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買い占めや混雑へのクレームで疲弊する店舗 消費者の行動を変えるためのヒント「ナッジ」とは?

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルス拡大の影響によりスーパーで食料品の品薄や欠品が相次ぐ中、欠品などに対する来店客からのクレームで店員が疲弊している。食品スーパー3団体は14日、来店客へ節度ある対応や買いだめをしないよう協力を呼びかける声明を発表した。過剰な買いだめは、家庭で食材が余ったり傷んだりすることで食品ロスの増加につながる可能性もある。どうすれば消費者の行動が変わり、店員が疲弊しないようになるだろうか。

普段は欠品防止でむしろ食品ロスが発生

小売店は、日頃、消費者が来店したのに欠品(品物がない状態)で買うことができない、という状態を、できる限り作らないようにしている。小売店に商品を納めているメーカー(製造者)は、欠品を起こすと「取引停止」や、その分の売上を補填する「補償金」を求められることが多い。食料品の場合、消費期限や賞味期限がある、にもかかわらず多めに作らざるを得ない傾向があるので、小売店がメーカーに課す「欠品NG」は、食品ロス発生の一因にもなっている。

その小売店が「無い」と言っているのだから、無いものは無いのだ。無い袖は振れない。無いことをお詫びしているのに、執拗に責めてくる客は、代わりにその店で毎日、顧客対応をやってみればいい。筆者も5年間、食品メーカーでお客様対応を兼務した経験があるが、経験者しかわからないつらさがあると思う(たとえ経験していなくても、もし自分がその立場だったらという察知力があれば、思いやりは持てるはずだが)。

マスクを「開店時に売りません」と張り紙をしたら・・・

売る側も、顧客からのクレームを減らすよう、工夫を凝らしてきている。

サッポロドラッグストアは4月8日から、全店舗、マスクは開店時に売らないことにした。早朝、長時間並ぶこと自体、感染リスクが高まるからと答えているが、毎日、同じ人が買っていくのを防ぐ効果もあるだろう。

この取り組みは、インターネット上でも多くの人が歓迎していた。ただ、一方で、今度は店内に座り込みを始めた男性客の写真がSNSに載っていた。開店時に買えないのなら、店員がマスクを出してくるまで店内で待とう、というわけか。そこまでして買う暇があるなら自分で作れるような・・・。

新型コロナの騒ぎが始まる前のことだが、ある店主に取材した際、値引きをする時間帯を聞いたところ、「同じお客さんだけが狙って来られないように、値引きをする曜日や時間帯はランダム(予測不可能、無作為)にしている」と答えていた。

コープこうべは、4月8日から、65歳以上の高齢者・障害のある方・妊産婦の方々が買い物できる時間帯を開店から30分間とし、他の買い物客の方へ協力を呼びかけた。社会的に弱い立場にある人に配慮する姿勢を示している。

禁止や命令ではなく、より望ましい行動を自然に選択するよう誘導する「ナッジ」

でも本当は、禁止や命令ではなく、お客側の態度が自然によい方向に変わるようにできるのが理想的だ。

そんな時に役に立つのが「ナッジ(nudge)」という行動経済学の手法だ。米国・シカゴ大学のリチャード・セイラー教授が2003年に提唱し、リチャード教授が2017年にノーベル経済学賞を受賞してから注目を浴びるようになってきた。

nudge(ナッジ)とは、ひじで小突く、といった意味がある。禁止や命令ではなく、人が自然に選択するように誘導する手法を指す。

具体的な事例としては、電車のホームやコンビニエンスストアのレジの前、最近だとスーパーのレジの前で目にする、並ぶ場所を床に示したサインがある。誰かから指示されなくても、「ああ、間隔を空けて立つんだな」ということがわかる。

放置自転車に悩むビルのオーナーが「ここは自転車捨て場です。ご自由にお持ちください」と張り紙を貼った事例は、「ここに自転車を停めないでください!」という張り紙よりも、ずっと効果を発揮するだろう。

