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最高裁は被害者の声に耳を傾けてくれた なぜ、わざわざ旧統一教会側は念書署名のビデオを撮ったのか

多田文明詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

今後の旧統一教会への損害賠償請求裁判の命運を決めるといってもよい、弁論が最高裁判所にて開かれました。41席の傍聴席に対して、90人近い傍聴券希望者が並びました。そこには元信者だけでなく、マスコミ、弁護士、ジャーナリスト、教団の現役信者らの姿もありました。幸い私も抽選に選ばれて、傍聴することができました。

今回の裁判では、被害者家族の中野容子さん(仮名・60代女性)のお母さんが信者時代に1億円以上の献金をしており、その一部の返金(6580万円)を求めています。しかし、母親が教団に「返還請求や不法行為を理由とする損害賠償請求など、裁判上・裁判外を含め、一切行わない」(不起訴の合意)との念書を書かされたうえに、ビデオカメラでその時の様子も撮られていました。それにより念書が有効との判断がなされて、地裁、高裁で敗訴となりました。しかし中野さんはこれを不服として最高裁に上告しています。

弁論が行われることに対しては「すっと力が抜けたような嬉しさ」

弁論後に開かれた司法記者クラブの会見で、中野さんは「本日弁論が行われることを知らされた時には、すごく嬉しいというよりは、すっと力が抜けたような嬉しさでした」と率直な思いを口にします。これまで被害者家族として教団と戦い、この弁論後の判決の重みを誰よりも知っているからこそ出た言葉だと思います。

最高裁の弁論で中野さんは「事実認定を行わない判決」は「司法の役割の放棄になります。こちらの主張と証拠を吟味して下さい」と厳しい口調で陳述しています。会見でも「弁論では自分が主張できることを少しでもしようと思い、それができてよかった」と語り「念書というものは無効であるという正しい判決を出してほしい」と訴えました。

司法が救済してくれない。弁護士も絶望した地裁、高裁の非情な判決

山口広弁護士は「私どもからしますと、本当に地裁、高裁はひどい判決だった」といいます。

「事実審理もひどかったです。(総額)2億円もの被害に遭っているんです。しかも、高齢女性が老後の貯金を全部取られ、果樹園を売却させられています。しかも寝たきりの夫がこれまで貯めて証券会社に預けていたお金(約7000万円)を取られているんですよ。私どもが会った時には、お母さんは認知症で、こんなひどい案件ないと思った事件でした」と当時を振り返ります。

中野さんのお母さんは認知症であったために、どんなことが信者時代になされたのかについては十分に話すことはできません。それで「隣の地区の元信者が被害の事実関係を話してくれるから、証人として聞いてくれと繰り返し(裁判所に)述べました。そうしたら『分かってますから必要ありません』と一切聞こうとしませんでした」と、当時の裁判所が聞く耳を持ってくれなかった事情を明かします。そして高裁の敗訴判決は2022年7月6日でした。

「こんなにもひどい案件なのに救済をしてくれない。司法はこんなものなのかと、本当に絶望しました。翌日に安倍さんが殺害される事件が起きました。本当にほっとけないと思いました。判決の言い渡し期日が7月11日に指定されましたので、その判決に期待したい」と話します。

司法記者クラブでの会見/筆者撮影・修正
司法記者クラブでの会見/筆者撮影・修正

1億円をはるかに超える献金なのに、なぜ6580万円だけを返金請求なのか

木村壮弁護士は、今回の弁論における争点は「献金勧誘が違法だったのかと、念書による不起訴の合意が有効なのかの2点になる」といいます。

「献金勧誘に関しては、被害者の女性はご自身の資産もたくさん持っていかれていますし、果樹園を売らされて、その売買代金約7千万円も全部持っていかれていますが、それについては上告受理の申立てにしていません。理由として、ほとんど全てのお金を持っていかれてしまったので、上告するだけの費用が捻出することができなかったということです」(木村弁護士)

ここにこそ、被害者らの置かれる厳しい立場をみることができます。旧統一教会は、資金を豊富に持つ巨大な宗教団体です。億単位の訴訟を起こされたくらいでは、痛くもかゆくもありません。しかし被害者は教団にお金をとられた上に、返金の裁判をするにあたっては、さらに費用を捻出しなければならない。現実としてどれほど厳しい立場で、訴訟を起こしているのかがわかります。

それにもかかわらず、被害者が必死にあげた訴えの声を、一審、二審とも聞くこともなく出した敗訴判決は、非情なものでした。もし念書の有効性を認めた司法判断が今後も続くとすれば、被害救済の道は大きく閉ざされることになります。しかし最高裁は、被害者の置かれた苦しみの声について、弁論を通じて耳を傾けてくれました。これは非常に大きなことだと思っています。

