北朝鮮が再び、日本海にミサイルを発射したのだという。

軍事的な話は専門家に任せるとして、ここでは発射のたびにこの件で毎度話題になる言葉についてちょっとした考察を。

「遺憾砲」

いわばネット用語だ。

今回もそうだった。11日の「ミサイルの可能性のある飛翔体」が日本海側に飛んだあと、岸田文雄総理大臣が「きわめて遺憾」という言葉を発した。

ミサイル砲に対して、毎度毎度「遺憾」という言葉(砲)を打ち返す。これがいったい、どんな効果があるのか。少しイジるようなニュアンスがあると理解している。

遺憾。確かにニュアンスがかなり微妙な言葉だ。英語には訳しにくい、という意見もある。

辞書での意味。

[名・形動]期待したようにならず、心残りであること。残念に思うこと。また、そのさま。「遺憾の意を表する」「万遺憾なきを期する」 [類語]心残り・残念・痛恨

出典:コトバンク(小学館「デジタル大辞泉」)

残念に思う、という表現をしながら「怒り」を伝える。じつのところ、あまり日常では使わない言葉ではないか。親しい仲であればムカついた時には、ムカついたと言うだろう。

ただその微妙なニュアンスは、日本らしいと言えばらしいか。

この言葉がややこしいのは、「謝罪」の手前の「そちら様に起きたことに対して気の毒に思います」というニュアンスで使われること。怒り(の手前)にも謝罪(の手前)にもニュアンスにも使える。でもどちらもはっきりと言わない言葉。

そんな「遺憾」という言葉を使った日本の対応が、相手たる北朝鮮にどう伝わっているのか。日本と朝鮮半島、同じ漢字を用いながらもニュアンスが違うということが時折ある。そのあたりはどうなのか。

韓国の事例を引き出しつつ、北朝鮮での伝わり方を探ってみる。

日本政府が外国の言動を批判する表現基準「8段階」。「遺憾」は「断固として非難」「非難」に次ぐ、上から3番め(「極めて遺憾」)と4番め(「遺憾」)に位置する(産経新聞)

韓国紙は「日本が『遺憾』を外交に使い始めた」

韓国・北朝鮮の両国で「遺憾」は、日本と同じ漢字を用いる。発音を強いてカタカナで表すのなら「ユガム」に使い音だ。単語として確かに存在する。

ずばり、この言葉の用法について記した記事がある。2021年7月22日の「中央日報」だ。「正しい韓国語」という連載コラムで「遺憾」の意味をこう説明した。

「遺憾」の「遺」には「残すという意味」、「憾」には「寂しく、残念に思うという意味」がある。「心が満たされず、寂しく残念だったり不満が残っている感じ」

記事ではこれを「日本が外交で使い始めた」と紹介している。

「『遺憾』という言葉を外交の舞台に用いたのは日本だ。手ごわい国家間の問題を解決するために、『遺憾』という言葉に遠回しな謝罪の意味をこめて使用してきた。現在は慣例上、『遺憾』を謝罪と理解しても大きな問題がないほど外交用語としてポジションを得た」

ここから分かるのは、「遺憾(ユガム)」は韓国語でも第一義として「謝罪の手前」のニュアンスがあるということ。また、わざわざ新聞の「正しい韓国語」という連載に取り上げられるほど「遺憾(ユガム)」は難しいニュアンスだということだ。

  • 漢字の教養YouTube番組でも「遺憾」の説明が

そして同記事では続けて、2番目の意味として「遺憾砲」の使い方があることも示している。

「『遺憾』は謝罪のみならず、外交的な抗議をしたり不満を遠回しに表現するために(韓国でも)使うこともある。『国連専門家、日本の汚染水放出の決定に強い遺憾を表現』『青瓦台、ホワイト国を除外した日本に遺憾を評す』などと使われる」

例えが「日本を批難すること」になっているためちょっとややこしいが、要は韓国でも使われているということ。

とはいえこの「遺憾」、韓国では日常的なものではない。この点も日本と同じだろう。「遺憾」と堅苦しい漢字を使わずとも、「惜しいことだと思う」「残念」「歯がゆい」といった表現があるからそちらを使う。友人同士だと「ムカつく」「怒ってる」などいくらでも別表現はある。

日常のシーンで「遺憾(ユガム)」が使われた事例として、筆者が見聞きした限りで印象的な場面がひとつある。コロナ時代前、韓国の高校サッカーチームが日本に遠征に来た際の出来事だ。韓国の監督が勝負にこだわるあまり審判の判定にナーバスになった。モメにモメた後、最後に抗議として「遺憾に思う」という言葉が使われた。ああ、両者になんらかの線引があって(この時は日本と韓国)、この間の抗議の意味として使われる言葉なんだなと思った。「こっちは残念に思っているんだよ。そっちも理解しろよ」と。要は「フォーマル」な言葉。そういうニュアンスだ。

