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「孤独のグルメ」が支えてきた外食産業の「一人ずつだけれど大きなチカラ」

荒川和久独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
(写真:イメージマート)

外食産業を支えてきた「おひとりさま」

ご存じない方が多いのだが、外食産業を支えてきたのは、独身者たちの「ソロ外食」行動である。「所詮、おひとり様の客なんて数も少ないし、客単価だって低い。全体からすれば小さい話であってたいして役に立っていない」と何のエビデンスもなく、個人の思い込みだけで切り捨てる人がいるが、それはとんでもない間違いである。

コロナ以前、2007~2019年までの家計調査における単身勤労者世帯と家族世帯(二人以上の勤労者世帯)の期間平均外食費実額を比べてみると明らかだ。

従来の月当たりの外食費は、家族が1.5万円に対して、34歳以下の単身男性が約2.5万円、35-59歳の単身男性で約2.2万円といずれも家族よりソロの外食費の方が実額で上回っている。34歳以下の単身女性でさえ、約1.6万円と一家族以上の外食をしていた。

ところが、コロナ禍における外食産業への時短や自粛要請によって、2020年4~6月の第二四半期でみると、34歳以下単身男性の外食費は月当たり▲1.5万円、35-59歳単身男性は同▲1.3万円、34歳以下単身女性は▲9千円、35-59歳単身女性が▲8千円とソロたちの外食費が大きく減少した。

家族は▲6千円なので、飲食店にしてみれば、家族が来なくなったことより、ソロ客が減少したことの方が痛かったわけである。

大きなソロ飯市場規模

こちらの記事(→日本人が当たり前すぎて気づけない「一人で食事を楽しめる環境がある」という恵み)でご紹介した通り、単身者の場合のソロ飯率は平均9割に達する。夫婦のみ家族で3割、夫婦と子家族で2割程度と比べれば、独身男女のソロ飯率が圧倒的に高いことがわかる。

以上、家計調査に基づく月間の外食費とそれぞれの世帯類型別のソロ飯率をかけ合わせれば、ソロ外食の単価が推定できる。その単価と国勢調査の配偶関係別年代別人口(本計算では2015年の実績を使用)をかけ合わせれば、独身者(単身者に加えて親元独身者含む)と家族の外食市場規模とそのうちのソロ外食市場規模がどれくらいかが試算できる。

(※20~50代までの人口であり、個人消費以外の外食費は含まないので、事業者ベースの総外食市場規模とは一致しない)。

年間ソロ外食の市場規模約4兆円のうち、4分の3の3兆円以上を独身が占めている。3兆円のうちの3分の2は独身男性である。

ソロ外食に限らない総外食市場においても独身は市場全体の6割弱もあり、うち独身男性が68%を占める。外食産業において、いかに独身男性が貢献しているかがわかると思う。

もちろん、家族や大切な仲間たちと食事をする楽しさは否定しない。しかし、「一人で食事をすることが楽しい」という人達もたくさん存在するのだ。でなければ、「孤独のグルメ」があれほど人気になることもないだろう。

にもかかわらず、「トモ(共)飯派」の人達の中には、一人で食事をしていることを「ぼっち飯」だのと揶揄したり、「ひとりでご飯を食べるのは弧食である」と社会問題化したり、「一人飯は食事ではない、食餌だ」などと心ない発言をする人もいる。

一方で、ソロ飯を楽しんでいる人は、決して誰かと一緒に食事を楽しむ「トモ飯派」の人をわざわざ非難したりしない。それぞれの楽しみ方でいいと思うからだ。

日本の食文化を形成したソロたち

そもそも、外食のルーツはソロ飯なのである。

世界で一番早く外食産業が栄えたのは日本だと言われる。1657年、明暦の大火で江戸が焼野原になった後、再開発のために全国から大工など職人衆が集結することになった。一旗あげようと農村の次男坊、三男坊も集結、それらに対して商いしようと商人も集結。

江戸は、働き盛りの男過多の町になり、そのニーズに対して生まれたのが、惣菜煮物を扱う店であり、居酒屋であり、蕎麦などの屋台だった。

男だからといって自炊できないわけではなかったが、当時薪代は高額で、自炊するより外食した方が合理的だったのである。そこから今に続く寿司・天婦羅などの食文化も屋台から生まれた。

写真:アフロ

自炊しない独身男が大勢いたからこそ、今に続く外食産業と日本独自の食文化が花開いたのだともいえる。

一人だけどつながっている

独身たちが自分の快楽としてのソロ飯を楽しむことが、結果的には、そのお店やそこで働く人たちを支えている。それだけではなく、生産者や加工業者、納入を担う物流業者、さらにはそれらの人々の家族の生活まで、知らない間に支えていると言えるのだ。

一人で食事をしていても、そのテーブルは多くの人たちとつながっている。日本中には今までもたくさんの名もなき井之頭五郎が存在している。これまでも飲食業界を支えてきたし、これからも支え続ける「一人ずつだけど大きな力」なのである。

写真:アフロ

日本フードサービス協会のJF外食産業市場動向調査の2022年9月の実績値によれば、コロナ前の2019年対比で外食売上が94%まで回復している。

元通りになるのもあと少しである。

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独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター

広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者としてメディアに多数出演。著書に『「居場所がない」人たち』『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』『結婚滅亡』『ソロエコノミーの襲来』『超ソロ社会』『結婚しない男たち』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』などがある。

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