教団が、どういう目的でこの念書を作ったのかが問われる

「一番、違法性が強いだろうと考える『夫のお金であるにもかかわらず、承諾を得ることなく持っていった』点について、上告受理の申立ての対象にしました。何より、夫は統一教会の信者ではありませんし、教団との接点はほとんどありません。それにもかかわらず、ほぼ全財産である7000万円をどうして統一教会に献金することを承諾するのか。旧統一教会と接点もない夫が全財産を教団に献金することを承諾することはあり得ないことなので、その点についてきちんと(最高裁で)判断してほしい」(木村弁護士)

念書による不起訴の合意の有効性についても「重要なことは、どういう目的でこの念書を作ったのかです。地裁、高裁も『不当な目的で作ったとまではいえない』との判断をしていますが、なぜ念書を書かせるのかといえば、統一教会が損害賠償請求を受けたくないからに他なりません。同じような念書をいろんなところで書かせている事実関係からすれば、自分たちの賠償責任を逃れるという不当な目的で作らせているといえるわけです。普通に考えればわかることを、地裁も高裁もただ証拠がないということで否定してきたところがあるので、そういった事実認定はおかしい」このことを木村弁護士は、最高裁の弁論でも訴えています。

なぜ教団側は母親が念書に署名する場面をビデオに撮ったのか

さらに「損害賠償請求権を持っているかは、法律の知識のない方であれば、ほとんどわからないわけです。自分がどういう権利を旧統一教会に対して持っているのかをわからないことを利用して、念書を作らせているところが大きな問題だと思います。しかもこの被害女性は当時86歳です。念書を作った7ヶ月後にはアルツハイマー型の認知症だと診断されて、成年後見人をつけなければいけない状態です。相当程度、判断能力が衰えていた女性に、しかも自分が賠償請求できることもわからない状況を利用して、自分たちの利益のために念書を作らせたというのが本件です」と同弁護士は指摘します。

会見で私は「念書を書かせられた被害者はいますが、今回のようにビデオを撮るというケースは他にあったでしょうか?」との質問をしましたが、会見に参席した弁護士からは「この案件以外、聞いたことがない」との答えでした。

これを踏まえれば、すでに旧統一教会側でも、中野さんの母親の言動から認知症の症状があることを理解していたのではないかと思います。今後、念書署名の状況が本人の口から語れない状況を察して、事前にビデオに撮り、損害賠償請求をされないように手を打った可能性も考えています。

このビデオを撮る行為に対して、以前に念書問題を取り上げた国会の質疑のなかで「ビデオ撮影をしているということ自体が、法人等の勧誘の違法性を基礎づける要素の一つになる」と岸田文雄首相は答弁しており、山口弁護士もこのことに触れて「語(かた)るに落ちる結果になったのではないか」とも話します。

念書をとられた方が諦めないで被害回復できるような判決になってほしい

会見に参席した弁護士からは「被害を受けて諦めている方や(今後、返金交渉を)どうしようかなと思っている方も多いと思います。7月11日の判決で、最高裁が念書について無効とする判決を出せば、自分の被害も諦めずにやっていこうと思う人が出てくれるのではないか。村越進団長を中心とした統一教会被害対策弁護団ができておりますので、そこに相談してみようかという方が増えるのではないかと期待している」と話します。

中野さんも「私も個人的に念書をとられた方を知っていますし、おそらくそうした方は多いのではないかと思います。念書をとられた方が諦めないで被害回復できるような判決になってほしい」と話します。

7月11日の最高裁の判決は、旧統一教会の被害に遭った人たちにとって、大きな追い風にもなれば、その逆に被害回復の門を閉ざしてしまう結果をもたらすことになる両面の可能性を秘めています。今、旧統一教会問題における国民の関心が最高裁の判断に注がれています。

詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト

2001年~02年まで、誘われたらついていく雑誌連載を担当。潜入は100ヶ所以上。20年の取材経験から、あらゆる詐欺・悪質商法の実態に精通。「ついていったらこうなった」(彩図社)は番組化し、特番で第8弾まで放送。多数のテレビ番組に出演している。 旧統一教会の元信者だった経験をもとに、教団の問題だけでなく世の中で行われる騙しの手口をいち早く見抜き、被害防止のための講演、講座も行う。2017年~2018年に消費者庁「若者の消費者被害の心理的要因からの分析に係る検討会」の委員を務める。近著に『信じる者は、ダマされる。~元統一教会信者だから書けた「マインドコントロール」の手口』(清談社Publico)

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