イザベラ・ラングレン『ソングス・トゥー・ウォッチ・ザ・ムーン』を聴く
2012年秋にリリースしたデビュー・アルバムが注目を浴び、瞬く間に世界の耳目を集めるようになった北欧スウェーデンのニュー・ディーヴァ、イザベラ・ラングレンの新作が届いた。
自己名義4作目となる本作は、カール・バッゲ(ピアノ)、ニクラス・ファーンクヴィスト(ベース)、ダニエル・フレデリクソン(ドラムス)のトリオをバックにスタンダードセレクトした、いわゆる“守りの企画”のようにみえる。
アメリカのジャズ系(エンタテインメン卜系と一線を画すと自認する)シンガーが、常にSomething Newを提供しなければならないというジレンマと闘わなければならない(ように標榜する)のに対して、日本や欧州では“新しさ”よりも“規範的”とでも言うべき“ジャズらしさ”を評価する傾向が強い。
もちろん、アメリカでも“規範的”であることによってノスタルジーを生み出す才能に対する評価は決して低くなく、エンタテインメントという厳しい業界で成立していることは言及するまでもないだろう。
こうした現在のジャズ・ヴォーカル・シーンを鑑みると、イザベラ・ラングレンは、“北欧”という活動エリアの優位性を活かしている点でオーソドックスな路線を踏襲する“保守的な”歌い手のように見えるかもしれない。
しかしてその実態は、歌える歌を選んで(まるで1950年代のハリウッド映画に出てくるようなスタイルの)オーソドックスな歌唱をめざしたものでないことが、かなり厳重な包囲を解いていかないと明らかにならないようなので、努々サッと聴いただけの印象で判断しないでいただきたい。
では、どんなところが厳重に包囲されているのかと言えば、新作『ソングス・トゥー・ウォッチ・ザ・ムーン』がそのタイトルからも察せられるように、“月”をテーマにしているあたりから読み解けそうだ。
というのも、キーワードで括ってアルバムを構成するという作業は、意外にセンスと度胸を必要とするからだ。
“moon”がタイトルか歌詞にあれば“一丁上がり”といけば苦労はない。選曲の統一感のなさは歌唱の技量で押し切るのなら、テーマを設ける意味がない。
イザベラ・ラングレンという歌い手が“月”をテーマにした曲を歌って1つの作品を作るという“意味を問われる”のが、彼女がジャズというフィールドを選んだが故の試練であり、そこに向き合おうとすることが彼女の資質とも言える。
そう感じるところがあるからこそ、イザベラ・ラングレンは北欧系のオーソドックスなスタンダード歌いという枠では捉えきれないと評価されているのだ。
それにしても、ジャズに“月”を扱った曲がこんなにあったとは知らなんだ。
月は、洋の東西を問わず太陽と対を為して、二元的なインスピレーションを見る者(及びその言葉を聞く者)に与える。
そんなダブル・ミーニングなテーマであることを知っていてあえて選ぶのだから、やはりこの歌い手が一筋縄ではいかないことがおわかりいただけるのではないだろうか。