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証券マンが突如「羊飼い」に転職。新時代のキャリア観とは?

佐藤裕はたらクリエイティブディレクター
証券会社を退職して突如『羊飼い』に転職をした殿木さん|撮影:中山友莉菜氏

新型コロナウイルス感染拡大の影響でまだまだ社会全体の混乱は続き今後の経済状況に不安が残る。そんなコロナ禍で人々の働き方、キャリア観、ステータスへの意識が大きく変化している。

これまでは年収や役職、社格・ブランドが何となく価値基準になっている部分は確かにあり、若者の目指す未来像もそれに近しいものが多かった。ところが、コロナ禍で働く場所やスタイル、ライフデザインに注目が集まっている。

既に大学低学年時から自分自身のキャリアへの意識が高まっているが、そこに大手志向だったり過去の文化にあるステータスよりも、地元志向や自分らしさの追求などが色濃くなっている。

コロナ禍で変わるキャリア観

コロナ禍で働く人々の価値観は確かに変わっているが、Post/Afterコロナと言われる新時代でもまた働く人々の価値観は変わるはずだ。そんな新しい時代のライフ・キャリアデザインを考えるにあたっての大きなヒントになる事例がある。それはまさに今の時代からすれば「普通ではないキャリア」と言わざるを得ない。私も数カ月前に偶然出会った際に聞いた「特殊なキャリア」に心から驚いたことを覚えている。

証券マンから「羊飼い」に転職を決意

現在、映画やドラマ・広告/CM等の様々な媒体に俳優・モデル・スポーツ選手などのキャスティング行い、「芸能・メディア業界」で幅広く事業展開しているスカリー株式会社に勤める殿木圭輔さん。今でこそ総務/経理課長として事業を支えるポジションを担っているが、珍しいというよりも聞いたことのないキャリアを歩んで来ている。

――前職は何をされていたのですか?

前職は「羊飼い」です。

――「羊飼い」って…あの羊飼いでしょうか?

はい、あの「羊飼い」です。

これまで多くの社会人とお会いをして来ましたが「前職羊飼い」という方は初めてでした。

殿木さんが「羊飼い」として勤務していたニュージーランドの草原|写真提供:殿木さん
殿木さんが「羊飼い」として勤務していたニュージーランドの草原|写真提供:殿木さん

中学時代から株の運用をしていた

まずはどんなプロセスで「羊飼い」になったのかを確認することに。

――どんな学生時代でしたか?

大学時代はサークルやアルバイトに軸足を置いた普通の大学生活をしていました。アメリカやスペインでバックパックのようなこともしましたが、ありきたりですね。変わった過去で言えば、中学時代から証券会社の窓口の人に為替取引を教えてもらい、少額の投資運用をしていました。その頃から気付くと働くことにネガティブな自分がいて、働かないためにはどうすべきか?という思考になっていきました。

会社倒産、マーケットの悪さをきっかけに

――就職は?

まずは証券会社に入社をして会社の資金で投資を学び、自分の投資で貯金を増やし、早めに自分自身が自由になれるように努力をしていました。

厳しい環境で学びも多かったのですが、入社3年目で会社が倒産してしまい、その流れで興味のない仕事も短期間だけ繋ぎでしていましたが、気持ちが追い付かずに突如一人旅を決意しました。

――会社倒産後に一人旅ですか?

はい、大学時代に経験した海外での「自由な時間」が欲しくなり、100万円の貯金だけで計画もなく東南アジアに向かい9カ月過ごしました。その後、流石にこのままでは資金も尽きるし、帰国しても生活が出来なくなるので、日本に帰って再就職をすることを考えました。

ただ、そこでどんな仕事をしようか?と考えたときに急に「羊飼い」になりたい!と思って、、

殿木さんが実際に飼育していたニュージーランドの羊の群れ|写真提供:殿木さん
殿木さんが実際に飼育していたニュージーランドの羊の群れ|写真提供:殿木さん

どうすれば「羊飼い」になれるの?

――あまり「羊飼い」になりたいと発想することはないと思いますが。

勿論、幼少期に「羊飼い」はハイジやドラクエや小説に出てきて少年が羊を売るくらいのイメージでしたが、26歳にして突如発想した「羊飼いになりたい」という想いを今やらないと後で絶対後悔する、今しかできないと判断して家族にも伝えず、長らくお付き合いしていたパートナーには「ニュージーランドに行ってくる」とだけ伝えて飛び立ちました。ここも無計画でした。

――そもそも「羊飼い」ってどうしたらなれるの?

そうなんです、自分も何も考えずにとりあえずニュージーランドだ!と思ってオークランドに着いたのですが、想像以上に都会で羊飼いどころか、羊を見ることもない街でした。故に2週間ほど旅をして出来る限り田舎に行こうと南下して小さな町のスーパーで3日間ほど「張り込み」をしました。するとすぐに農家の方との出会いがあり「羊飼いになるために日本から来た」と伝えて、そのままトラックで山へ運ばれて、言葉も通じないまま見習いの羊飼いとなりました。

――実際に「羊飼い」になってどう感じましたか?

