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「ふつうの主婦」が見つけた「わくわくエンジン」のかけ方

湯浅誠社会活動家・東京大学特任教授
主婦からNPOへ。NPO法人キーパーソン21の代表理事・朝山あつこさん

どうすれば、子どもの「やる気」を引き出せるのか――これは、世の親たちの共通した悩みであり、また子どもの貧困対策のカギでもある。さまざまな困難を抱え、厳しい体験をしてきた子どもたちは意欲も低下しがちだからだ。

NPO法人キーパーソン21代表理事の朝山あつこさんは、わが子の子育てから出発して、その方法をキャリア教育としてプログラム化し、3万人を超える子どもたちに伝えてきた。

近年は、貧困家庭の子どもたちの学習支援にも応用し、成果を挙げている。

「何も考えてこなかった」「ふつうの主婦」と言う朝山さんが見つけたノウハウとは何か? ご本人に話を聞いた。

「そういうもんだ」と意識しないくらい、そういうもんだと思っていたが…

――活動を始めるキッカケは何だったんですか?

私は、もともと息子3人を育てる専業主婦でした。

自分は大学を卒業して、就職先も決まっていましたが、結婚することになり、主婦になりました。働いたこともなければ、何も考えずに生きてきましたね(笑)。

子どもたちもあたりまえのように中学、高校、大学と行って、好きな仕事について、好きな人と結婚して、温かな家庭を築いていくと思っていました。「そういうもんだ」と意識しないくらい、そういうもんだと思っていました。

ところが、今年32歳になる長男が中2のときに学校崩壊が起こりました。

子どもたちが廊下に水をまく、牛乳を床にぶちまける、物を壊す。トイレの修理費が何百万円とか。

そこから何かがおかしいんじゃないかと考え始めました。

高校行かないなんていう選択肢が世の中にあったのか

その後一度は落ち着いたんですけど、今度は長男が中3の夏に「高校行かない」って言い出して…。びっくりしましたね。高校行かないなんていう選択肢が世の中にあったのかって(笑)。

「日本の義務教育は中学までだから、高校はいかなくていいんじゃないか」って。これには一本取られた感じでしたね(笑)。

でも、「それは違うんだよ」って言いました。「あなたが今通っている学校は本来の学校の姿じゃない」と。

「本当は切磋琢磨できる友人がいたり、部活ができたり、尊敬できる先生がいたり、未来に希望を持ったり、将来どうしようかって考える場が学校なんだよ」って。「とても楽しくて、自分を成長できる場で、あれは例外なんだ。それを認識してほしい」と。

一方で「自立のための教育はもういらないというのであれば、中学を卒業したら家を出なさい」と言いました。私もびっくりしたんですけど、息子もびっくりしたと思います。この親、何を言い出すんだと(笑)。

結局、長男は高校に行ったんですが、そういうことが起こる中で私の中で何かが変わりましてね。私自身は何も疑問を持たずに生きてきたけど、そうじゃないなんだ、人生というのは自分でその都度、選んでいくんだって初めて気づいたんです。

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「君これくらいだよね」って、大人の決めつけ

それから、じゃあ今の子どもたちにとって何が必要なんだろうかって考えました。

自分の子どもたちが自立して生きていく――それ以外に私のミッションはない。

でも見渡してみると「この成績だから、これくらいの学校だよね」って進学や進路が決められていく。

本人の意思じゃなくて、やりたい気持ちがあるのでもなくて、「君これくらいだよね」って。「大学行けば安心だよ、有名企業入れればいいよね」って。

違うんじゃないかと思いました。息子3人が力をつけていくということは、このままだとできないなと直感的に思いました。

やっぱり子ども自身の「こうしたい!」っていう気持ちを、親や先生が発見して、引き出して、活躍させていくのが本来あるべき教育なのではないか、と思うようになったんです。

自分自身を肯定的に捉えられる家庭・教育・社会環境にないのではないか?(スライド提供:キーパーソン21。以下同じ)
自分自身を肯定的に捉えられる家庭・教育・社会環境にないのではないか?(スライド提供:キーパーソン21。以下同じ)

”それ”が見つかれば、先に死んでも安心

私が息子たちに残せるのは、学力ではなく、学歴でもなく、有名企業に入れることでも、財産を残すことでもない。

自分の本心、気持ちが素直に向いて、わくわくして動き出さずにはいられない原動力のようなもの。それを子どもが「これだ!」とわかったとき、自分自身の方向性を見つけることができる。

