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視界は欠け、股関節も痛め満身創痍…今年のラストツアーにかける和田アキ子の覚悟

島田薫フリーアナウンサー/リポーター
波乱万丈の55年を振り返り、今の覚悟を語る和田アキ子さん(撮影:島田薫)

 “和製R&Bの女王”と称され、デビューから55年間活躍を続ける和田アキ子さん。デビュー当時から現在まで、唯一無二の存在として芸能界に君臨しています。今もボイストレーニングは欠かさず、「人を元気にしたい」という一心で歌に取り組む姿からは、歌手としての矜持を感じます。今年をラストホールツアーと銘打ち、並々ならぬ気迫で臨む和田さんの覚悟とは…。

―今年はデビュー55周年ということですが、振り返っていかがですか?

 55年現役はすごいでしょ?最初からこんなに長くできるとは思っていなかったですけど、胸が垂れてお腹がぽっこり出てお尻がぺたんこで80歳になっても、葉巻をくわえてブルースを歌うのが10代の頃からの夢でした。よくここまで来れたなぁと…。

 私にはファンクラブはないですけど、ラジオとかコンサートをすると必ず来てくれるファンがいます。会うとつい、「ババアばっかりだな」とか言っちゃいますが、「14歳からファンです」とか言っていたのが、もう60、70歳で孫がいるんですよ。55年間、皆と一緒に生きてきたんだと思います。

―デビューの頃の思い出は?

 私がデビューした頃は背が大きくて声の低い女性歌手はいなかったので、「男か?女か?」「大きいのは近くに来るな」とか言われたり、陰湿ないじめを受けました。女性用の楽屋に入るとメイク道具をぐちゃぐちゃにされたり、「男がいるから着替えられない」と言われて、「どこに“男”がおるんやろう」と思っていたら「私や~」ということもありましたね。

 親にも会社にも言えなかったけど、“私はこういう先輩に絶対ならない”と決めていました。まあケンカしたら私が勝つけどね(笑)。「今に見とけよ、絶対スターになってみせるからな」と思っていました。

 当時、キャバレーで洋楽を歌った時には、お客様から「日本語で歌え!」と怒鳴られて、「看板見て来い!」と言い返していたら、「お客様にああいう態度はよくない」と後で注意されたこともありました。10代から芸能界で生きるために必死だったし、波瀾万丈でしたね。

 売れない頃にお世話になった人には絶対恩返しをしようと思っていましたが、「お前なんか売れるわけない」と言われて悔しくて、彼が持っていた私のギャラが入ったアタッシュケースをイタズラで隠したことがあったんです。そしたらパトカーが4台くらい来て大騒動になっちゃって。「ゴメン、座布団を置いたところに隠してある」と伝えたら彼は泣くし、警察にはものすごく怒られましたね(笑)。

―歌手とバラエティ、両方の世界がありますね。

 バラエティでは緊張したことがないのに、歌になると緊張でマイクを持てないくらい手が震えたりします。日曜日の「アッコにおまかせ!」(TBS系)は生放送で38年、土曜日のラジオ「ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回」(ニッポン放送)も生放送で33年やっていますから、体調を崩さないように気をつけているし、それぞれ自分のポリシーを持ってやっています。ただ、番組は大事ですけど歌とは全く別なので、もし「アッコにおまかせ!」で歌ってくれと言われても絶対に嫌ですね(笑)。

―今年行われるコンサートが「ラストホールツアー」となっています。

 外見では中々分からないですが、満身創痍です。左足の股関節を痛めて変形性股関節症と診断されました。右の膝も痛めていて、目も網膜色素上皮裂孔で、視界が欠けています。

 医師からは、股関節は絶対安静で、手術しないと治らないと言われました。でも安静にしていると筋肉が弱って結果、痛みが増すんです。「アッコにおまかせ!」も、今までオープニングでドアが開いたら歩いてスタジオの中央まで出ていましたが、今はその場にスタンバイしたまま歩いてないです。見た目は分からないですが、結構大変なんです。

 昨年から55周年ツアーを行う予定でいたんですが、お腹に力が入らなくて声が出ないのと、ずっと立っていることができなくて、一度キャンセルしました。ホールで歌うのは今の状態では難しいかなと思いましたが、海外では杖をついて歌っている歌手もいますし、何としても55周年の区切りをつけたいと思ったんです。

 ホールとライブハウスは、また全然違いますね。ホールでしか歌えない歌もあります。覚悟して臨まないと、中途半端な歌を聴かせるのは自分のプライドが許さないですね。来てくださった皆様から「良かった、感動した、元気をもらった」と思ってもらえるような歌を歌いたいんです。体力的にもホールツアーは今回で最後かなと思い「ラストツアー」と発表しました。でも歌うのをやめるわけではないですよ。

最後のホールツアーに臨む和田アキ子さん(AKIKO WADA LAST HALL TOUR)
最後のホールツアーに臨む和田アキ子さん(AKIKO WADA LAST HALL TOUR)

―ホールでしか歌えない歌とは?

 『今あなたにうたいたい』という曲で、1曲歌うのに6~7曲分の力がいるんです。壮大な歌なので、ホールツアーではずっと歌ってきたし、ファンも待ってくれています。また、ホールで歌うとなると衣装や装飾品も変わってくるし、ファンはそれも含めて和田アキ子として見てくれていますからね。

―『今あなたにうたいたい』は歌いおさめになるのですか?

