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”文在寅 v.s 尹錫悦”勃発 火種の「青瓦台」はなぜ罪なのか 敷地面積は日本の6倍 ”ドデカ宮殿”

文在寅大統領が米トランプ前大統領を迎えた際の青瓦台(写真:ロイター/アフロ)

”新旧権力葛藤”

そんな言葉が韓国メディアで飛び交っている。

3月9日の大統領選で当選した(頭角発表は翌10日)尹錫悦氏と、現政権の文在寅大統領。

両者陣営が、「政権引き継ぎ」を巡って衝突しているのだ。

なかでも18日に現政権と新政権側がこれを話し合う委員会で尹次期大統領側が宣言したこの点で連日大騒ぎ。

「青瓦台(大統領官邸)移転」

23日の「KBSニュース」は朝のトップニュースでこの話題を報じ、こう伝えた。

「移転問題や韓国銀行新総裁の人事問題(大統領に任命権あり)などがネックになり、現・新大統領が(当選報告の挨拶以降)直接会って引き継ぎについて話せていない」

双方が「引っ越し代の請求で揉めている」とまで言及するメディアもある。

写真:Lee Jae-Won/アフロ

文大統領側は「無理がある」 

尹次期大統領は18日の発言に続き、20日に党内で記者会見を開きより具体的なプレゼンテーションを行った。

「大統領執務室を現在の青瓦台(チョンワデ)ではなく、ソウル市内の龍山の国防部がある建物に移す」

「新政権の始まる5月10日からそこで執務を行う」

「龍山の現国防部の建物一体を公園にし、市民にも開放する」

  • 尹錫悦氏公式アカウントでの移転のプレゼンテーション

尹氏は確かに大統領選の際の10の公約の一つに「青瓦台を離れる」という点を織り込んでいた。

しかしだ…。5月10日までに単に大統領執官邸の機能を移すという時間的制限に加え、建物から出ていく側(国防部)の準備の都合も考えなければならない。

現政権(つまり文在寅大統領)側はこれについて「時間的に無理」と反発している。21日にスポークスマンがこう発言した。

「共感はするが、新政府発足まで時間がそれほど残っていない逼迫した時間のなかで、国防部、合同参謀本部、大統領秘書室などを移転するのは無理な面があると見る」

大統領執務室、現在の位置と移転予定地。出典Google 筆者編集
大統領執務室、現在の位置と移転予定地。出典Google 筆者編集

過去のほとんどの大統領が「出て行こうとした官邸」

大騒ぎではあることに違いはないが、結局はあちらの国の話。日本に何の影響があるかと言われれば「北朝鮮関連の有事の際には影響がありうる」というところか。何せ「国防部も移る」「国防部の近くに大統領が”出勤”する」というプランだ。セキュリティ上の問題が予測できる。23日の「YTN」のニュース番組では「周囲に高い建物があると、スナイパーに銃撃される心配もある」と指摘していた。過去に大統領が青瓦台から出られなかった理由の一つもこの警備問題にあるとされる。そのあたりは専門家の解説を待とう。

ここではあるキーワードについての掘り下げを。

「青瓦台(チョンワデ)」

日本での韓国関連ニュースでもたびたび登場するものだ。

ソウル市を南北に分ける漢江の北側エリア「市庁」や「光化門」「景福宮」を見下ろす山の麓にある。

文字通り、青い瓦の建物だ。そこに大統領執務室があり、敷地内に公邸(住居)がある。

山の麓の青い屋根が青瓦台。手前は景福宮
山の麓の青い屋根が青瓦台。手前は景福宮写真:Lee Jae-Won/アフロ

もともとは日本統治下の1939年7月、朝鮮総督官邸が建設された場所だった。「青い瓦」の流れはその時代から残るものだ。初代大統領李承晩(1948年から在任)が、旧・朝鮮総督官邸を官邸及び公邸として使用して以来、「景武台(キョンムデ)」から「青瓦台」に名称を変え(1960年)、本館の建て替えなどを経て現在に至る。

また、この「青瓦台」今日ではアメリカの「ホワイトハウス」と似たニュアンスで、大統領官邸、大統領府という意味でも使われる。

なぜここに次期大統領が入りたがらないのか。それどころか1992年以降の大統領は”朴槿恵氏以外”が公約で「青瓦台から出る」と宣言してきた。文在寅大統領とて2017年の大統領選時に「仕事が終わったら市民とビールを一杯やる」と宣言しながら、費用や警備の問題などから実現できなかったのだ。

