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井上尚弥との激闘から1年半、ドネアが世界王座に返り咲いた内幕をプロモーター明かす

杉浦大介スポーツライター

 “フィリピーノ・フラッシュ”が再び世界のトップへーーー。5月29日、軽量級の4階級制覇王者ノニト・ドネア(フィリピン)がカリフォルニア州カーソンでWBC世界バンタム級王者ノルディーヌ・ウバーリ(フランス)に4回1分52秒でTKO勝利。38歳になった大ベテランはまたも王座に返り咲き、健在ぶりを誇示した。

 2019年11月7日、ドネアはさいたまスーパーアリーナで井上尚弥(大橋)と対戦し、判定負けを喫したものの、“ドラマ・イン・サイタマ”と称される歴史的激闘の主役の1人になった。あの忘れ難き名勝負からもう1年半。再びバンタム級のトップ戦線に戻った軽量級のレジェンドは、これからどこに向かうのか。

 今回は現在のドネアのプロモーターであるリングスター・スポーツのリチャード・シェイファーに話を聞いた。その言葉から、ウバーリ戦でのドネアの勝因と楽しみな今後のプランが見えてくる。

最初の2回はあえて相手に与えるという驚きのプラン

ーー戦前は互角かややウバーリが有利と目されていた一戦は、蓋を開けてみればドネアの圧勝に終わりました。ドネアの出来があれほど良かったことには驚かされましたか?

リチャード・シェイファー・プロモーター(以下、RS) : いえ、驚きはなかったですよ。2019年秋の井上戦でもノニトの状態は非常に良く、井上にキャリア最大の苦戦を味合わせました。ノニトはもう大ベテランですが、井上との試合でさらに多くを学んだのです。具体的には、相手をピンチに陥らせたら、そこでフィニッシュしなければいけない。井上との試合でも相手にダメージを与えながら、そこで攻撃を躊躇してしまいました。そんな経験を経て迎えたウバーリ戦では、ノニトは戦前から「もう同じミステイクは犯さない」と話していました。そして実際にノニトが考えていた通りの結果になったのです。私が驚いたことがあったとすれば、戦前、オッズメイカーがこの試合をウバーリ優位と見ていたこと。私には信じられなかったですし、あの試合を見た後で、私は今のバンタム級にはノニトに勝てる選手はいないと確信しています。

ーーウバーリ戦でのドネアはパワー、スピード、キラー・インスティンクトなど、様々な要素が充実していました。長くドネアを見てきたあなたにとって、最も印象的だったのはどんな点でしょう?

RS : ノニトの聡明さです。試合前、ロッカールームでノニトにゲームプランを尋ねたところ、「最初の2回はあえて相手に快適に感じさせようと思っています」と答えたんです。「これは楽な試合になる」とウバーリに思わせれば必ずミスをする、その後にKOできるというのがノニトの考えでした。実際にその通りの展開、結果になったのはご存知の通り。最初の2回は大方の採点でもリードされていながら、その後に公言していた通りにKOしてしまったんです。今回のウバーリ戦を見て、豊富な経験に裏打ちされたノニトの頭の良さを改めて思い知らされることになりました。また、今戦でのノニトは非常に辛抱強く、フットワーク、ヘッドワークも上質で、スキルに裏打ちされた本当にビューティフルなパフォーマンスだったと思います

ーーそんなプラン通りに戦ったというのは驚きです。百戦錬磨の選手にしか実行できない戦い方ですね。

RS : レイチェル夫人のバックアップも讃えられてしかるべきでしょう。ノニトのゲームプランは、レイチェル夫人のサポートがあって考え出されたもの。すごい夫婦であり、すごいチームです。これまでの経歴が評価され、レイチェル夫人はWBCからトレーナーベルトを受け取る最初の女性トレーナーにもなりました。

ーー井上戦後、ドネアは諸事情でなかなかリングに立てず、約18カ月もブランクが空いたことに懸念はありませんでしたか?

RS : ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)に参加したこともあって、井上戦までのノニトは定期的に試合をこなしていました。井上戦はとても激しい試合で、ノニトも多くのダメージを負いました。確かに長い時間が空きましたが、今回のブランクは30代半ばのボクサーに心身両面でポジティブに働いたのではないかと考えています。身体だけでなく、心を休ませることができたのは大きかったはずです。過去に私がプロモートしたバーナード・ホプキンス(アメリカ)もそうでしたが、ベテランボクサーは少し時間をおくことで、心身ともフレッシュな状態に戻ることがあるものなのです。

バンタム級こそが適正階級

ーー軽量級の選手が38歳という年齢までこれほどの強さを保つのは驚異的なことです。なぜそれが可能になっていると考えますか?

RS : ノニトと少し話をすれば、彼の精神的な強さにすぐに気づくはずです。まるで“禅”のようなアプローチで、力みはなく、自分らしく日々を過ごしています。非常に健康なライフスタイルで、遊び歩くわけでもなく、ボクシング以外で身体を痛めつけてもいません。確かに軽量級選手は中量級以上と比べて消耗が早いもので、特にノニトは多くの激闘を経験してきました。そんな中でも、心身を安定した形で保てているからこそ、こうして力を維持することができているのでしょう。

ーー良好なコンディションを自然な形で整えているからこそ、長持ちするということですね。

RS : もう1つ付け加えると、バンタム級に下げたことが大きかったと思います。2018年4月、アイルランドで行われたカール・フランプトン(英国)戦が終わった直後、私はリングのエプロンに駆け上がり、ノニトと話をしたんです。今でも映像を見れば、そのシーンが確認できるはずです。私はフランプトンに敗れた直後のノニトに「また118パウンド(バンタム級)まで階級を下げられないか?」と尋ねたんです。ノニトもそこで「イエス」と即答しました。スーパーバンタム級、フェザー級でもノニトはそのパワーゆえに好試合ができましたが、体格面で不利がありました。バンタム級に下げれば、アドバンテージを取り戻せると私は考えたのです。実際にバンタム級でノニトのパンチに耐えられる選手はほとんどいません。次々と階級を上げて戦い続ける選手もいますが、ほとんどのボクサーには適正階級があるということです。

ーー7年ぶりにバンタム級に戻り、WBSSにエントリーしたときには驚かされましたが、確かに今のドネアにはサイズ、パワーの利点がありますね。

RS : 実はノニトが「スーパーフライ級にだって下げられる」と私に言ってきたことがあります。本当に115パウンドまで体重を落とし、ファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)と対戦できたら面白いでしょうね。今でもそんなプランが実現する可能性を否定はしません。ただ、現時点での私たちの目標はバンタム級を統一すること。今後、それに向かっていきたいと考えています。

後編 「ドネアのプロモーターが目論む“大きなプラン”とは」に続く

 リチャード・シェイファー

 スイス出身 1961年10月25日生 (年齢 59歳)

 2002年、オスカー・デラホーヤが設立したゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)のCEOに就任。以降、フロイド・メイウェザー(アメリカ)、サウル・”カネロ”・アルバレス(メキシコ)をはじめとする多くのスーパースターをプロモートした。2014年にGBPを離れ、2016年にリングスター・スポーツを設立。2017年7月にドネアと契約した。

     写真提供:Ringstar Sports
     写真提供:Ringstar Sports

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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