【独自】吉本興業「共同確認書」の中身とは──コンプライアンスの問題を抱えているのは誰だ?
日本芸能史に刻まれた告発
7月20日におこなわれた、宮迫博之さんと田村亮さんの「闇営業」問題についての記者会見。事前の予想に反して吉本興業を強く告発するその内容は、この一件を日本の芸能史に深く刻み込む重大な事案へと発展させた。日本最大手の芸能プロダクション社長がタレントを恫喝していたという証言は、これまでとはまた別次元の日本芸能界の惨状を白日のもとに晒した。
それを受けて、今日22日には14時から、吉本興業・岡本昭彦社長の記者会見が予定されている。事態はまた新たな展開を見せる可能性がある。
そんな吉本興業だが、先週13日に「共同確認書」への署名を今月中に約6000人の全タレントに義務付けると報道された(スポーツニッポン2019年7月13日付「吉本が全タレントに『共同確認書』署名義務づけへ」)。近藤春菜さん(ハリセンボン)をはじめ、複数の同社所属タレントがテレビ番組で契約書を交わさないことへの不満を漏らしてきたが、それとはべつの書面を交わすことを吉本は発表したのである。これまでの報道では、その内容は仕事の依頼相手を報告させることであった。
筆者は、独自にこの「共同確認書」を入手した。そこには、先週の報道では触れられていないある項目が確認できた。
A4でたった2枚
筆者の取材によると、現在約6000人の同社所属タレントに対して社員がこの「共同確認書」を順次提示し、署名を求めている段階である。人数が多いせいか、まだ全員に行き渡ってはいない。今後の文面の変更とそれによる流出元の特定が考えられるために、本記事ではそのすべてを公開することはせず、また画像での明示もしない。ここからは、その一部に焦点をあてながら引用して言及していく。
まずその分量は、A4で2枚と驚くほど簡素なものだ。タイトルも「共同確認書」とあるだけ。内容的にも、この「闇営業問題」が強く問題視され始めた6月27日に同社ホームページで公表した「決意表明」に基づいた、「コンプライアンス遵守の精神」に従うものだとされている。
項目はすべてで7つある。反社会的勢力との関係を断ち切ることや、営業先の適切な決定、差別・中傷の排除などだ。たしかにコンプライアンス関連の内容が目立ち、最後の項目はこの宣言を周知・徹底するとまとめるものだ。
しかし、そのうちのひとつに、タレントにとって非常に大きなリスクをともなう項目がある。それが以下だ。
「あらゆる権利を尊重し、マネジメントを行います」
ここに、重大な問題が潜んでいる。
「共同確認書」の重大な問題
この部分には、その内容が8行に渡って説明されてある。それをすべて抜粋すると以下となる。
文面だけを見るかぎり、吉本興業はタレント側と権利関係をよりクリアにするとした内容と受け止めることができる。が、ここでのポイントは、この文書はあくまでも「共同確認書」であって、契約書ではないことにある。そこでは、タレントとすでに契約が結ばれていることが前提とされている。そのうえで吉本が権利関係を「管理・保護・行使する」と述べられている。
しかし、周知のとおり吉本興業はタレントと契約書を交わしていない。大崎洋会長は、今後も契約書を交わさないことを言明し、書面を交わさずとも口頭の諾成契約は可能だと取材に答えている(「吉本興業『今後も契約書つくらない』に近藤春菜さん反発、口頭契約に潜むリーガルリスク」『弁護士ドットコムニュース 』2019年7月16日)。
たしかに一般論として、書面を交わさない契約は可能だ。たとえば、ふだんお店で商品を買うときに、いちいち売買契約書を交わさない。それでも契約はたいてい成立し、われわれは商品を購入している。ただし、そのときの条件は互いの了解があることだ。取引する者同士が互いに納得していることが、大前提である。
吉本興業の場合、複数のタレントが契約内容に不満を表明しているので、果たしてその諾成契約はどれほど成立しているのか強い疑義が生じる。長らくいっしょに仕事をしていることで状況的に契約が成立していると見なすこともできるが、一方が不満を見せている以上、契約が成立していないと見なすことも可能かもしれない。同時に、両者が法的に対等の立場である以上、吉本興業が宮迫さんとの契約を一方的に解除したように、田村亮さんも吉本興業との契約を一方的に解除できることになる。
