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ブレグジットその後:激変する海上輸送と、ウェールズ港の没落。英国解体の予兆?

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
英ウェールズのホリーヘッド港と、ダブリン発のフェリー。ブレグジットで大打撃を被る(写真:ロイター/アフロ)

ブレグジットから約3ヶ月が過ぎた。

ワクチンをめぐり欧州連合(EU)と英国のいさかいが深刻になっているが、その他にも大きな変化がいくつか起きている。

一番の目立つ変化は、海上輸送である。

アイルランドと、北アイルランド(英国領)からの物資が、海上輸送で、直接フランスや欧州大陸に着くようになったのだ

今までは、多くの貨物が、アイルランドから海を渡って英国に入り、陸路でウェールズとイングランドを南下してから、フランスに渡るーーという道をたどってきた。

最も主要なルートは、ダブリン(アイルランド)から、対岸のホリーヘッド(英国ウェールズ)へ、海をフェリーで渡る。英国国内の高速道路を走り、ドーバー(英国)に到着。ここからカレ(フランス)へ、フェリーやユーロトンネルを使うやり方だ。

ダブリンからホリーヘッドまでは約3時間半、ダブリンからシェルブールまでは約18時間である。GoogleMapを元に、筆者作成。
ダブリンからホリーヘッドまでは約3時間半、ダブリンからシェルブールまでは約18時間である。GoogleMapを元に、筆者作成。

地図を見ていただければわかるとおり、この方法では海を航行する距離が、大変短くてすむ。いわば、ブリテン島を陸橋(ランドブリッジ)のように利用するのである(瀬戸内海を連想させる)。

このほうが、アイルランドの港から直接フランスの港に船で行くより、時間とコストがやや少なくて済むからだった。

ところが、英国がEUを離脱してしまったため、英仏の間で、大変煩雑な手続きが必要になってしまった。ビジネス界は敏感で、企業はこの新たな面倒とリスクにソッポを向いてしまったのだ。

彼らが選んだのは、直接船でアイルランドからフランスへ輸送する道だった。これなら、今までどおり、EU単一市場内の移動で済む。

今、アイルランドやフランスの港は、新たに活況を呈している。反対に没落しはじめたのが、ウェールズの港である。このことは、「連合王国」の維持に影響を与えるかもしれない。

明暗を分けるアイルランドと英国

それでは、どのくらいの増減が生じたのだろうか。

2月22日までの1週間で、アイルランドから英国に向かう貨物量は、Stena Line社では、前年同期比で約半分に減少してしまった。その分、フランスに直接向かう貨物量は、約2倍に増えた。

同社は、既存のロスレール(アイルランド)からシェルブール(フランス)へのルートに加えて、首都ダブリンからシェルブールへの新ルートを開始した。昨年の6便に比べ今や週14便で、アイルランドと欧州大陸を結んでいる。

シェルブールに入港したStena Line社のフェリー。船を留める労働者たち。核施設を受け入れるほどに没落したこの地域に、新たな雇用と活況が生まれようとしている。
シェルブールに入港したStena Line社のフェリー。船を留める労働者たち。核施設を受け入れるほどに没落したこの地域に、新たな雇用と活況が生まれようとしている。写真:ロイター/アフロ

別の会社、DFDS Seaways社は、ロスレールからダンケルク(フランス)への新しい航路を開設した。これでヨーロッパの中心部へのアクセスが簡単になる。

同社によると、この航行は24時間弱かかるが、週6便はほとんど常に予約でいっぱいだという。4月1日からは新たにもう1隻、4隻目のフェリーが追加されるとのこと。

アイルランドのロスレール・ユーロ港によると、アイルランドから北フランスへの航路は、現在週36便。前年の12便から3倍も増加している。

さらに、ヨーロッパ本土との貨物輸送量は、昨年2020年と比較して、1月には約446%の伸びという、驚異的な増加を示している。

フェリーに乗せるトラックの予約は、運転手付きも無しも、両方需要が増えているという。

ダブリン港。手前はStena Line社のフェリー、右隣はアイリッシュ・フェリーズ社のフェリー。
ダブリン港。手前はStena Line社のフェリー、右隣はアイリッシュ・フェリーズ社のフェリー。写真:ロイター/アフロ

ウェールズの港の破綻的状況

この状況に反比例するように、ウェールズの港は危機的状況に陥っている。

BBC(英語版)は「アイルランドからウェールズへの貿易フローは、1月から破綻している」とまで書いている

ダブリンの対岸にあるホリーヘッド港への貨物は、2月には相対的に5割、南西部では4割が減少したという。

これにはもう一つ原因がある。

北アイルランドからの貨物の減少である。

北アイルランドは英国領である。今までは対岸のブリテン島(イングランド・スコットランド・ウェールズ)に貨物をおくるのに、陸路を南下して一度アイルランド国に入り、海をわたって英国ウェールズのホリーヘッド港等に入るのが常だった。

