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アギーレは宇佐美貴史とどう向き合うか

杉山茂樹スポーツライター

つい期待を寄せたくなる選手。「日本代表に選ばれて欲しい選手は誰?」というアンケートを募れば、1番か2番に推されるに違いない選手。

宇佐美貴史(ガンバ大阪)は、言い換えれば、ファンの期待が常に代表監督の目を上回る選手になる。監督がアギーレに代わり、その傾向はより強まっている。だが、代表入りは簡単ではないという気がする。

アギーレは就任記者会見の席上で「まず守備を」と述べた。もちろん、後ろに下がりゴール前を固める守備ではない。いかにボールを奪うか。ボールを奪わなければ攻撃は始まらないという考え方だ。

強者を率いて上位を維持するのが得意な監督と、弱者を上位に押し上げるのが得意な監督と、監督にはタイプが2種類あるとすれば、アギーレは完全な後者だ。相手方にボールがある状態を前提に考える監督。彼の足跡を見れば一目瞭然になる。

ザッケローニはその逆だった。結果的に、ボールが自軍側にあることを前提にしたサッカーをした。弱者であるにもかかわらず、強者のサッカーをした。その結果、いいボールの奪い方を相手にされてしまった。ブラジルW杯で惨敗に終わった大きな原因のひとつと言える。

そのコートジボワール戦で、ボールを奪われた香川真司が、しばらく天を仰ぎがっかりしていたシーンがあったが、これなどはその代表的なシーンになる。瞬間、ひどく落胆させられたことを覚えている。劣勢の時にそうした態度をされると、見るものの腹立たしさは倍増するが、宇佐美もそうした傾向を抱える選手だ。

勤勉、真面目、忠実。これらは日本人のサッカー選手の長所と言われるが、相手にボールが移った時の宇佐美は、暢気、淡泊、わがままだ。そのように見えることがしばしばある。ボールを奪おうとする姿が想像しにくいのだ。相手ボールの時とマイボールの時と、ボールに対する反応がこれほど違う選手も珍しい。極端に言えば、興味があるのはマイボール時だけ。相手ボールの時には、ボールが自分の横を通過しているのに、我関せずとばかりそれを見送るシーンが目立つ。

センターフォワード、1トップなら、まだ分からないではない。ボールを奪い返す行為に加わらなくても怒る気にはならないが、1.5列目の場合はそうはいかない。それが許されたのは、世界的には10年以上も前の話。現代で許されるのはメッシぐらいだ。プレッシャーを掛けなくても、自らボールを失ってくれる弱者が相手の場合はそれでもなんとかしのげるが、相手のレベルが上がると、そうした行為は致命傷になる。

アギーレが新監督に就任した頃、とりわけ宇佐美は好調だった。今年2月に骨折。長期離脱を余儀なくされたが、復帰を果たすやJリーグで大活躍。ガンバ大阪、躍進の原動力として、存在感を発揮した。今度こそ代表に招集されるのではないか。淡い期待を抱いた人は少なくなかった。

代表監督がザッケローニタイプなら願いは叶ったかもしれない。だが、アギーレは宇佐美ではなく、同じ22歳の武藤嘉紀を選んだ。そして武藤は代表チームでブレイクした。ベネズエラ戦で、見事なドリブルシュートを叩き込み、その名をアピールした。わずか4試合を経ただけで、外せない選手に昇格。本田圭佑、岡崎慎司の次に来るアタッカーになっている。

ケガがなければ、ザックジャパンにも選ばれていたのではないか。ブラジルW杯にも出場していたのではないかという宇佐美と、武藤との代表選手としての評価の差は今、大きく開いた状態になる。

アギーレはテストが好きな監督だ。代表の門戸は、これまでに比べ開かれた状態にある。Jリーグでの活躍は、代表入りに結実しやすくなっている。宇佐美にもチャンスの芽は広がっている。だが、その一方で日本代表のアタッカー陣は、競争が激化している。武藤の次にデビューした小林悠も、その地位を確立しそうなムードにある。

武藤も小林も、相手ボールになると、反応が鈍くなるタイプではない。いずれの局面においても、同じようにボールに反応する。小林は守備固めの役割さえ果たしそうな、オールラウンドな能力がある。代表チームのFW陣には定員がある。宇佐美を入れようと思えば、誰かを落とさなければならない。

布陣的な問題もある。4−2−3−1なら、いわゆるアタッカーに与えられるポジションは4つあるが、4−3−3では3つだ。宇佐美が得意にする1トップ下は存在しない。

同じポジション的な趣向を持つ香川は、ジャマイカ戦では、その4−3−3の中盤でプレイした。その適性がどうなのか、もう少し推移を見守る必要があるが、相手ボール時の対応に難のある香川を中盤で使うことは、アギーレ的には悩んだ末の決断だったはずだ。

香川と同時に宇佐美は入れにくい。好ましくない癖を持つ2人を、同時にピッチに立たせることはかなりリスキーだ。相手ボールを奪うことから始めようとするアギーレの哲学からも逸脱する。どっちか1人が妥当な線。

すなわち、香川もまた宇佐美のライバルなのだ。

しかし、宇佐美は香川に対して、ユーティリティ性という点では勝っている。プレイのエリアが真ん中に限られる香川に対して、宇佐美はサイドもできる。「ユーティリティな選手が好き」とはアギーレの言葉だが、それに従えば、香川よりプライオリティが高くなる可能性を秘めている。

とりわけ左サイドでのプレイは秀逸だ。縦に抜けるプレイにも、真ん中に切れ込むプレイにも、鋭い切れ味がある。相手ディフェンダーに睨みを利かせるようにドリブルで突っかかっていくアクションには、香川のみならず、武藤、小林にも勝る期待感を抱かせる。

短所もあるが、輝く長所も確実に存在する。アギーレはこの不完全ではあるが、魅力的な選手とどう向き合っていくのか。テストしながら伸ばしていくつもりなのか。距離を置きながら観察するのか。いずれにしても両者は、2018年まで濃い関係であって欲しいものである。

(集英社・Web Sportiva 11月5日 掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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