しかしここで問題なのは、こうした“曖昧な契約”のうえで今回「共同確認書」を交わそうとし、加えてそこで吉本側が権利関係の「管理・保護・行使」をすると明文化されていることだ。もちろん同時に「“よしもと”とタレントが誠実に協議して決定します」と、これまでには見られなかった態度も見せているが、その「誠実さ」もどれほど信頼できるのかは不透明だ。いや、宮迫・田村亮氏の証言を聞く限り、その点には疑いを持つほうが自然だろう。
グッズの個別契約書はない
筆者はすでに吉本所属の複数のタレントと接触し、さまざまな仕事の状況について話を訊いている。そこで確認できたのは、書籍やCD、DVDなど著作権が発生するものについては個別に契約書を交わしている事実だ。これは、テレビ番組でサバンナ高橋さんもすでに述べている。
しかし、そのことを掘り下げる過程で浮上してきたのはグッズの権利関係だ。グッズにおいては、吉本興業はタレントと契約書を交わすことなく制作・販売しているという(これは、過去に番組で吉本芸人がネタにしていたこともある)。吉本興業は、Tシャツ、タオル、キーホルダー、食品など多くのタレントグッズを販売している。「よしもとグッズくらぶ」というグッズ専用サイトも存在するほどで、東京・新宿にある劇場・ルミネtheよしもとにも劇場前にけっこう広いグッズ売場がある(写真参照)。この売上がタレントには届いていない。
グッズは、コンテンツビジネスにおいては副次的ではあるが、重要な収入源になる。たとえば広島東洋カープが、地上波中継の減少によって失われた巨人戦の放映権料分をグッズで補っていったことは筆者も4年前に取材していたとおりだ。このグッズの契約がなされておらず、そしてタレント側が納得できるかたちで売上は分配はされていない。そしてこうした権利関係を吉本側が「管理・保護・行使する」ことを記した「共同確認書」に、タレントはサインを義務付けられている。
つまり、実質的にこれはきわめて一方的な契約書としての機能を一部持ちながらも、それを明示しない文書という体裁になっている。タレント側にとっては、収入を失う大きなリスクをはらんだ内容だ。
吉本にも独禁法上の問題
先月末の段階で、筆者はこの一件が吉本興業の体質からなる構造的問題だと指摘した(「吉本芸人の『闇営業』を生んだ構造的問題」2019年6月26日)。ギャラが低く、マネジメントは機能せず、契約書もなく、実質的に移籍の自由もない──この問題は現在もまだ解決の糸口が見えない。
だが、この1ヶ月間で大きな変化が生じた。それは、ジャニーズ事務所への公正取引委員会の注意である。ジャニーズを退所した元SMAPの3人(現・新しい地図)が地上波番組から追いやられたのは、ジャニーズ事務所が独占禁止法上の「違反につながるおそれがある行為」をしていたためだった。独立や移籍をすれば干される──この芸能界の因習に、当局が厳しい眼を向けたのである。
さて、実は吉本興業の昨今の体制にも、この独禁法は関係してくる。具体的には、やはり契約書だ。
ジャニーズ事務所が注意を受けたのは、2018年2月の独禁法見直しに起因する。このとき、公取委の検討会は「人材と競争政策に関する検討会 報告書」(2018年2月15日)を発表したが、そこには契約書などについて以下の記述がある。
つまり、取引条件を具体的に明示せず、契約書も交わさないことは、昨年2月以降は独禁法上「望ましくない」ことである。よって、吉本興業が法を遵守しているとは現在なかなか言いきれない状況だ。
今回の「闇営業」問題は、当初から「コンプライアンス(法令遵守)」という言葉が飛び交っている。たしかに、反社会的勢力との接触は良くないことだ。が、契約書を交わさずに「共同確認書」で一方的に権利を提示することも、現在の日本社会では異常な対応である。
以上を踏まえて、最後に以下を指摘しておく。
重大なコンプライアンスの問題を抱えているのは、吉本興業のほうだ。
加えて、伝えなければならないひとたちがいる。
吉本所属のタレントさんは、この「共同確認書」にはサインしないほうがいい。