息子3人、同じように育ててるつもりでも同じには育ちません。

長男は運動神経のいい子に育てたくて、スポーツマンに育てたかった。小さい頃からボールとか一生懸命やってたけど、「あ、セミ」みたいな感じで全然集中しなかった(笑)。ところが次男は、ほっといても「ボール、ボール」って。親がこうしたいって思っても、そのようにはならない。

もともと持っている能力をどう生かしていくのかっていうのが親の役目なんだなと、母親としてだんだん気づいていったんです。本人がそれを見つけられれば先に死んでも安心だな、と。それを今、私たちは「わくわくエンジン」と呼び、それを引き出すのが親の本来の務めであり、NPOとしての私たちの役割でもあると考えています。

NPOの事務所は市民活動センターのレンタルスペース。浮いた家賃を学習支援事業に回す
NPOの事務所は市民活動センターのレンタルスペース。浮いた家賃を学習支援事業に回す

「ママはどういう人生送ってきたのさ」と言われたら…

そこからいろんなことが動き出しました。

まずは私自身。ママたちとのお茶会も、お稽古事も、ショッピングも楽しいけど、働いたこともない。息子に「君は生き生き働くんだ」と言っているのに「ママは?」て聞かれたら、言葉に詰まる。

息子からしたら「人のこと言えねーだろ」ってなってしまう(笑)。不満はないけど、それだけじゃダメなんだ、私も自分の人生を考えなきゃって思いました。

そこで行ったのが川崎市の女性起業家セミナー。いろんな方がいましたね。「こんなこと考えてるんですけど」って言うと、みんないろいろ揉んでくれる。「あー、そうなのか」と目からウロコで。「世の中にはいろんな面白い人がいっぱいいるんだ」と。自分がいかに何も知らなかったかを気づかされました。

本当に世間知らずでした。私は子どもと同じレベル(笑)。

それで、こんな人がたくさんいることを子どもたちにも知らせたいと思いました。子どもの世界は、家庭と、学校と部活と塾くらいしかない。でも、それだけじゃない。「もっと広い世界に、いろんな価値観の人たちがいて、いろんな生活をして、いろんな仕事をしているカッコいい大人がいっぱいいるんだよ」って、伝えたくなりました。

それでNPOを作ったんです。

この体験から、代表的プログラムの一つ「おもしろい仕事人がやってくる」が生まれた(キーパーソン21提供)
この体験から、代表的プログラムの一つ「おもしろい仕事人がやってくる」が生まれた(キーパーソン21提供)

私ひとりじゃ無理だから、NPO設立

NPOを作ったのは、親の力だけで子どもを育てるのは難しい、私ひとりじゃ無理だと思ったからです。

自分の子ども3人だけだったら、もしかしたら自立して生き生き働くようにはできるかもしれない。でも、息子の友人たちはどうなるんだろうとも思いました。日本の教育の仕組みや、学校、家庭、地域のあり方を見たときに、これは日本中の問題じゃないかと思ったんです。

もし「つまんねー」って言っている人たちばかりの社会だったら、仕事するの楽しくないだろうし。そして一人でも多くの子どもが、自分をいかし、いきいきと仕事して生きていってほしいと思いました。

教育現場にはなかなか受け入れられなかった

――キーパーソン21は、2000年に設立。翌年にNPO法人になっています。ノウハウはあったんですか。

ノウハウはありません。ゼロでした。でも共感して協力してくださる方たちがいたので、動き始められました。一緒にチームを組んで、試行錯誤でプログラムを開発してきました。

でも、そのころの学校には、外部の者を門前払いするような雰囲気があって、最初は難しかったです。「変な新興宗教じゃないでしょうね」「NPOって何?」って。「あちゃー」って感じ(笑)。学校は受け入れてくれないんだなと思った。それならと、最初は公民館でプログラムをやり始めました。

大学生にはウケたけど…

幸いメディアには取り上げられたので、たくさんの大学生が来てくれるようになりました。大学生はすごくよかったですって喜んでくれました。

でも活動を重ねるうちに、大学生になる前の小中高校生くらいの年齢から、未来の生き方とか考え方とか、多様な価値観を受け入れる土壌を子どもたちの心の中に育てていくことが必要なんじゃないかという思いが強くなって、原点回帰することにしました。

