「美女と野獣」ミセス・ポットの歌、最初は固辞した。ミュージカルのレジェンド逝く。A・ランズベリー
ディズニーアニメの金字塔である、1991年の『美女と野獣』では、タイトルと同名曲がセリーヌ・ディオンとピーボ・ブライソンによって歌われ、今も愛され続けているが、彼らの曲を聴くことができるのはエンドクレジット。劇中で「美女と野獣」が流れるのは、あまりにも有名な主人公2人のめくるめくダンスシーンなので、その映像とセットでセリーヌ&ピーボの熱唱を記憶している人もいる。しかし実際に劇中の該当シーンで「美女と野獣」を歌っているのは、キャラクターの一人、ミセス・ポット(ポット夫人)。ポットの姿に変えられた、屋敷の使用人である。
ヒロインのベルと、ビーストになった王子がようやく心を通わせる、アニメーション史にも残る名シーン。その情景を、慈しむような歌声でいろどるミセス・ポット。歌声の持ち主である俳優のアンジェラ・ランズベリーが、10/11(アメリカ現地時間)、96歳で天国へ旅立った。
「美女と野獣」のタイトル曲はロマンチックなバラードだが、当初、アンジェラ・ランズベリーは自分が歌える曲調ではないと判断し、他のキャラクターが歌うべきだと主張したという。しかし製作側は「なんとか1回だけでも歌ってみてくれ」と彼女に頼み込み、ワンテイクで録ったものが映画に使われた。
ランズベリーは歌うことが苦手だったわけではない。彼女はミュージカル界のレジェンドであった。だからこそ、製作陣は『美女と野獣』のメインテーマを託したかったのだろう。「得意ではない」と言いつつ、一発であの語りかけるような名唱が披露されたのだ。
彼女の訃報に「ジェシカおばさんの事件簿」という長年、演じた当たり役がメインで紹介されたが、ミセス・ポットに至るミュージカル俳優としての功績も忘れられない。
映画デビュー作の『ガス燈』で、いきなりアカデミー賞助演女優賞にノミネートされて以来、同賞へのノミネートは3回。2014年には名誉賞を受賞した。一方でトニー賞の受賞は、計6回を数える。そのうち4回が、ミュージカル主演女優賞(残り2回は、演劇主演女優賞と、2022年の生涯功労賞)。1966年の「メイム」、1969年の「Dear World」、1975年の「ジプシー」、そして1979年の「スウィーニー・トッド」での受賞で、つまりランズベリーは、1960年代後半〜70年代は、ブロードウェイのミュージカルでトップスターだったのである。
「Dear World」以外は、日本でも何度も上演され、映画版もある超有名作品であり、「ジプシー」以外は、ブロードウェイの初演でランズベリーが演じている。
この実績はミュージカルのレジェンドと言えるが、アンジェラ・ランズベリーは最高レベルの歌唱力で魅するタイプではない。歌のテクニックというより、味わい深さ、個性の強さでアピールする俳優である。俳優になる前は歌手としての経験もあったランズベリーなので、歌は得意だったとはいえ、時にしゃがれ気味、時にパワフルな声は、どちらかといえばクセの強い役にハマった。「メイム」での苦境にも負けず、明るく逞しく生きるメイムおばさんや、「ジプシー」での娘を売れっ子にする押しの強いステージママ、そして「スウィーニー・トッド」で夫とともに人を殺して、その肉を売りさばく女性……と、ランズベリーが喝采を浴びた役は、インパクトの強いものが多く、それこそが彼女の俳優としての個性につながった。
映画界にデビューし、10代で演じた役で2度のアカデミー賞ノミネートという最高のキャリアを築き上げつつ、その存在感が大きいせいか、実年齢より上の設定の役や、個性が強い役のオファーが多くなったランズベリー。『ブルー・ハワイ』では、10歳しか年齢が変わらないエルヴィス・プレスリーの母親役を演じたし、『カッコーの巣の上で』では、やはり先日亡くなったルイーズ・フレッチャーにアカデミー賞をもたらした看護師長役をオファーされていた。その存在感を最大限に発揮するうえで、舞台はふさわしい場所だったのかもしれない。
ミュージカルの才能は晩年まで輝かせ続け、2018年の『メリー・ポピンズ リターンズ』では、バルーンレディ(風船売り)の役で、しみじみとその歌声を聴かせてくれた。撮影時、すでに90代である。
生涯功労賞を受けた今年のトニー賞授賞式には残念ながらステージに現れなかったが、ミュージカル俳優として最高の人生を送ったのが、アンジェラ・ランズベリーである。