【現場の声】今、日韓ビジネスのトップランナーは何を思うのか。「両国関係に、起伏はつきもの」

オンガネジャパン社の岡本昭宏代表取締役。山口県下関市の会社倉庫にて。筆者撮影

8月28日、いわゆる「韓国のホワイト国除外」が施行される。

8月上旬に大きなニュースとして日韓を駆け巡った処置が、実際に運用されるのだ。日本から一部品目が韓国に輸出される際、韓国の優遇ランクが下がる。

これを巡って、両国メディアはそれぞれの論調でそれぞれの言いたいことを言ってきた。韓国側はこれを「徴用工問題への報復」とし、後の反安倍政権デモへと繋がっていった。

今夏、あれこれと騒動が起こるたび思う。この観点が欠けているのではないか。

現場の声。

歴史のはざまには必ず人間の感情がある。

「そもそも、日韓のビジネスというのは波があります。政治の影響を受けるものだと思っていますから」

そう語るのは、山口県下関市の「オンガネジャパン」の岡本昭宏代表取締役。年商20億円の中小企業のトップだ。01年の前身の会社設立以来、日韓ビジネスのトップランナーであり続けてきた。主に韓国食品の日本向け輸入・開発に取り組んできた。これまで韓国海苔、韓国ラーメン、高麗人参、サムゲタン、えごま油、鍋などの〆に入れる麺「サリ麺」などがヒット。近年は日本国内メーカーと協力して、商品の開発にも取り組む。韓国経済産業省から「韓日貿易促進に貢献した企業」として表彰も受けたこともある。

筆者撮影
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「食」という日常に根ざしたジャンルに取り組んできたのだ。今回の日本政府による韓国の“ホワイト国除外”とは、「軍事転用が可能な工作機械などの製品や技術などを国内企業が韓国に輸出する際、原則として輸出契約1件ごとに政府の個別許可が必要となる」という話だ。一般生活の話とは少し遠いところにある。

ただ、昨今の日韓関係の情勢悪化は、食品関係の貿易にも決して無関係ではない。岡本はこの8月から、大分九重連山の名水を商品化した「シリカシリカ」の炭酸水をソウルの5つ星ホテルに輸出する。これに先立ち、両国の税関に問い合わせを入れた。食品関係の輸出に影響があるのかと。

日本側の返答は「まだ分からない」。

いっぽう、韓国側からはこんな返答があった。

「念のため、27日までに韓国に到着するようにしてください」

岡本が続ける。

「韓国側での日本からの輸入品の通関手続きに時間がかかるようになるかもしれないと言われています。正式な通知ではなく、内々の情報ですね」

情勢悪化による影響が及ぶのか、及ばないのか。不安定な状況にあるのだ。

30代前の転機は韓国海苔から

岡本は地元下関の高校卒業後、20代後半で務めていた旅行会社を辞めた。「30代を前にプー太郎」という状態。生活費はパチンコで稼いでいた。見かねた周囲から、こう声をかけられた。

「何もしてないんだったら、”道の駅”で何か物を売ってこい」

思いついたアイデアが、市内のコリアタウン、グルーンモールで韓国海苔を仕入れて売ることだった。幼き日から関釜フェリーから韓国のおばちゃんが韓国海苔などの荷物を運んでくる姿をよく目にした。これらを売ったお金で日本のふりかけ、白髪染め、ウイスキーなどを購入し、また韓国で売る。そうやって大きな利益を上げるのだ。「みんな金持ちだった」というイメージが岡本にはあった。

筆者撮影
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ただし、30代前の岡本に売る場は与えられたものの、仕入れ金は自分で調達せねばならない。ここでパチンコが運命を繋いだ。

