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イスラエルはシリアでアル=カーイダに加勢する

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 イスラエルによるレバノン攻撃、ヒズブッラーとの交戦の「停戦」は、その合意事項についての交渉中から「停戦」が長続きするのかどころか、「本当に停戦になるのか」すら疑わしいものだった。というのも、先に論じた通り「停戦」はレバノンにかかわる戦闘のみが対象でパレスチナ、シリア、イラク、さらにはイエメン、イランをも舞台に広域的に展開する今般の紛争のごく一部についてのものだからだ。その上、レバノンでの「停戦」も、「自衛権」を主張することによりイスラエルが主観的(≒恣意的)な判断で時と場と規模や程度を問わず敵とみなす者を攻撃してよいと解釈されているようなので、現在「停戦は維持されているけどイスラエルによる攻撃が続く」というとても奇妙な状況となっている。以上のような経緯により、イスラエル(やアメリカ)がヒズブッラーや「イランの民兵」が気に入らないからシリア領を攻撃するというのは上記の「停戦」を全く侵害しないごく自然なことのようだ。3日、イスラエル軍はダマスカス市とダマスカス国際空港を結ぶ高速道路で車両を爆撃し、シリア軍との連絡を担当していたヒズブッラーの幹部を殺害した

 忘れてはならないのは、3日のイスラエルによるヒズブッラー幹部の暗殺が、11月27日以来のシャーム解放機構(旧称ヌスラ戦線。シリアにおけるアル=カーイダ)によるアレッポ県、イドリブ県方面での「侵略抑止」攻勢やシリア北西部を占領するトルコの軍の支配下の民兵(注:こちらも昔シャーム解放機構等の権益争いに負けてトルコの庇護下に入った、アル=カーイダとつながるイスラーム過激派諸派からなる)による「自由の夜明け」攻勢と同時進行だという点だ。これらの攻勢は、シリア政府の同盟者であるロシアやイランの軍事・外交的な消耗、そしてシリア政府への直接・間接支援で重要な役割を果たしたヒズブッラーがイスラエルとの交戦で甚大な損害を被ったことを契機とする、地域の勢力均衡の変化の結果だと信じられている。となると、この局面でのイスラエルの行動は、まさにアル=カーイダに加勢することに他ならないのだ。ただし、筆者はイスラエル「だけ」が悪いと主張するつもりは毛頭ない。なぜなら、シリア東部では、シリア領を不法占拠するアメリカ軍と、その配下のクルド民族主義勢力がシリア軍と「イランの民兵」への軍事行動を起こし、やはり実質的にアル=カーイダに加勢しているからだ。

 アル=カーイダや「イスラーム国」のようなイスラーム過激派は、本来はユダヤ・十字軍によるイスラーム共同体への侵略を退けるために活動しているはずなので、ここでイスラエル(とアメリカ)がアル=カーイダに加勢するのはなんだか変なことに見えるかもしれない。また、「敵の敵は味方」という居酒屋談議で現状の分析や説明から逃れることができると信じる怠け者も少なくないだろう。しかし、長年イスラーム過激派を観察していると、イスラーム過激派諸派が発信する作品群から、彼らは今やアメリカともイスラエルとも戦うつもりがないだけにとどまらず、アメリカ・イスラエルに味方しようと懸命に努めていることがわかる。例えば、みんな大好き(?)「イスラーム国」は、同派が現在の姿になった直後からエルサレムの問題を活動の中心目標に据えることはイスラーム統治の実践を妨げるインチキだと非難し、つい最近も「ユダヤとの真正な戦線を開くのは(より有害な)ラーフィダを根絶した後」との論理で「アクサーの大洪水」以来の紛争でイスラエルに味方することを宣言した。こうした態度の結果、もう「ローンウルフ」がユダヤ人やイスラエル権益を通り魔的に襲撃しても、「イスラーム国」の戦果として取り込まれ、賞賛してもらう可能性は極小となった。アル=カーイダ諸派についても、現在もかろうじて国際問題に関心を示すアラビア半島のアル=カーイダが、「ヌサイリーとラーフィダらの犯罪はパレスチナの同胞に対するユダヤの犯罪を量・質ともに上回る」との言辞を弄し、集団虐殺や民族浄化ともいわれる殺戮にさらされるパレスチナのムスリム(注:現在苦しんでいるパレスチナ人の中には世俗主義者や非イスラーム教徒もたくさんいるはずなのだが、イスラーム過激派はそれを無視してかまわないくらい偉い)をほったらかしにし、最近のシャーム解放機構の戦果を称賛する声明を発表した。この声明も、ユダヤよりもヌサイリー、ラーフィダの方が有害だと表明している以上、ユダヤ・十字軍の橋頭堡 では、イスラエルにとっては、イスラーム過激派が味方についてくれることは迷惑な話だったり、イスラエルがイスラーム過激派に加勢することは変なことだったりするのだろうか?こちらも、シリア紛争をちゃんと観察している限り、迷惑でもおかしなことでもなく、むしろ当然のことのようにも見える。なぜなら、シリア紛争ではゴラン高原のシリア側も、国連兵力引き離し監視部隊(UNDOF)の展開地域も、イスラエルの占領地もイスラーム過激派の活動の舞台だったからだ。イスラエルがイスラーム過激派を「反体制派」の戦闘員や家族として保護したことは2014年には隠しようのない事実だった。そうした経緯もあり、イスラエルはシリア南部から掃討されようとしていた「ホワイト・ヘルメット」(注:シャーム解放機構の保護と承認を受け、同派の占拠地で同派のための救急活動を行っている団体)の要員と家族の脱出に一役買った。要するに、イスラエルとイスラーム過激派諸派の共闘は、双方にとって長年続くごく自然な関係であり、最近のできごとは両者がこの共闘関係を言葉や態度で確認しあう行為だということだ。「アクサーの大洪水」以来の紛争は、ガザ地区やヨルダン川西岸地区、レバノン、シリアなどに分かれた局地戦ではなく、それらが相互に連動し、より多くの当事者が関与する広範な国際紛争だ。イスラーム過激派もその国際紛争の舞台に現れ、紛争当事者に利用され、使い捨てにされるコマという重要な役者さんということだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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