理としては間違っていない。
人質であった義高は逃げ出し、それを知った頼朝は「見つけ次第、首を刎ねよ」と家人たちに命じる。
ただ義高は、頼朝の娘と許嫁として仲が良かったので、政子の嘆願によって頼朝は「義高は殺さずに出家させる」と方針を変えた。
その変更が末端に届く前に、藤内光澄という家人によって義高は捕らえられ、首を刎ねられてしまう。
5人目となった。
源義高殺しに関連して6人目と7人目
義高の逃亡に気づいたのは一条忠頼(甲斐源氏の武田信義の嫡男)である。
ただ、なぜ義高に会おうとしたのか、それは謀反を企んでいたからであろうと、頼朝の家人に取り囲まれ、一条忠頼は惨殺される。
6人目。
そして源義高の首を刎ね、首桶を意気揚々と運び込んできた藤内光澄も、早まった、という理由で首を斬られた。
命令に従っただけなのに、かなり理不尽である。
7人目。
一条忠頼と藤内光澄が殺されたのは、ほぼ、とばっちりだともいえる。
陰惨な殺人である。
日本史上もっとも有名な兄弟喧嘩
8人目は頼朝の弟、源義経(菅田将暉)。20話で殺される。
頼朝と義経の諍いはおそらく日本史上もっとも話題になった兄弟喧嘩であろう。
軍事的な天才でありながら、鎌倉政権を第一と考えているとはおもえない政治的振る舞いが目立った義経は、兄に粛清される。
このドラマでは、主人公・北条義時が奥州に出向き、義経を匿っている藤原泰衡を煽って、義経を殺させた。
手を下したのは泰衡だが、頼朝が「生かして連れて帰るな」と命令しているので、頼朝の命令で殺されたことになる。
8人目。
9人目は藤原泰衡、10人目はその首を取った河田次郎
21話で頼朝軍が奥州を攻める。
ドラマでは省かれていたが、まず兄の藤原国衡が破れて戦死する。
そのあと藤原泰衡は逃げ惑うが、彼の家人であった河田次郎によって殺され、その首が頼朝のもとに運ばれた。
泰衡が9人目。(国衡はその最期が描かれないので数に入れない)
そしてこの泰衡の首を持って参上した河田次郎に「次郎とやら、恩を忘れて欲得のために主人を殺すとは何ごとか、名を呼ぶのもけがらわしい、この男の首をいますぐ刎ねよ」と頼朝は命じる。
10人目である。
邪魔になった人物は次々と殺していく粛清政権
頼朝の父の義朝もまた、自分の家人に裏切られて殺されたので、河田次郎の主人殺しはそれをおもいだして許せなかったという説明もなされるが、つまりどのみち、頼朝の恣意的で感情的な命令でしかない。
「親分の心持ち次第」で人の命がどんどん奪われていく。
暴力集団の暴力的な管理体制だといえる。暴力団と呼んでいいのではないか。
それが鎌倉政権、つまり鎌倉幕府の本質でもある。
親分の頼朝が死んでも、この「邪魔だとおもったらすぐに殺していく粛清政権」であることは続いていく。革命政権の宿命なのだろう。
日本三大仇討のひとつ「曾我兄弟の仇討」
23話では「日本の三大仇討」のひとつ「曾我兄弟の仇討」が描かれた。
歌舞伎狂言では好んで演じられる題材であるが、『鎌倉殿の13人』では曾我兄弟が「陰惨な存在」として登場したので、とても驚いた。
巷間、伝わる彼らは「善」なる存在であり、命がけで父の仇を討ったあっぱれな青年たちなのだが、『鎌倉殿の13人』ではダークサイドの人間として登場している。
シスの暗黒卿の匂い漂うような存在であり、「“人を次々と殺す頼朝”を殺そうとする存在」として現れたのだ。
ダーク中のダークな存在であり、明治大正のころの少年たちが見たら、びっくりして座り小便してバカになっちゃいそうな設定である。昭和の少年だった私は座り小便はしなかったが、びっくりしてバカになりそうであった。
まれなる美談として末代まで語りつがれる11人目
このドラマの曽我兄弟は、ただ頼朝を暗殺することだけを考えて生きているようなダークな存在で、かなり惜しいところまで迫ったが、間違えて工藤祐経を殺してしまう。
このドラマでは、曾我兄弟は仇討を企んでいた人物ではないのだ。
もはや多くの日本人が三大仇討という言葉さえ知らず、若い人は赤穂事件さえ知らない時代に、曾我兄弟をこのようなダークサイドの人間として描いたのはある種の歴史物語の圧殺でもある。
しかたがないとはいえ、五郎・十郎や虎御前が気の毒でならない。
兄の十郎は仁田忠常(ティモンディ高岸)に殺され、弟の五郎は間違って工藤祐経を殺し、そのあとに捕まった。
騒ぎを起こしたために斬首と伝えられてから、頼朝に「おぬしら兄弟の討入、見事であった。まれなる美談として末代までも語りつごう」と言い渡され、斬首された。
11人目。
12人目はふたたび弟殺し
この曾我兄弟騒動が起こったのは富士の裾野であり、頼朝が殺されたとの誤った情報が鎌倉に伝わり、慌てた留守政権は弟の範頼を次の鎌倉殿にと動きだす。範頼もそれに乗っかってしまった。
生還した頼朝によって、範頼には謀反の心があったと疑われ、伊豆の修善寺へと追放となる。
のち範頼の呪詛により娘が死んだと信じた頼朝は、範頼殺しを命じる。
範頼は修善寺の畑で静かに暗殺される。手を下したのは善児。
これで12人となった。
暗殺を一手に引き受ける存在・善児
善児(梶原善)という人物がこの物語では「暗殺仕事」を一手に引き受ける役を演じている。(頼朝の子の千鶴丸、伊東祐親父子、源範頼を殺している)
「源頼朝から北条義時への政権」においては、いかに「暗殺」という手法が多用されていたか、というあらわれでもある。
たぶんこの後も暗殺に加わるだろう。
(予想されるのはやはり二代鎌倉殿・頼家の陰惨きわまる暗殺の下手人)
「初代の鎌倉殿による殺人の指令」によって殺されたのは目立つところ、この12人であった。
もちろん他にも殺された人たちはいる。
たとえば平家一族は頼朝の「平家を滅ぼせ」という命令によって西海に沈んだのであるが、頼朝は具体的に誰を殺せという名を挙げていないので(もともと標的としたラスボス平清盛はすでに死んでいたため)、政権そのものを覆せという命令であったととらえていいだろう。
具体的な人物を指しての殺し命令は出ていない。
だからいま挙げた12人が、頼朝が明確に「こいつを殺せ」と命じた相手だったのである。
鎌倉殿による「12人殺しの物語」
『鎌倉殿の13人』の前半は、「初代鎌倉殿による12人殺しの物語」という側面を持っていた。
もちろん後半も、誅殺、暗殺が繰り返されていく。
そういう時代だからしかたがない。
そのどれぐらいを北条義時(小栗旬)の指令によるものとするか、それは、三谷幸喜しだいだろう。歴史上の謀殺や暗殺の真相(おおもとの指令者)はほぼ明らかになっていないから、どうとでも書ける。
陰惨な内部粛清殺人が連続する政権運営を、明るいホームコメディトーンで包んで進行させているのが、このドラマの凄みでもある。
そのトーンは最後まで変わらないだろう。
だから名作となりそうな香りがとても高い。