再び学校へ。「お手並み拝見」的な雰囲気の中で

そこで改めて「子どもはどこにいるんだ?」って考えたら、やっぱり学校だった。「学校か〜」って以前の体験が頭をよぎりましたね(笑)。

でも、そうこうしているうちに「やってほしい」って学校がポツポツ現れてきました。ああ、だんだん変わってきたんだと思いましたね。

とはいえ、あいかわらず「NPOが何できるわけ?」とか「お手並み拝見」的な雰囲気はあって、結構つらいな〜って思いながらやることもありました。

でも、いま困っている子どもたちが、いつかさらに悩むことになる、やっぱりなんとかしてあげたいという思いで、みんなでコツコツとプログラムの開発を続けました。

「キャリア教育」がブレイクして…

そしたら2005年に、経済産業省の「地域自律・民間活用型キャリア教育プロジェクト」が始まったんです。

「キャリア教育」という言葉がブレイクした時期で、経産省から電話がありました。そこで初めて、私たちの取組が川崎市のキャリア教育として位置付けられたんです。それまでは「生き方学習」と言っていましたね。我ながらセンスなかった(笑)。

「『生き方学習』なんて、我ながらセンスなかった(笑)。でも、やっぱり生き方学習なんです」
「『生き方学習』なんて、我ながらセンスなかった(笑)。でも、やっぱり生き方学習なんです」

答えは自分の中にしかない

――プログラムはどんなものですか?

講演スタイルの「おもしろい仕事人がやってくる」、ワークショップ方式の「すきなものビンゴ&お仕事マップ」、個別サポートとして「個別アクションプログラム」などがあります。

公開しているもの以外にもたくさんのプログラムがありますが、目的はすべて「自分で考えて、選択して、行動する力を引き出すこと」です。

キーパーソン21のプログラム
キーパーソン21のプログラム

答えは自分の中にしかないので、大人ができるのはティーチングではなく、ファシリテーションとコーチング。

引き出す、認める、伴走する。いっさい教えないし押しつけない。

その子の中にある原石を引っ張り出すことしかしていません。

プログラムで大切にしていること
プログラムで大切にしていること

好きなもの、大切なもの、わくわくするもの、全部「上戸彩」

たとえば「すきなものビンゴ&お仕事マップ」であれば、グループで自分が一番わくわくするものを出していきます。スポーツとか音楽とか、いろんなことが出てきます。

それから、それに関連するお仕事を出していきます。与えられた職業ではなく、自分で考え出すんです。こんなのもある、あんなのもあるとヒモづけていく。

ビンゴ形式でやるのは、ゲーム感覚で楽しいから。楽しいと本音を言います。ゲームのときに嘘つかないですからね。

大人が関わるのは、非日常性を持たせるため。グループでやるのは、お互いを認め合う力を生み出すため。「おまえ将棋が好きなんだ、へー」みたいな感覚でやります。

お仕事は職業名である必要はありません。「何々をする人」でもいいんです。たとえば、わくわくするものに「上戸彩」って書いた中学生がいました。好きなものも大切なものも全部、上戸彩。一番わくわくするものも当然、上戸彩。

アイドルが好きでいいんです。ふつうでしょ。そこで「芸能人になりたいの?」とは、私たちは言わない。

上戸彩をもっとかわいくしているのは?

その子に「関連するお仕事書いてみようか」って言うと、「やっべ、何にもないや」って消そうとする。

それを「ちょっと待って。上戸彩に関連するお仕事、たくさんあるじゃない」と。

「上戸彩はかわいかったの?」「かわいかったよ」「はじめからかわいかった?」「そうだよ」「もっとかわいくなるためになんかしていることない?」「あ、メイクアップしてる」「カメラマンがいる」「衣装さんがいる」……いろんなことに気づく。上戸彩に関連する仕事がたくさんあるんだってその子の中でストンと落ちる。

上戸彩が好きな自分と、社会は関係ないと思っていたのに、「あ、つながってる」って体験できる。「そうなんだ!上戸彩が好きなオレは、社会を見ているわけだ」って。

それで、その中から好きな仕事ベスト3を選ぶ。やりたい仕事ではなく、わくわくする仕事を書く。

「やりたい仕事」ではなく「わくわくする仕事」

――「やりたい仕事」と聞かないのはなぜですか?