「トイレを汚さないでください!」という張り紙より、「いつもトイレをきれいに使っていただいてありがとうございます」という張り紙の方が、使う人は、自然に「汚さないようにしよう」と心がけるかもしれない。

ナッジの事例としてよく知られているのが、オランダのスキポール空港内にある、男性トイレの小便器に小さなハエのイラストを貼ることで、便器の外に漏れる小便を減らすことができた件である。「的があると人はそこを狙いたくなる」心理を上手に使うことで、億単位の清掃コストを削減した。

経済産業省や環境省など政府もナッジを活用

政府も、このナッジ理論を取り入れた実証実験を行っている。経済産業省が、経済産業省や外務省にあるコンビニエンスストアで2012年1月〜2月にかけて3週間行った実験では、「レジ袋が必要」というカードを示すとレジ袋を配布する店舗と、「レジ袋が不要」というカードを示さないとレジ袋が自動的に配布される店舗で、レジ袋の辞退率を調べた。すると、前者の方が、実施前と後の比較で、辞退率は2倍以上高くなり、後者は変わらなかった。つまり「レジ袋は配布しない」のがデフォルト(基本)にした方が、規制するより、レジ袋の辞退が増え、レジ袋の使用削減に繋がるということだ(2020年4月8日付、長崎新聞)。

環境省も、2020年度補正予算案に盛り込んだ高機能換気設備の補助事業で、ナッジを活用して検証する方針だ(2020年4月10日付、日本電気協会新聞)。

外出自粛や振り込み要請にもナッジが使える

今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策でもナッジが使えると主張している人がいる。経済コラムニストでオフィス・リベルタス代表の大江英樹氏は、2020年4月4日付の東洋経済オンラインで次のように語っている。

「自粛して出歩かない人が多い」ということを積極的にメディアで取り上げるべきではないでしょうか。

行動経済学では「バンドワゴン効果」とか「同調効果」などと呼ばれる心理現象があります。これは、「人は一般的にほかの人と同じ行動をとっていれば安心する」という心理を表す現象で、多くの人が行動するのと同じように自分も行動しがちになる傾向のことをいいます。

例えば、メディアで閑散とした都心部を映し、キャスターがこう言ったとします。「ご覧のように、都心はほとんど人がいません」。そして、個人のマンションや住宅をキャスターが訪ね、在宅の人にインタビューするのです。

そこで「やっぱり家にいないと不安だからね」「家にいるのがいちばん安心ですよ」といったコメントが出てくれば、テレビを見ている人はどう感じるでしょう。「みんな家にいるのであれば、自分も出かけないようにしよう。やっぱり家にいたほうがいいのだ」と考える人が増えるだろうと思います。

多くのメディアがそうした報道を行うことによって、人々の行動を好ましい方向、この場合は家にいて、出歩かないという方向へと誘導することができる可能性があります。これは行動経済学で「ナッジ」と呼ばれる手法です(間違った形で使わないよう、当然のことながら倫理的な配慮が求められます)。

出典:「外出自粛」それでも出かける人を抑える方法 日本人は「お願い」だけでは行動を変えない?

大江氏は、他の事例として、年会費を振り込まない人に対し、「早く振り込んでください」と言ってもあまり効果はなく、「現時点で会費を払い込んでいない会員はあなただけです」と案内すると、ほとんど一人残らず振り込んでくれることを紹介している。いわゆる「同調圧力」を利用した事例である。

さて、スーパーやコンビニで困った客の行動を変えるには、どんなナッジ手法が効果的だろうか。

参考情報

ロンドン五輪は2443t廃棄、食品ロスと闘う東京五輪 日本は「責任、安全、真夏」どう対策

スーパー業界、客に節度ある対応求める クレーム対応で疲弊 新型コロナ

【もんすけ調査隊】 寒い中で行列…マスク販売はなぜ開店時? 北海道

ノーベル経済学賞の「ナッジ理論」とは?具体例6選!人を操る現代の魔法

ナッジによる行動変容とは

ナッジとは

お買い物時間に関するご協力のお願い(2020年4月7日、コープこうべ発表)

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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