 やはり生半可には歌えないですから、実際に今回もどうするかまだ決めていないです。歌うのにものすごい労力が必要で、歌い終えた時のお客様の拍手や、今までのことが走馬灯のように駆け巡って、達成感で泣いてしまうこともあります。

 本当に、皆さんに感謝ですね。その感謝をお返しするには、元気な姿でしっかり歌うことだと思っています。今一番気をつけているのは健康ですね。マネージャーは、私のトレーニングのために一緒にウォーキングしてくれたり、気持ち良く歌えるようにいつも助けてくれているので、絶対にその思いに応えないといけないと思っています。“不良のアコちゃん”としては、そういうところはカッコよく決めたいなと(笑)。

―近年は『YONA YONA DANCE』などがTik Tokでバズったり、若い人ともコラボしていますね。

 Tik Tokの再生回数は5億回いったらしいんですけど、私には1円も入らないです(笑)。給料制で何十年も金額は変わってないですから(笑)。子どももいないから生活できれば十分で、事務所にはお世話になっています。

 最近は「FNS歌謡祭」(フジテレビ系)で「新しい学校のリーダーズ」と一緒に歌ったりして、自分のことながら「和田アキ子すげぇ」と思いましたね(笑)。こちらから売り込んだわけでもないのに、若い子と一緒に張り合える仕事がきたのが、とてもうれしかったです。違和感なく歌えるように猛勉強しましたけど、寄り添うとかどちらかが折れるとかではなくて、「新しい学校のリーダーズ」の4人も「かかってこんかい」みたいな感じだったので、堂々と歌い合えました。皆が“和田アキ子”をそういうブランドにしてくれたことに感謝です。

―アッコさんにとって「歌」とは?

 「命」ですね。こうして取材にお越しいただいているのも歌手としてですから、声が出なければ和田アキ子ではないと思っています。歌がなかったらお酒はやめているかもしれないですね。今でも週5日は飲みますけど、マネージャーたちと飲んでも、飲む量は私がトップです。人生で一度として二日酔いはないですね(笑)。

 今年の誕生日会(4/10)に“バカ姉弟”が集まりまして、私が長女で“大バカ”、長男は出川哲朗で“小バカ”、次男が勝俣州和で“バカ”、三男・松村邦洋も“バカ”、四男がカンニング竹山で“パシリ”。夕方の6時から食事会を開いて彼らがお祝いしてくれて、夜中3時に「もう1軒行こうか」と言ったら、皆「勘弁してください」って(笑)。

―眠くならないんですか?

 全然ならない…夕方6時から夜中3時だと、計9時間ですか(「お酒を飲むと元気になるんです」とマネージャーが小声で補足)。仕事がうまくいくとお酒もおいしいんですよ。だから感謝しながら飲んでいます。

―今までうれしかったこと・嫌だったことは?

 嫌なことも多々ありますけど、うれしかったことの方が多いです。私を見つけてくれたこと、認めてもらえたことがまずうれしいです。「あなたに逢えてよかった」と言われたら泣いてしまいます。だから今回のツアーも、私がお客様に向かって「あなたに逢えてよかった」という気持ちを伝えられればいいなと思っています。

―アッコさんが大切にしていらっしゃるものは何ですか?

 「人」です。私は子どもの頃から家を出て勝手に生きてきたから、常に誰かに助けられているんです。堀威夫・元ファウンダー(ホリプロ創業者)との出会い、マネージャー、スタッフ、もちろん“バカ姉弟”たちもですね(笑)。人と巡り会ったから今が楽しい、皆のことが大切です。

―今後の夢は?

 ずっと歌い続けていきたいです。80歳でも現役で歌っていたらめちゃカッコイイですよね。それでブルースを歌いたいです。

【編集後記】

“和田アキ子さんは怖い”というのが世間一般のイメージで、間違っているとも言えないかもしれませんが、同時にとても優しい方でもあります。ストレートな語り口ではありますが、常に誰に対しても感謝の心を持っているのが伝わってきます。「ありがとう」という言葉が心に染みるのです。取材終了後に席を立って見送ってくださった時には、座ったままでいていただくように先に言うべきだったと反省しましたが、満身創痍の体で最大限のことをしようとする姿に、55年の重みを感じました。

■和田アキ子(わだ・あきこ)

1950年4月10日生まれ、大阪府出身。1968年、『星空の孤独』でデビュー。『どしゃぶりの雨の中で』がヒットし、1970年には『笑って許して』で「NHK紅白歌合戦」に初出場。1972年、『あの鐘を鳴らすのはあなた』で日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞。2008年、40周年では米NY・アポロシアターにて海外公演を成功させる。『YONA YONA DANCE』はTik Tokで5億回再生されるなど、若者を中心に大ヒット、活動分野を広げている。「AKIKO WADA LAST HALL TOUR」は、「―Blue Note Tokyo 35th presents―」と銘打った東京・NHKホール(10月18日)を皮切りに、広島・広島文化学園HBGホール(11月28日)、愛知・日本特殊陶業市民会館(12月2日)にて開催予定。

https://www.bluenote.co.jp/jp/lp/akiko-wada-2023/

フリーアナウンサー/リポーター

東京都出身。渋谷でエンタメに囲まれて育つ。大学卒業後、舞台芸術学院でミュージカルを学び、ジャズバレエ団、声優事務所の研究生などを経て情報番組のリポーターを始める。事件から芸能まで、走り続けて四半世紀以上。国内だけでなく、NYのブロードウェイや北朝鮮の芸能学校まで幅広く取材。TBS「モーニングEye」、テレビ朝日「スーパーモーニング」「ワイド!スクランブル」で専属リポーターを務めた後、現在はABC「newsおかえり」、中京テレビ「キャッチ!」などの番組で芸能情報を伝えている。

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