レジ袋を82%も削減した小さな薬局。取り組みの成功要因とは?

6月29日に出されたG20大阪首脳宣言では、「環境問題は喫緊課題」として、プラスチックごみの海洋投棄は、全ての国が対応する必要がある、「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」では2050年までにプラスチックごみの海洋投棄をゼロにし、さらなる海洋汚染を軽減するとしました。
「2050年にゼロとは大きな目標だけど、自分には何ができるのだろう?」と思っている方もいらっしゃるかもしれませんね。「大企業でもないし、うちの会社や店で何ができるんだろう?」と。
茨城県守谷市に「すばる調剤薬局」という調剤薬局があります。
社員8人ほどの小さな薬局ですが、ここが「レジ袋削減活動に関する宣言」を出し、取り組みを進めています。小さなお店の取り組みの例として、『プラスチック汚染とは何か』(岩波ブックレット)でも紹介していますが、きっと皆さんの参考になると思います。
人々の行動を変えた”ある一言”とは
まずは、すばる調剤薬局がお客様にご案内した宣言をご覧ください。
レジ袋削減活動に関する宣言
2020年までにレジ袋の使用枚数を50%削減致します。
2018.08.30
お客様各位へ
平素、当薬局をご利用頂きありがとうございます。
すばる調剤薬局は2020年までにレジ袋の使用枚数を前年度比売上ベースで50%削減することを目標に掲げます。
2014年の世界のプラスチックの生産量は3億1,100万t、そのうち、毎年少なくとも800万t分のプラスチックが海に流出しており、このままでは、2050年には魚の総重量よりもプラスチックの総重量の方が多くなると報告されています 1)。
ごみの半数以上はアジアの5か国 (中国、インドネシア、フィリピン、タイ、ベトナム) からの排出ですが、残念ながら日本からも年間6万tものプラスチックごみが海に流出しています 2)。
これまでに報道を通して、流出したプラスチックごみを餌と間違えて死んでしまった動物たちの写真を多く見ました。
クジラやカメ、海鳥が主にその被害を受けています。
本当に痛ましいことです。しかし、それだけでしょうか。魚が微細に小さくなったプラスチックを食べてしまう以上、魚を食べている我々もその影響に無関係でいられないのではないかと思います。
勿論、まだまだ証明されていない部分もあると思いますので、分からないこともあります。
しかし、我々としてはそのようなリスクを少しでも下げることがあるべき姿なのではないかと考えています。
これまで当薬局では薬を紙の袋に入れ更にレジ袋に入れて提供してきました。
今まで使用したレジ袋は守谷に開局した2012年から2018年7月までで総数141,424枚です。
当薬局がレジ袋の提供を廃止したところで世界に与える影響は大きくないことは承知していますが、より良い社会の実現のため、私達に出来る努力を致したく存じます。
また、レジ袋の削減で浮いたコスト分の金額は寄付する予定です。
参考文献1:The New Plastics Economy Rethinking the future of plastics (2016.Jan. World Economic Forum)
参考文献2:陸上から海洋に流出したプラスチックゴミ発生量(2010年推計)ランキング
出典:すばる調剤薬局
本では、このすばる調剤薬局の取り組みを「ナッジ効果を活かしたプラスチック問題への取り組み事例」として紹介しました。
「ナッジ」は「nudge」という英語です。ふだんはあまり使わない英語ですが、「注意や合図のために人の横腹を特にひじでやさしく押したり、軽く突いたりすること」です。「あっちだよ、あっち」みたいな感じですね。
この「ナッジ」に世界の注目が集まっています。人々の行動を変えてほしいのに、お説教してもだめ(押しつけは余計に反発されたりする)、経済的インセンティブも全員には効かない(また資金にも限りがある)、というなかで、人々の行動を変えるもう1つの方法として注目されているのです。
さて、すばる調剤薬局では、知り合いからプラスチック汚染の話を聞いたことをきっかけに、まずはニュースや新聞などでプラスチック問題に関して調べ始めたそうです。海洋プラスチックは、日本からも大量に流出していることを知り、将来的に人間にも被害が出るのではないかと危機感を持ちました。そこから、自分たちでも何かするべきであると考え、薬局で配っているレジ袋(ビニール袋)削減活動を始めることにしたといいます。
多くの薬局がそうしているように、これまで薬を渡す際には、すばる調剤薬局でも紙の袋に入れてからレジ袋に入れていました。対策前の状況を把握するために、薬局が開局した2012年から2018年7月までに使用したレジ袋の総数を数えたところ、141,424枚だったそうです。
2018年8月下旬より実際に行っている取り組みは以下3つです。
- HPでレジ袋を2020年までに半減することを宣言(数量は社員で話し合って決めた)
- 具体的な活動内容として、患者さんへの「声かけ」と「ポスター」での啓発
- レジ袋削減で浮いたコストは社会的に良い活動を行っている団体へ寄付する
実際にお客様への「声かけ」と「ポスター」での啓発を行ったところ、最初はなかなか効果が表れませんでした。しかし、ポスターに記載されている「ある一言」を変えただけで、大きな効果が得られたと言います。実際に文言を変えた部分を紹介します。どこが変わっているか、じっくり見てください。
●初期ポスターの文言:「レジ袋が必要ない方はお申し出ください」
●改善後のポスターの文言:「レジ袋が必要の方はお申し出ください」
「必要ない方」は言ってください、ではなく、「必要の方」は言ってください、に変えただけで、82%のレジ袋削減(2018年9月28日~10月23日時点)に成功したのです!
これは、人がデフォルト(初期)設定に従う傾向が強いことを利用した「ナッジ」の効果です。
「レジ袋が必要ない方はお申し出ください」というとき、人はわざわざ申し出ることをしません。そうすると「デフォルト」は「レジ袋をもらう」ことになります。一方、「レジ袋が必要の方はお申し出ください」というときの「デフォルト」は「レジ袋はもらわない」です。人には、わざわざ変えるより現状維持を選ぶ「現状維持バイアス」があるので、デフォルト設定をそのまま受け入れる傾向が強いのです。
このあたりは「行動経済学」でも研究の進められている分野ですが、研究から、「デフォルトの選択肢がどのようなものであるかに関係なく、大勢の人がデフォルトに固執する」ことがわかっています。
つまり、人の行動を変えたいのであれば、「選んでほしい選択肢をデフォルトにする」こと。これは、「自由放任」でも「押しつけ」でもなく、人々の行動を変えるアプローチの1つです。
すばる調剤薬局でも、デフォルト設定を変えるというナッジのアプローチで、お客様からの苦情もなく、大きくレジ袋を削減することができました。こんなくふうもぜひ採り入れながら、ぜひ自分たちにもできることを考えたり、試してみてはいかがでしょうか。
投資家が企業の海洋プラスチック汚染への取り組みを投資基準に入れていく動きもすでに出てきています。G20サミットでの目標設定を契機に、さらにそういった動きが広がっていく可能性もあります。
対症療法的な取り組みでは将来に禍根を残すリスクがありますので、何が問題の本質なのか、どのように取り組むべきか、しっかり考えて進めたいところです。