「これが人間の住む家か」誰も抜け出せない北朝鮮の"極貧の沼"
北朝鮮の社会主義憲法は、次のように明記している。
第20条 朝鮮民主主義人民共和国において生産手段は国家と社会協同団体が所有する。
つまり、財やサービスを生み出す生産手段の個人所有が認められていないということだ。農耕に使われる牛も国有財産として扱われ、許可なく屠畜した場合には死刑にされることすらある。昨年8月、両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)で、牛をさばいて密売した容疑で男女9人が公開銃殺にされた。
(参考記事:北朝鮮の15歳少女「見せしめ強制体験」の生々しい場面)
だが、牛の所有についても若干の変化が起きている様子を、両江道のデイリーNK内部情報筋が伝えている。
普天(ポチョン)郡の邑(郡の中心地)に住む男性Aさんは今年の4月、闇金業者からカネを借りて牛1頭を購入した。その額は1万元(約20万9500円)だった。北朝鮮ではとてつもない額だが、高価なガソリンを食うトラクターに比べれば、非常に手頃と言えよう。
Aさんは、自宅の畑のみならず、周辺の畑の農作業にも牛を使えると考えていたようだ。
情報筋は所有形態について触れていないが、おそらく車と同様に、いくらかの手間賃を支払って農場の名義を借りて、実際は個人が所有するという形にしていたのであろう。
ところが10月中旬のある日のこと、牛が忽然と姿を消した。Aさんはすぐさま、普天郡安全部(警察署)に通報した。安全部は、主要道路にある10号哨所(検問所)に手配書を送り、郡内から持ち出されることを防ごうとした。
「普天郡は一昼夜で地域全体に噂が広がるほど狭いところで、郡内で牛を盗めば、『自分を逮捕しろ』と言っているのと同じだ」(情報筋)
鴨緑江沿いに位置する普天郡を通過する主要道路は1本だけで、大きな牛を連れて検問所を通過するのは不可能だ。犯人は、盗んだ牛をすぐに捌いて、肉にして持ち出し、ほとんどは恵山市場で売りさばいた。こうすれば足がつかないと思ったのだろう。
しかし、残った肉を郡内で販売したのが運の尽きだった。怪しいと思った住民が、安全部に通報したのだ。そして、BとCの2人の容疑者が逮捕された。2人は、盗んだ牛を自宅に連れ帰り、すぐに屠畜したと供述した。
2人には労働鍛錬刑(懲役刑)6カ月の判決が下され、現在服役中だ。国家所有の牛を屠殺した場合、極刑に処されるのが一般的だが、上述した男女9人の公開処刑が世論の非難を浴びたせいか、あるいは別の理由があるのか、非常に軽い刑罰で済まされた。
(参考記事:美女2人は「ある物」を盗み公開処刑でズタズタにされた)
事件後にAさんは、BとCの自宅を訪ねた。家族から補償金を取り立てるつもりだったが、「これが人の住む家か」と思うほどのボロ家で、逆に助けを差し伸べたいと思うほどだったという。
結局、被害額のうち取り戻せたのは1500元(約3万1400円)だけだった。人生をかけた大きな投資が、大失敗に終わってしまった。Aさんは、1万元の借金を抱え、2〜3割に達する利子を支払う羽目になってしまった。
北朝鮮では、深刻な通貨安、物価高騰、食糧難で食い詰めた人々が犯罪に手を染める事例が多発している。
「生活が苦しいから泥棒が増え続けている。その被害に遭った人たちも貧乏の沼から抜け出せないという悪循環が続いている」(情報筋)