Yahoo!ニュース

同じ日に3本もTV放映 偶然? 何か意味が? 一定層のイーストウッドの人気は堅実

斉藤博昭映画ジャーナリスト
テレビ東京HPより

7/8は午後1時からのNHK-BSプレミアムシネマが『クライ・マッチョ』。時間が重なって午後1時40分からのテレビ東京、午後のロードショーが『パーフェクト・ワールド』。そして午後7時からのBSテレ東、シネマクラッシュが『許されざる者』。なぜかクリント・イーストウッド監督作品で、地上波・BSのロードショー番組が埋め尽くされた。

イーストウッドの誕生日? いや、そういうわけでもない(誕生日は5/31)。単なる偶然のようだ。ただ、この偶然が証明するのは、TV放映、しかも誰もが気軽に観られるチャンネルで、イーストウッド作品が確実に需要がある、ということだろう。

『クライ・マッチョ』は、2021年、イーストウッドが91歳の時の作品。公開済みの中では現時点での最新作である。ロデオ界の元スターだった主人公が、知人の息子を連れ戻すためにメキシコに向かう物語。孤独な老人と少年の絆を描くこの感動作で、イーストウッドは自ら主人公も演じた。その演技は、まさに「いぶし銀」「枯淡の境地」と言っていい。俳優イーストウッドとしての最後の作品になると言われている。

NHK-BSのHPより
NHK-BSのHPより

『パーフェクト・ワールド』は今から31年前、1993年の作品。脱獄犯と人質の少年との交流に、犯人を追う警察署長の苦悩を絡めたヒューマンドラマ。脱獄犯役がケビン・コスナーで、署長がイーストウッド。犯罪も絡んだ、一筋縄ではいかない人間関係は、監督イーストウッドの真骨頂と言っていい。

その前年の1992年の作品が『許されざる者』。アカデミー賞作品賞を受賞。イーストウッドも監督賞に輝いた。自身をスターにした西部劇の世界、そして恩師であるドン・シーゲルとセルジオ・レオーネにたっぷりオマージュを捧げつつ、西部劇の枠を超え、人間の生きざまに迫ったイーストウッドの代表作のひとつ。2013年には日本映画でリメイクされた。

BSテレ東のHPより
BSテレ東のHPより

このようにイーストウッド作品が3本も同日に放映されるのは、日本での堅実な人気の高さの表れ。一般の映画ファン、それもある程度の年代にとって、ハリウッドの監督として人気・知名度では、スティーヴン・スピルバーグらと同格の最高レベルではないだろうか。老舗の映画雑誌「キネマ旬報」では、イーストウッドの新作を必ずと言っていいほど特集記事を組む。

『荒野の用心棒』や『ダーティハリー』での役どころ、俳優としてトップスターになった後、監督としての才能を発揮し、『許されざる者』と『ミリオンダラー・ベイビー』で2度のアカデミー賞受賞。『硫黄島からの手紙』では日本人俳優をハリウッド作品に招いて大成功に導いた功績。『グラン・トリノ』など年齢を重ねても、まったく衰えない作劇と演出力……。そんなイーストウッドを、映画界の最高のヒーローとして崇める人たちは、日本にも数多い。

『硫黄島からの手紙』の50.1億円を筆頭に、日本で洋画が不振となった2010年代も、『アメリカン・スナイパー』でも22.5億円、『ハドソン川の奇跡』の13.5億円など、興行収入でイーストウッド監督作は「意外な好成績」を期待できる。

作品のレベルが高いことから、映画館でじっくり観ることも重要なイーストウッド作品が、今回のように平日、それも午後のような時間にTV放映されるのは、お手軽すぎるような気もする。しかし平日の時間に余裕のある層に、確実にアピールするのも事実であり、だからこそイーストウッド作品は頻繁に放映されるのかもしれない。

現在94歳のクリント・イーストウッドは最新作を完成。タイトルは『Juror No.2(陪審員2番)』で、殺人事件の陪審員を務める主人公が、自身も事件に関係していることに気づく物語。キーファー・サザーランド、ニコラス・ホルト、J.K.シモンズらが共演し、イーストウッドは出演しない。公開日はまだ発表されていないが、これでイーストウッドは監督を引退すると言われており、最後の作品になりそうだ。その最新作に期待を高めながら、7/8はテレビ放映されるイーストウッド作品をチョイスして、感慨に浸ってほしい。

2020年、ゴルフイベントに参加したクリント・イーストウッド
2020年、ゴルフイベントに参加したクリント・イーストウッド写真:REX/アフロ

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

斉藤博昭の最近の記事