「指導者としてW杯優勝」を公言した本田圭佑。ライセンス問題はこの先どうなる?
「指導者ライセンスを取らない」と改めて公言した本田圭佑
「プレーヤーとして成り上がるところはもう一切、やってるわけではない。ワールドカップ(W杯)を指導者として優勝するんだということを公言しているように、そこにだけ焦点を当てています。今後は指導者の方に比重が明確に向いていくと思います」
2022年カタールW杯期間中にABEMAで日本代表戦や決勝などを解説し、数々の話題をさらった本田圭佑。自身が発起人兼GMを務める東京都社会人リーグ1部「EDO ALL UNITED(エド・オール・ユナイテッド)」のセレクションを今月初旬に視察した際、彼が指導者に軸足を置くことを明言したことは、既報の通りだ。
そこで本田がこだわったのは指導者としてのあり方。以前から強調している通り、日本サッカー協会(JFA)公認指導者ライセンスやUEFAのプロライセンスを取得する意向は一切ないという。
「実質監督」という形で本当にいいのか?
「僕に関しては、このまま取らずに進めていけたらなと思います。『取ってもいいんじゃないか』という考え方を僕の周りの人さえも言うんですけど、僕はなくても指導できると思っている。身近にライセンスを持っている人がいればやれるんで。その代わり『実質監督』であってオフィシャルの監督ではないんですけど、いわゆるGM、コーチ的なやり方でやれるんで、問題ないとは思ってます」
こう語った通り、2018年から携わってきたカンボジア代表でもそういった形を採っていた。アルゼンチン人のフェリックス・アウグスティン・ゴンザレス・ダルマス監督を立てて2020年初頭まで継続し、2021年3月からは帝京第三高校や鹿島学園高校で長く指導し、S級ライセンスを保持する廣瀬龍監督を抜擢。現在に至るまで共闘してきた。廣瀬監督は本田の兄で代理人の弘幸さんと帝京高校の先輩後輩に当たり、本田自身も意思疎通がスムーズに取れるため、円滑な関係でここまで来ることができた様子。そういった形でやれるのであれば、今後もクラブや代表で指導に当たるのは確かに可能だろう。
指導者ライセンス制度は必要か否か?
ただ、本田の考え方に全ての人が賛同するわけではない。彼の2008年北京五輪代表時代の恩師に当たる日本サッカー協会の反町康治技術委員長も「日本には日本の指導者養成のやり方がありますし、ルールの中で地道に取り組んで日本がこの位置にいる。今までやってきている施策であるとか、制度が間違っていないという証でもあると思っています」と既存のライセンス制度の重要性を強調した。
2023年度のS級コーチ養成講習会受講が決まった中村憲剛・JFAロールモデルコーチも「やはり選手と指導者は別物。いろいろ勉強して本当に学びが多いし、多くの指導者の方と意見も交換できる。ネットワークも広がるし、僕は受講してプラスになっています」と語っていた。彼とともにS級を受ける内田篤人・JFAロールモデルコーチらも同様の考え方を持っている。
本田の目標は「日本をW杯で優勝させること」である。となれば、日本代表に何らかの形で携わらなければならない。すでに第2次森保ジャパンの新コーチには、1998年フランスW杯で日本のエースナンバー10をつけた名波浩・前松本山雅監督、ザックジャパン時代にFWの柱として活躍した前田遼一・前ジュビロ磐田U-18監督の加入が決まっているが、将来的に本田を入れる話が浮上したとしても、「ライセンス未取得の人材は難しい」と言われてしまう可能性は少なくない。本田自身は「既得権益」という言葉を使っていたが、現行のライセンス制度に基づいて、お金や時間をかけて資格を取り、現場で教えている指導者が数多くいる以上、彼らをリスペクトしなければいけないのは事実だろう。
S級取得には60日以上の集合講習+Jクラブ・海外クラブ研修が必須
実際、指導者ライセンスの取得というのは、そう簡単なものではない。中村憲剛・内田篤人両氏が受ける2023年度のS級コーチ養成講習会のカリキュラムを見ると、集合講習は62日+αとされ、さまざまな理論や指導方法を学び、指導実践を経なければいけない。さらに、Jクラブ1週間以上・海外クラブ2週間以上のインターンシップ、レポートが義務付けられており、これに合格してようやくライセンスを手にできる。
受講料は33万円(税込)で、会場までの交通費や集中講習期間の宿泊費、インターンシップにかかる費用は含まれないということだから、こうした経費も含めれば100万円はゆうに超えるだろう。さらに定期的なリフレッシュ研修も必須で、これにも手間とお金がかかる。そういった努力をして、現場を預かっている人から見れば、「ライセンスなしで指導というのはいかがなものか」ということになるのは自明の理だろう。
さらに言うと、指導者は運動生理学やスポーツ心理学、コーチング論、マネージメント論、救急救命法などのベーシックな学問や知識を抑えておく必要がある。2011年8月に急逝した元日本代表・松田直樹さんのような突発的なアクシデントが起きた時、AEDの使い方を知らなかったり、人工呼吸のできないコーチでは、身近にいても対処不能になってしまうかもしれない。
複数の人間を預かる指導者の仕事というのは非常に奥が深い。もちろん本田はカンボジアで指導を始めるに当たり、こういったベースの部分を独自で学んでいるはずだが、ライセンス制度があれば、多くの人々がより幅広い知識を身につけられる。そういう意味でもJFAやUEFA、FIFAがこれを重視するのも理解できる。
本田の主張で果たして特例は生まれるのか?
となると、本田が近未来の日本代表に携わるためには、本人がさまざまな事情を理解してライセンスを取得するか、ライセンス制度を多少なりとも改革してJFAが彼のような傑出した実績を持つ元選手に何らかの資格を与えるといった妥協点を見出すしかない。本田自身は後者を望んでいる模様で、すでに田嶋幸三会長や反町康治技術委員長に働きかけをしているという。
「僕が今、ライセンスの件で動いてるのも、自分のためというよりは、日本サッカーで長くプレーしたレジェンドがやめた瞬間からJ3のクラブとか、J2・J1もあり得ると思うんですけど、そういうチームの監督になってサッカーというエンタメがもっと盛り上がればいいなと。そう考えて、動いてます。協会側も協力的になってくれていますし、何らかの妥協点を見つけたい。その動きは今後も変わらずやっていきます」
検討が進んで、例えば「日本代表50キャップ以上の選手はライセンスがなくてもロールモデルコーチになれる」「欧州リーグ長期在籍者は特別な形で代表強化に携われる」などといった新たな特例が生まれれば、本田が日本代表の指導に携わる道も開けてくる。
本田が一石を投じたことで議論の活発化に期待
すでに日本代表メンバーの大半が欧州組という時代になり、選手の海外進出は進んでいるが、指導者の方は遅れているのは確か。長谷部誠(フランクフルト)や川島永嗣(ストラスブール)、吉田麻也(シャルケ)のような人材が選手キャリアを終えた後、短期間で代表強化に尽力できるようになることは望ましい。本田にしてももちろんそう。いかにして彼らの力を代表強化に還元していくのか。それも含めて、ライセンス制度の改革をどのように進めるかを慎重に判断しなければならないだろう。
本田も今年37歳になる。カタールW杯で優勝したアルゼンチンのリオネル・スカローニ監督が44歳、フランス代表のディディエ・デシャン監督が現職に就いた時も43歳だったことを考えると、決して若くはない。日本の指導者の若返りも含め、本田が一石を投じたライセンス問題はより多くの人々が関心を持つべきだ。
サッカーの指導者養成の行く末は、スポーツ界にとってもよいモデルケースになるだろう。