その構造を改めて見てみよう。「出ていきたくなるのにも一理ある」とも感じさせるのだ。

参考:歴代大統領「執務室移転」の公約

金泳三 光化門の庁舎に移転

金大中 同

盧武鉉 世宗市に移転

李明博 構造改善

文在寅 光化門の庁舎に移転

尹錫悦 光化門を希望したが、難しく龍山に移転予定

写真:Lee Jae-Won/アフロ

大統領執務室と秘書室が「0.5km」「徒歩で最低5分」

話は明快だ。

めちゃくちゃ広い。”広すぎ”と書いたらお叱りを受けるだろうが、そう言いたくもなる。

そして周囲とはかなり隔離されている。

日米の国家首脳の官邸との比較を交えつつ、その概要を紹介しよう。

日本の首相官邸

■敷地面積4万6000平方メートル

■中に入っている建物・施設数「6

  1. 官邸本館(オフィス/地上5階地下1階)
  2. 首相公邸(住居)
  3. 官房長官公邸
  4. 内閣宿舎
  5. 庭園
  6. フロントヤード(ヘリポートとして使用可)

ちなみにアメリカホワイトハウスは「7万2000平方メートル」で、中に入っている建物・施設は8つ(公園も含む)。

それと比べて韓国の「青瓦台」は…

韓国の大統領官邸

■敷地25万3504平方メートル

■中に入っている建物・施設数「14」 

  1. 本館 2階建て。1階に大統領夫人執務室など。2階に本来の大統領執務室。
  2. 迎賓館 2階建て
  3. 与民館1 大統領秘書室。政務首席や秘書室長の執務室。
  4. 与民館2 民生首席執務室。
  5. 与民館3 広報首席執務室。
  6. 公邸 大統領の住居。2階建て。寝室、大小食堂、パウダールームなど。ここにも別途大統領用の執務室がある。
  7. 常春齋 迎賓用の建物。日本統治時代は日本風の「梅花室」があった。
  8. 緑地苑 庭園。
  9. 春秋館 メディアセンター。1階に記者室、2階に会見場。
  10. 守宮広場 (旧本館広場) 庭園。日本統治時代の朝鮮総督官邸跡地。
  11. 西別館 本館の西側にある別館。かつては「秘密会議室」とも言われた。公式記録では2018年12月に使用されて以来、使われていない。
  12. 時和門 警備員室
  13. 延豊門 外部の人が青瓦台内部で業務を行う場合の受付センター。
  14. 青瓦台舍廊房 2階建ての展示室。

じつに建物・施設だけでも14 。

韓国メディアやネットではその非効率性を指摘されてきた。

なかでも秘書室(与民館)と大統領執務室がある本館が、直線距離で500m離れている点だ。しかも坂道。徒歩で5分~10分かかるとされている。

そのほか秘書室と公邸(大統領の家)はより離れており、600m。さらに警備室と公邸はもっと遠くて「車で1~2分かかる」とされている。

これはさすがに問題だったか、文在寅大統領は任期初期に敷地内の秘書室のある建物に執務室を設け、そこに”出勤”していた。

朴槿恵前大統領が「悪例」

こういった「宮殿」がソウルの一等地を見下ろす山の麓にある。それも「後背地は山」という場所にあるのだ。

「情報収集や判断の基準が鈍る」という面は少なからずありそうだ。特に朴槿恵前大統領の時代にこの点が大いに指摘された。

  • トランプ前アメリカ大統領訪問時の青瓦台内部の様子

2014年4月16日のセウォル号沈没事故の際、大統領が第一報の初動時に所在が不明だった「空白の7分間」(未解決)は、この場で起きた可能性も指摘されてきた。2016年12月16日のKBSニュースではこの問題を振り返り「官邸に執務室があるのか(つまり家にも別の仕事場があるのか)」という疑問を報じていたほどだ。大統領がどこにいるやら分からない構造なのだ。そして権力者に誰もモノ申せない。

「不通(プルトン)」とは朴氏の大統領在任時末期に度々囁かれた不満だ。伏魔殿のような執務室に籠もり、メディアはもちろん部下もあまりコミュニケーションが取れない。結果「友達に政策を相談していた」という理由で弾劾されてしまった。