北も使う「遺憾砲」

では、当の北朝鮮ではどう使われているのか。

対外宣伝サイト「我々の民族同士」では近年の「労働新聞」や「朝鮮中央通信」などのニュースが読める。ただ、このサイト内を「遺憾(ユガム)」で検索しても、ほとんどヒットしない。日本が毎回放つ「遺憾砲」はここを見る限り現地では報じられていない様子だ。

一方、一般的な検索エンジンで調査すると、2008年5月27日の「労働新聞」の記事内での「遺憾(ユガム)」にヒットする。それも日本関連の話題だ。

当時、スイスのジュネーブで行われた国連人権理事会で慰安婦問題が議題に挙がった。これについての日本の対応を「国際的信頼を得るためには過去の清算から始めろ」と批判したのだ。

そこで「遺憾(ユガム)」という言葉が出てきた。

しかし日本側は『謝罪』であれ、『遺憾』であれ、見るからに窮屈な弁明をずらりと並べてきた。

日本が言っている言葉として「遺憾」が登場する。ただし「謝罪の手前の言葉」の意味だ。

いっぽう検索の幅を「韓国で報じられる北朝鮮ニュース」にまで広げると、北が対外的に「怒り」を表す意味として「遺憾砲」を使うケースは数多く見られる。

2018年6月の米朝首脳会談後には「労働新聞」が「米国が約束不履行だ」として「遺憾を評する」とした。

また2021年9月26日には金与正朝鮮労働党副部長が談話で「大いなる遺憾」を表明した。同時期の北朝鮮の弾道ミサイル発射に対し、韓国の文在寅大統領が「挑発だ」と発言。これに対するものだ。

これは何を意味するのかというと、同民族同士で「遺憾」を伝えあっているということ。つまりは「遺憾」という言葉の意味は、北にも十分に伝わるということだ。

では、北朝鮮での一般的な認知はどうなのだろう。脱北者に話を聞いた。咸鏡北道から中国経由で脱北し、現在はソウルで暮らす50代女性に電話取材を行った。

「単語の意味は知っていますよ。複雑な感情が込められている言葉、というイメージですね。ただ韓国と同じで、日常では使わない。新聞などで時々目にする外交用語ですね」

北朝鮮での「遺憾」という言葉、「意味は分かるけど決してインパクトは強くないもの」というところか。

韓国最大の経済紙は「もう使うな」論を展開 

韓国には外交上の非難に使う「遺憾(ユガム)」について「取り扱い注意」を訴える意見もある。

2021年4月21日、国内最大の経済紙「毎日経済」が「(韓国の)遺憾表明が全てとなっている外交姿勢は、対北低姿勢の証」という見出しのオピニオン記事を発信した。

「北朝鮮の実権を握った金与正(※)は、韓国の国家元首を指差して『アメリカ産のオウムだ』とあざ笑った。差し出した手に唾を吐きつけ、照らしてあげようする太陽に服を被せようとする。韓国政府は金与正氏に『最低限の礼儀を守れ』と“強い遺憾”を伝えた。(文在寅政権の)北へのこれまでの低姿勢を考えると、かなりの『勇気』に値する」※同紙記者や韓国内の見解です。

  • 2020年6月16日の北朝鮮による南北連絡事務所爆破時も韓国大統領府が「強い遺憾」

さらに近年の韓国政府の「遺憾」の繰り返しが、2020年6月の南北連絡事務所爆破のような過激な北の行動を生み出した一因、と主張した。

「北朝鮮の現在の行動(韓国を強く批難すること)が昨年6月(南北連絡事務所爆破)の『デジャブ』にならないことを願っている。昨年、北朝鮮は金与正を先頭に据え、韓国に攻撃を仕掛けた。こちらが『遺憾』だけを繰り返していたら、今年(2021年)の金与正談話のフィニッシュラインには昨年よりも大きなサプライズが待っているかもしれない」

同じ言葉ばかり繰り返す「現状維持」は「後退」ですよ、と。

しかし当の韓国政府はこの1月の2度の北朝鮮ミサイル発射について、発射前にその兆候が見られるとして「憂慮」を評した。そして11日の発射後には日本とほぼ同じ、そしてこれまでの韓国と同じ「強い遺憾」を表したのだった。

日本でも、そして韓国でも繰り返される「遺憾砲」。言い返すことで済んでいるというのはまだまだ平和ということの証か。あるいはより強い言葉で抑止力とすべきか。はたまた北のミサイル発射という事態の深刻さが上から3番め~4番めの「遺憾程度」の話ということか。

「遺憾砲」イジりは、受け手の印象によって「遺憾」の意味が変わってきている証だ。言葉の意味というのは絶対的なものではなく、時代によって変わっていくものではないか。なにせ海を越えて韓国や北朝鮮でも「もともと日本が最初に外交に用いた」という漢字の言葉を同じく用いているのだ。