「その日、一緒に打っていた中学校時代の同級生が『俺、もう帰らないといけないから。この台、勝つぞ』と譲ってくれたんです。その友人は今……会社の非常勤取締役です」

10万円分を手に韓国海苔を仕入れた。商品は、すぐに完売した。

そこから韓国食品ビジネスにのめりこんでいった。まだまだ韓国側の食品業界に日本人が飛び込んでいくケースは稀な時代だった。親戚からこんな忠告を受けた。

「おまえ、変に思われることはやるなよ」

2001年の話だ。 “韓国人に思われるなよ”との意味だった。お構いなしに、突き進むことを選んだ。

韓国からの返事「影響はないから、やりましょう」

岡本はやがて、日本でも食品関連の商品開発に取り組み、これを韓国に輸出するビジネスにも着手した。これが前出のミネラルウォーターだ。

今回の日韓騒動で懸念したのは、貿易時のやりとりと合わせ、現地の雰囲気だ。岡本はミネラルウォーターの韓国の取引先のホテルに、こう切り出した。

「対日関係の悪化もありますし、もしかしたら輸入手続きが複雑になるかもしれない。取引を控えますか?」

今回が初出荷、という点も懸念材料だった。

韓国側からの返事はこうだった。

「我々の韓国の客層には、影響がない話です。そのままやりましょう。それは言い切れます」

社内の倉庫にて社員とともに。山口県下関市。筆者撮影
社内の倉庫にて社員とともに。山口県下関市。筆者撮影

日韓のビジネスは、そもそもが起伏のあるものだと思っている。関係が良くなり、悪くもなる。

2010年の夏、日本でK-POPブームが起きた。KARA、少女時代に代表されるガールズグループのブームだ。02年、主婦層から火のついた「ヨン様ブーム」が「女性グループを応援する男性」にまで至ったのだ。この頃、会社の業績は当然のごとく「絶好調」だった。

「あの当時は、取引先から“ハングル文字が入った商品を持ってきてください”、“じゃないと売れないから”と言われたものです。10年前の話が、今では嘘みたいですが」

 

しかし、2012年8月の李明博大統領竹島訪問で一気に雰囲気がしぼんでいくのを感じた。

「あの時の感じでずっと時が刻まれていったら、どれだけ日韓関係が進んだだろう、とは思いますよね」

状況が乱高下するなかで、輸入体制や顧客への安全性訴求へのリスクヘッジとして「韓国食品を日本で生産する」という手法にも取り組んだ。ヒット商品のひとつ「サムゲタンのレトルト」などだ。

日朝貿易の経験から思うところ

もっとも、「韓国とはまだ貿易ができている」という考えが岡本にはある。

岡本は04年から日朝貿易にも関わった。06年に「特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法」により同国からの輸入が禁じられるまでの2年間の話だ。

「昔は下関や鳥取の境港に北朝鮮からの漁船が入っていたんです。ハマグリの質がすごくいいと聞き、始めてみました。ところが、最初の取引では「オオアサリ」が大量に入ってきたんです。下関の税関の人も「先方は最初にみんな、間違えるんだよ~似てるから」という軽いノリで。だからなんとか返品交渉して、それは引き取らず代わりに赤貝を持ってきてもらった。築地に送ったら、大好評で。『とにかく北朝鮮のものが入ったら、なんでももってきてほしい』と」

 

築地では1kgあたり600円程度で取引された。当時最高級と言われた韓国産は1kgあたり1200円が相場だった。それを上回るほどの品質で、半額なのだから人気も当然だった。

ただ、苦労は絶えなかった。先方と連絡がつくのは月に一度程度。もどかしいから、当時出たばかりの衛星電話(30万円相当)を渡したが、それでも連絡がつかない。貝を獲る方法は、日本海の荒波に飛び込むものだったと聞く。漁に出る人たちが寒いだろうと、日本のファストファッションでダウンジャケットを買い、入国してきた北の船員に渡したこともある。いっぽう、日本では「社会主義国との貿易で利益を上げるとはけしからん」と右翼団体の宣伝車が会社の近くに来たりもした。

日韓ビジネスの醍醐味のひとつは「類似性の発見」にあり

韓国のものに接し、日本の消費者が喜ぶ。岡本はそれを、“類似の魅力の発見”ではなかったかと思っている。岡本自身、子どものころは韓国の食品といえば「韓国海苔」しか知らなかった。ビジネスを進めながら、たくさんの韓国料理・韓国食品について知っていった。

「2000年代に入って、日本のお客様は知らなかったものを知ったんですよ。近くにこんなおいしいものがあったのかって。外国の食品って、ふつうは“日本と大きく違うもの”を楽しむでしょう。いっぽう韓国は“似ていておいしい”というものです。その経験は、じつは日本のマーケットにとって初めてなんじゃないでしょうか」

筆者撮影
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最近は高麗人参に注目している。これに含まれる栄養分「ジンセノイド」のすごさだ。韓国ではすでに「記憶力アップにプラス」と言われていたが、これについて日本でも臨床試験を実施した。九州の有名国立大学に臨床試験を依頼し「若い層の記憶力アップの可能性あり」との結果が出た。これを受け、高級品種の「高麗紅参(こうじん)」の商品を発表した。

「臨床試験に数千万円も使ってしまいました! 最初は“高齢者の記憶力向上”の実験にも取り組んだんです。高齢化社会のプラスに少しでもなればと。しかし、“再試験が必要”となってしまいまして。これはちょっと、焦りました……だったら若い人はどうだろうと、再び臨床試験に取り組みました。数か月後、『学習能力向上の可能性が示唆された』と大学側から連絡が入りまして。ならば、受験向けの商品がいいと開発し、販売しています」

知らないもの、いいものを届けるという思い一つでやっている。国同士の関係がどうであれ、お互いのいいものを閉ざすことは、本当に惜しいことだからだ。