朴槿恵前大統領はこの罷免の前に左派からのデモで強い突き上げにあった。この際「下野せよ」という言葉が多く使われたが、現地で取材していると比喩には聞こえなかった。本当に「山の麓の宮殿から引きずり下ろせ」という感があった。

実際に2017年3月10日の弾劾裁判後、まず左派デモ隊が向かったのは青瓦台のゲートだった。このフェンスによじ登り「宮殿、奪ったり」というパフォーマンスを見せたのだった。

朴槿恵氏だけは「青瓦台を出る」とは言わなかった。父朴正煕氏の職場でもあっただけに思い入れがあったか。ローマ法王訪問時に
朴槿恵氏だけは「青瓦台を出る」とは言わなかった。父朴正煕氏の職場でもあっただけに思い入れがあったか。ローマ法王訪問時に写真:ロイター/アフロ

尹氏「帝王を生む場所」 

要は「豪勢すぎてもまた問題」なのだ。

外国の要人を迎えるほどの施設があるのは警備上の問題などから合理的、という面もある。しかし尹氏は「デメリットの方が多し」と見たか。

尹氏は「一度入ったら出られなくなる」とも言う。韓国では保守系の大統領は”偉そうだけど能力はある”というイメージがあるが、尹氏は「過去の人たちと自分は違う」とも看板を掲げ当選した。その経緯があるだけに、必ずや果たしたい公約の一つなのだ。

尹錫悦次期大統領はまた、こうも主張している。

「そこに入った途端、帝王的大統領になってしまう」

丘の上の権力の象徴、青瓦台。

5月10日の就任の日までに執務室などの移転はあるか。あるいは妥協があるのか。しばらくは韓国社会での注目の的となりそうだ。

ソウル市龍山にある大統領執務室移転予定地
ソウル市龍山にある大統領執務室移転予定地写真:Lee Jae-Won/アフロ

(了)

参考1:「韓国経済」紙は移転への難題として4つの点を挙げている。

(1) 移転費用

尹氏「政府企画財政部の推算で496億ウォン」 vs (現政権の)民主党「1兆ウォン」

(2) 誰が費用負担?

尹氏 「企画財政部と法的な範囲で合意する」vs 現政権側「そんな解釈は無理」

(3) 安保上の空白期間が生じるのでは?

軍の通信網と指揮統制室の再設置が必要。

(4) 国民の共感

時間的に急いで推進した場合、国民の混乱、反発が生じうる。

参考2 両者の意見 ダイジェスト

推進(尹錫悦)派の意見

  • 文在寅大統領は(執務室の場所を変えはしたが)「部屋にこもり」「一部側近とばかり意見交換した」との評価。
  • もっというと同じ最大保守党系だった朴槿恵大統領も同様。「不通(プルトン)=意思疎通ができない」と言われ評判が悪かった。偉そうだった。
  • 自分もそうなるのは嫌だ。「青瓦台に入った瞬間、帝王的大統領になる」。
  • 移転は大統領選時の10の公約として選挙管理委員会にも提出したもの。
  • 移動費用は抑えられる。なぜなら移転先の龍山の国防部の建物には十分な空間が余っているから。
  • 新執務室の建物の周辺に公園を作って市民に公開する。結婚式もできる場所を作る。
  • 青瓦台も市民に完全公開。観光にどうぞ。
  • 一度青瓦台で仕事を始めてしまったらむしろ出られなくなる。

反対(文在寅)派の意見

  • 時間的に無理。新大統領就任まで2か月もない。移転するのは大統領執務室だけではない。国防部と合同参謀本部、秘書室、警備部門なども移転しなければならない。
  • 大統領執務室が国防省の近くに移るというのは、保安上危険。
  • 大統領が市内の南部にある家から漢江を渡って龍山に通うのか? 警備が大変で、市民にも不便を強いる。
  • 龍山に公園を造るといっているが、すぐには無理。すでに工事は進んでいるが本来の完成予定は2027年。
  • 地元の人たちに迷惑がかかるのでは(実際に”歓迎”と”反対”の二つの看板が掲げられている)。
  • 次期大統領からは「俺がやると言ったらやる」というスタンスを感じる。そう簡単に物事は運ばない。

「東亜日報」が23日に実施した世論調査の結果は「53.7%が反対」だった。

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。フォローお願いします。https://follow.yahoo.co.jp/themes/08ed3ae29cae0d085319/

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