しかしこれだと、一度EU域内(アイルランド)に入ってから英国に入ることになり、税関手続きが生じてしまう。

そのため、北アイルランドから直接、ケイルンライアン(スコットランド)やリバプール行きのフェリーを利用するようになったのだ。これなら「英国内の移動」ですむからだ。

ウェールズのホリーヘッド港
ウェールズのホリーヘッド港写真:ロイター/アフロ

今までは1年間で約15万台が、アイルランドから英国へ渡るルートを取っていた。1日にすると約410台になる。

こうしてウェールズの港は、アイルランドからだけではなく、北アイルランドからの貨物輸送も失ってしまったのだ。

危機感をつのらせるウェールズ政府

大きなショックを受けたウェールズ政府は3月、緊急に新たな計画を発表した。

英国政府とアイルランド政府は協力して、手続きをシンプル化するために努力すること、その内容を具体的に説明して取引業者に配るために、特注の資料やガイダンスパックを開発することを求めている。

このまま何の変化もなければ、最悪の場合、フェリー会社がサービスを永久に打ち切る可能性があり、「最終的には、関連港の存続、港に関連する地元の雇用、および関連地域とその周辺における将来の機会を脅かすことになる」と、計画書は述べている。

これから英国側が巻き返しをはかっても、どのくらい顧客が戻ってくるかは、かなり疑問だ。

アイルランドやフランスの港の需要が増えれば、収益が上がり競争が生まれる。最新の設備を導入し、サービスは向上し、価格も安くなる可能性がある。

新たな流れが固定してしまう前に、どのくらいの素早さで英国政府が対応できるか、あるいは、どれほどジョンソン政権に素早く真剣に行う気持ちがあるかどうかが、一つのポイントとなるだろう。

喜びにあふれるアイルランド側

ただ、たとえ英国政府側が素早く行おうとしても、相手があることである。EU加盟国側はどうか。

フランスは、カレの沈滞は問題だとしても、同地に集中していたのが分散しただけとも言える。その分、他の港が活況を呈していて、新たな雇用が生まれている。コロナ問題が一番の重要で急を要する課題であるなか、それほど急ぐ必要もない。

アイルランドに至っては、積極的に自国の港の活性化をはかろうとしている(当たり前だが)。

アイルランド政府は、ノートン運輸大臣いわく「英国という陸橋を利用している企業に対し、新しい規制を避けるために直行便に切り替えるよう促している」という。

今のところ、英国からフランスに到着する際に、新たな輸出事務に直面する。ところがまもなく(4月から、そして7月からはより広く)、アイルランドから英国に到着した際にも、同様の輸入規制に直面することになる。

ノートン運輸大臣は、輸送能力を向上させようとする「海運業界からの前例のない反応」があったと言う。

ウェールズ独立問題に影響は?

ウェールズでは、「独立に反対」の割合が、最も低い割合に達した。YouGovの調査をWalesOnlineが伝えた。

今までウェールズは、スコットランドと異なり、独立反対派が常に優勢だった。2014年には7割すら占めていた。

少しずつ下がり、2020年には独立反対派は、およそ6割弱を保っていた。今回最新の調査で、初めて半分の5割に達したのだ。独立反対派が、じりじりと減り続けているということだ。

24歳までの若者では、独立派が反対派を上回るが、25歳以上では、独立反対派のほうが多い。年取れば取るほど、独立反対派が強い。

プライドカムリ(ウェールズの独立を最終目的に掲げる党)や、労働党の支持者では、独立賛成派と反対派が拮抗している。逆に、保守党支持者では、圧倒的に独立反対派が強い。

ウェールズ政府のトップ(主席大臣)マーク・ドレイクフォード。労働党所属。
ウェールズ政府のトップ(主席大臣)マーク・ドレイクフォード。労働党所属。写真:REX/アフロ

ウェールズ政府は、港の危機について、英国政府とアイルランド政府が協力するための「触媒」としての役割を果たすことを約束しているという。

しかし同時に、「状況を改善するためにウェールズ政府が単独でできることはほとんどない」と、認めているという。

触媒としての役割・・・自治政府に、果たしてどこまで可能だろうか。

今後、「連合王国」の未来を占うには、スコットランドだけではなく、ウェールズの動きを注意深く見ていく必要があるだろう。

ーーそれにしても、何ということだろう。

今まで英国は、誤解を恐れずに言えば、アイルランドを下にみる傾向があった。EU加盟国であるアイルランドと、EUを離脱した国、英国。EUという新しい存在が、英国とアイルランドの関係を逆転させる時が来ようとしているのだろうか。

歴史の新たなパラダイムが起ころうとしているのだろうか。

(次回は、スコットランドの様子をお伝えします)。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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