「やりたい仕事」と聞かれると、反射的に「自分にそれができるか」と考えてしまって、急に現実に戻るからダメなんです。

書き出すのは、わくわくする仕事。「別にやりたくなくてもいいよ」って。別に職業名である必要もない。

たとえば、野球にわくわくする子が3人いたとします。大人はすぐに「野球選手になれば?」などと言う。でもそう簡単になれない。そうすると、小学生の頃は野球選手にあこがれていた子が、中高生になって「やっぱりダメかも」って思って自信をなくしてしまう。

でもそれぞれによく理由を聞けば、Aくんは作戦や戦略を立てることがめちゃくちゃ楽しい。Bくんはチームで達成するために自分が役立っていることが楽しい。Cくんは、素振りとか筋トレ、自分の小さな成長を感じるのが面白い、と言う。

私たち大人や先生は、野球選手というたった一つの職業につなげるのではなく、その子の内面にある理由をキャッチする観点をもつことが大切なんです。

そうすれば、クラス作りにおいても、文化祭や体育祭でも、家庭でも、その子が前向きになれる役割を担わせることができる。先生のクラス作りとして、いかようにでも活用できます。

子どものわくわくエンジンを引き出し、認めて、伴走するのが大人の役割なんです。

同じ野球好きでも、一人ひとり「わくわくエンジン」は違う
同じ野球好きでも、一人ひとり「わくわくエンジン」は違う

個性認めなきゃって言いながら、けなしてる大人

――これが社会的にできていない、ということでしょうか。

大人がそういう観点を持っていないと思うんです。野球の好きなAくんBくんCくんがいたら、野球選手って短絡的に職業名につなげたがる。

大人が早くゴールを決めたがる。その子の中にある本当の思いを無視して、進んでいく。

わくわくする目標を持てば、子どもは自分で動き出す。それに大人は気づいているようで気づいていない。気づき方がわからない。

「相手を認めましょう、個性を認め合いましょう」って言うけど、先生とか親とか、子どもの成長に関わる大人たちが、自分や相手を認めるトレーニングって受けたことがあるんでしょうか。個性を認めなきゃってお題目のように言いながら、実のところは大人が、認めることができていない。

親は親で、親のエゴが働くから「こっちの大学行ったほうがいいよ」って言ってしまう。有名企業に入ったほうがいいんじゃないって。

子どもの気持ちを無視していることに、親自身が気づかない。本人の特徴、強み、本気でやりたいこと、わくわくすることを見もしないで、ここ行っとけば安心よって言ってしまう。

実は「子どもがここの大学行ってくれたら鼻高々だわ」って思う自分がこっそりいたりするのに、気づかないふりをする。

「ごちゃまぜ力」が必要

――自分が見つけてもらっていないからですかね?

そうだと思います。それを経験していない。

私は高度経済成長期に育ちました。やっぱり、日本は均一な産業人を育てることをしてきたと思います。右向け右、左向け左、前にならえって。

でも、これからはごちゃまぜ力が必要になる、そういう社会がきている、と私は思います。

私が始めたときには、外国籍の子は1人もいなかった。今はクラスに4、5人いる。障害持っている子もいるし、性別もいろんな性別が生まれてきているし、いろんな子がごちゃまぜになっている。

小学校は子どもが出会う初めてのダイバーシティだと思う。親も多様になっている。それに先生が慣れていない。どうしたらいいかわからなくて戸惑ってしまう。

揺さぶって、わくわくさせる

――「わくわくエンジン」は、これからの時代を生き抜くために必要、と。

そこがポイントだと思います。

私たちは、わくわくすると人は能動的になることを実感してます。

社会は小さなイノベーションの積み重ねでできています。私たちは社会の枠組みに子どもをはめ込もうと思っていません。むしろ枠を外すというか、揺さぶってわくわくさせる

私たちは、これからの新しい社会をつくる子どもを育てたい。

自分軸をしっかり持って生きるために

これからくる社会は、多様で多元的で立体的で複合的です。

そのときに、2つの力が必要になると考えています。

1つめは、主体的な自分を語れること。ごちゃまぜだからこそ、自分が何者であるか語れる力が必要。

もう1つは協働のコミュニケーション

これからはプロジェクト単位で仕事をすることが増えると思います。トヨタと日産が一緒に仕事するかもしれないし、NPOと企業、学校と企業、学校とNPOとか、ぐっちゃぐっちゃになるかもしれない。

何かを生み出すときに、わが社だけが出し抜いてやるって話じゃなくて、いろんな人がごちゃまぜになって、プロジェクトを作っていく。

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ごちゃまぜだからこそ、自分が何者であるか語れないと「イケてない人」になっちゃう。自分軸をしっかり持って生きてほしい。

そのときにベースになるのが、心の底からわくわくする、頑張りたいっていう気持ち。

それは、数学得意だよね、理科得意だよねっていう強みや得意の話にとどまらない。その人にしかわからない、その人のわくわくエンジンなんです。

それが揺るがない自分の、ぶれない軸をつくっていきます。

それを持っていることが、これからを生きる人として必要なんだと思います。

未来に希望をもつためのノウハウ

――「主体性」や「協働する力」、よく言われていることですが、実際には難しいのでは?