正直、羊飼いの仕事は想像を超えていて朝4時からスタートして、羊の移動、柵・小屋の手入れ、出産支援、子羊のしっぽ切り、毛刈り、犬・豚・馬の世話、その他病気の子羊の殺処分まで。実は、数日で気持ちはリタイヤしていました。

とはいえ、帰国して「羊飼い」になって数日で辞めたとは言えないと思って1年半は頑張ってやりきってみました。

「羊飼い」時代の殿木さん(真ん中)と殿木さんの師匠(右)|写真提供:殿木さん
「羊飼い」時代の殿木さん(真ん中)と殿木さんの師匠(右)|写真提供:殿木さん

夢を叶えることと誰かへの恩返しが軸になる

――帰国して「羊飼い」の殿木さんは何をしようと思ったのですか?

正直、「羊飼い」になるという漠然とした夢を叶えてしまったので、次に何をしようか全く思いつかずでした。とにかくパートナーやこれまで支えてくれた友人への恩返しと考え「ちゃんと働こう」とシンプルに考えました。

そこで、証券会社出身、数字が好き、経理業務への興味だけで仕事探しをしている中で現職に出会いご縁があって入社が出来ました。当時まだ創業3年で社長もプレイヤーだったので、先に広がりがある企業に見えました。芸能関係には興味はなかったのですが、「羊飼い」の自分を評価してくれる会社は他にない、そして自分の想いに期待をしてくれる人がいるという軸で選社の最終判断をしました。

やりたくない仕事が自分の幅を広げてくれる

――今は働くことにどんな想いがありますか?

自分の勝手なわがままで「羊飼い」になっているので、社会人としての基礎を手に入れずに海外へ行き、帰国してから苦しむのは当然だと思っています。そこは後悔ではなく向き合って数年かけてキャッチアップしました。そして、入社してからやりたい仕事じゃないことも会社のフェーズ的によくあった為、自分の中で幅を広げることが出来たと思っています。

今までは自分のWILLを軸に行動していたのですが、今では会社や社長のWILLに軸がある働き方をしていますが、そこでも自分の視野が広がって勉強になっています。

遠回りは遠回り、それでも大事なこと

――ご自身のキャリアについてどう考えていますか?

一般的にはキャリアの方向性や働く価値観を掴むまでには遠回りをしたと思っています。遠回りして何かを得たという考えよりも、周囲の常識に振り回されずに遠回りしてでも自分を貫いたことが今の自分を支えていると思います。人と比較するのではなく、自分自身がどう想い、感じるかが変化の激しいい時代だからこそ重要な価値観だと自分の遠回りしたキャリアから考えています。

元羊飼いで現在はスカリー株式会社に勤める殿木圭輔さん||撮影:中山友莉菜氏
元羊飼いで現在はスカリー株式会社に勤める殿木圭輔さん||撮影:中山友莉菜氏

変化の激しい、新しい時代だからこそのキャリア観

コロナ禍で働く価値観や環境が大きく変わっているが、数年後に訪れる新時代はさらに人々の価値観が変わるでしょう。地方でゆっくり働く、山や海の近くでのんびりリモートワークをするビジネスマンが急増したり、学生の地元志向が強くなっている背景にもあるように、これまでの文化や常識にとらわれず、自分自身の想いと向き合って、自らのライフ・キャリアデザインを積み上げていくことが新しい時代のテーマになるかもしれない。

そして、

「自分のすきなこと/やりたいこと」を仕事にしたい若者が急増していますが、社会で現実を理解して「思っていた仕事や環境と違う」「思っていたように成功しない」など、理想と現実のギャップを感じて「諦める」「一般的な道に戻る」パターンも残念ながら増えています。新しい環境に移っても、その道でコツコツ積み上げて来た人達とはレベルの差もあり、苦労は続くものです。

つまり「自分のすきなこと/やりたいこと」を仕事にする為には相当な覚悟が必要なのです。

2021年も残すところ3カ月というこのタイミングで自身の未来と向き合ってみるきっかけに殿木さんのキャリア観が少しでも参考になればと思います。

はたらくを楽しもう。

【取材協力を頂きましたスカリー株式会社について】

はたらクリエイティブディレクター

はたらクリエイティブディレクター パーソルホールディングス|グループ新卒採用統括責任者、キャリア教育支援プロジェクトCAMP|キャプテン、ベネッセi-キャリア|特任研究員、パーソル総合研究所|客員研究員、関西学院大学|フェロー、名城大学|「Bridge」スーパーバイザー、SVOLTA|代表取締役社長、国際教育プログラムCAMPUS Asia Program|外部評価委員などを歴任。現在は成城大学|外部評価委員、iU情報経営イノベーション専門職大学|客員教授、デジタルハリウッド大学|客員教員などを務める。 ※2019年にはハーバード大学にて特別講義を実施。新刊「新しい就活」(河出書房新社)

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