実績を見てもらうしかないですね。

いま、川崎市内で貧困家庭の子どもたちの学習支援も手掛けていますが、私たちのところに来た子たちは、初年度から全員が全日制高校に合格しました。

この学習支援で私たちが大切にしているのは、1)絶対に見捨てない、2)一人ひとりに対する丁寧な学力向上、3)未来に希望を持つ、この3つです。

1)と2)は学習サポーターでできるけど、3)にはノウハウが必要。そこに私たちの強みがある。

大人はよく「自分を信じなさい」って言うけど、子どもたちは自分の何を信じればいいかわからない

それが、一対一でわくわくエンジンを見つける「個別アクションプログラム」をやると変わっていきます。

個別アクションプログラムでは、本人の口から出てきたキーワードを拾って、わくわくエンジンを突き止める。
個別アクションプログラムでは、本人の口から出てきたキーワードを拾って、わくわくエンジンを突き止める。

「幸せな家庭を築きたい」という「わくわくエンジン」

たとえばこんなことがありました。

レオ君という中3生がいました。9月になってもまったくやる気がなくて、成績も1と2しかない。

うちの学習支援は6時半から8時半なんだけど、その子は8時25分に来る(笑)。彼女と一緒に来て「ちょっと待っててね」って5分だけ顔出して、また彼女と遊びに行く(笑)。勉強しない子でした。

でも、うちのメンバーが「個別アクションプログラム」をやってから、変わりました。

学習支援教室。公的支援の対象外の子どもたち向けにも、自己資金で教室を別途確保している
学習支援教室。公的支援の対象外の子どもたち向けにも、自己資金で教室を別途確保している

私は、学習支援のときは「駐輪場のおばちゃん」をやっていて(笑)、出てきた子たちに「気をつけてお帰り」って声かけしてるんですけど、そのときレオ君に「今日どうだった?」って何気なく聞いたんです。そしたら「自分に感動した」って(笑)。

プログラムをやっている中で、幸せな家庭を築きたいっていう「自分の思い」に気づいたというんですね。

幸せな家庭を築くためにはお金を稼がなきゃいけない。どうせ働くなら好きなことしたい。モノをつくるのが好き。おじいちゃんが宮大工で誇りに思っている。建築に関する仕事がしたい。建築科のある学校に行って資格を取りたい。勉強したい…。そういう「自分の思い」に気づいてから、彼は変わっていった。

まずは建築科のある一番偏差値の低い定時制を目指したんですけど、どんどん成績が伸びて、結局全日制に受かっちゃいました。

与えられたノルマのような目標じゃなく、自分から獲りにいく目標を見つけることができたからこその成果だと思います。

そのベースにあるのがわくわくエンジン。わくわくするものが見つかれば、その子のエンジンがかかるんです。

プログラムを受けた子どもたちには、自己肯定感が高まるという効果が認められている
プログラムを受けた子どもたちには、自己肯定感が高まるという効果が認められている

全国に普及させるフェーズに

――今後は、どのような展開を?

去年は40校を訪問して、3000人くらいにプログラムを実施しました。

でも小さな団体でやっているので、申込み件数に追いつかなくて、ずいぶん前からお断りしないといけない状況になってます。

ですから今年度は、大きくシフトすることにしました。

授業の出前はしない。ラーメンの出前はしない。でも、美味しくて、みんなが健康で幸せになれるラーメンのレシピはお伝えします。そのレシピで作ったラーメンを、どうやったらみんなで囲める食卓になるかもお手伝いします。それぞれの地域でどういうふうにやればいいか、そのノウハウをお伝えする形にシフトしようというのが、これからの方向性です。

私たちみたいな小さな団体だけがやっていても、たかが知れている。全国にはもっとたくさんの子どもたちがいる。各地の有志や企業、ロータリークラブ、PTA、自治体、大学などと組みながら、これからはキーパーソン21のノウハウを全国に普及させていきたいです。

そのための新しいフェーズに入っていきます。

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社会活動家・東京大学特任教授

1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『つながり続ける こども食堂』(中央公論新社)、『子どもが増えた! 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著、光文社新書)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)など多数。

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