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【ACLプレビュー】初戦で”自国選手に頭突き”の鹿島GKクォン・スンテ。翌戦で語っていた思いとは?

鹿島アントラーズの韓国人GKクォン・スンテ。24日に自国チームとの”決戦”に挑む(写真:アフロスポーツ)

緊迫感を感じさせる、相手クラブの「告知」

アジアチャンピオンズリーグ2018準決勝、「スーウォン・サムスン・ブルーウィングスー鹿島アントラーズ」。10月24日19時キックオフ@スーウォン。

日本と韓国のチームによる対戦だ。

10月3日に行われた第1戦は、鹿島が2点をリードされながらも3-2の大逆転勝利を収めた。しかしスーウォンが記録したアウェーゴールの「2」はまだまだ勝敗の行方が分からないことを意味する。

この試合への相手側の意気込みの強さを現す「発表」があった。22日のスーウォンのクラブ側によるものだ。鹿島アントラーズ戦に向けた注意事項を改めて示している。

10/24 ACL 準決勝の試合に関して スーウォンファンの皆様にお知らせします。

AFCではACLの競技時、ファンの応援道具(旗、横断幕、ゲートフラッグ)に厳格な基準を適用させており、その結果、今年に入って国内の他クラブが該当内容違反によりペナルティーを受けています。

スーウォンファンの皆様におかれましては、このような内容を熟知されたうえで、10/24のACL準決勝戦に誤解の素地があるいかなる内容の応援道具を搬入されないことはもちろん、肉声を通じた応援(応援歌、コール)でも人種差別的内容が含まれる場合には懲戒の対象になりうるため、格別な注意と自制をお願いいたします。

事前の告知にもかかわらず本内容の違反によりクラブがペナルティーを受ける場合、該当の当事者にも強力に責任を問う予定であることをお知らせいたします。

カムサハムニダ。

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こういった告知がある、ということだけでも試合前から早くもピリピリとしたムードを感じさせた。

準決勝第1戦での出来事。鹿島の韓国選手が「相手選手に頭突き」

背景には当然、熾烈な日韓のライバル関係がある。同時に今回はACLならではの出来事があった。クラブチームでの対決であるため、日本のクラブに所属する選手が、自国チームと対戦する。この点もふだんのリーグ戦にはない因縁を生む。

鹿島アントラーズには2人の韓国人選手が所属する。2017年からプレーするGKクォン・スンテ(34)と、今季途中にサガン鳥栖から加わったDFチョン・スンヒョン(24)だ。

GKクォンに関し、初戦終了後に韓国から大きな批判が巻き起こった。

第1戦の43分、1-2とリードを許した状態で競り合いの状況になった。この際、相手チームFWイム・サンヒョプに頭突きを食らわせ、イエローカードを受けた。 

この行為については、説明の余地はない。間違いは間違いだ。

しかしその後、韓国のインターネット上でクォンは激しい批判を受ける。

「正常なメンタル状態じゃない」

「国を売った」

また、現地メディアも「売国奴、という話まで出ている」「普段はACLに関心を見せないテレビ局までこの話題に飛びついた」と報じた。

クォンがスーウォンのライバルチーム、チョンブクの出身であり、こういった行為に及んだ点だけでもスキャンダラスだった。KリーグはJリーグよりも一般的にチーム間のライバル関係が熾烈。ソウル首都圏同士のチーム間、または他地域のチームに対し、ネット上で激しい言葉が行き交う。

さらに試合後、クォンが日本側のメディアの報道で反則を犯した心理状況について「韓国チームに負けたくなかった」と口にしたと報じられた。この点が火に油を注ぐかたちになった。クォン本人のSNSに批難が及び、アカウントを非公開とする事態にもなった。

「翌戦にも心理的影響」。いっぽう「批判が起きる状況は受け入れる」

4日の試合の翌戦、7日のJ1リーグ第29節で鹿島にクォンを訪ねた。

この日、クォンは首位川崎フロンターレ相手に、PKをストップする活躍。相手エースの小林悠のキックを止めた結果、試合は0-0のスコアレスドローで終了した。その時点ではチームをJ1優勝レースになんとか踏み留まらせる状況を作ったのだった。

現場では「なんか、スンテが大変なことになってるらしいね」と記者仲間に幾度か聞かれた。「あの、いい人のはずのスンテがなぜ?」といったニュアンスだった。しかし、日本での捉えられ方より、事は重大に見えた。

試合後、当然のごとく活躍したクォンを記者団が囲む。

PKをストップする前にクォンはゆっくりと後ろに進み、ポジションについた。この点について聞かれると、

「意図的にゆっくりと下がった。その間にホームの鹿島サポーターの歓声が相手の耳に入る。ホームの最大の利を活かすということです」。

しかしACL準決勝第1戦での出来事については触れられなかった。

川崎戦後のカシマスタジアム。台風一過の猛暑での試合だった/筆者撮影
川崎戦後のカシマスタジアム。台風一過の猛暑での試合だった/筆者撮影

記者団が離れた後、1対1で話をする時間があった。そこで、「韓国での騒動」について聞いた。

「話をするにあたって、かなり注意しなければならない部分があります。本当は今日はこの件について話すのはよそうかと考えていました。でも質問いただいたので、話をさせてもらいます」。

はっきりとした口調で、堂々と話す。この姿は2017年の来日時から同じ印象だ。しっかりと前提条件を伝え、論理的に話を始める点も印象的だ。慎重になっている、というのは具体的にはACLから3日後の川崎戦の前にも「まだ心理的な混乱は続いていた」のだという。

そのうえで口にした内容を整理すると

(1)所属チームのためにどんな相手にも勝ちたい気持ちには間違いはない。しかしいっぽうで(2)韓国で批判が起きてしまった流れは止められない。受け入れる。(3)批判を(少なくともその時点では)プレッシャーに感じている。

という点だった。クォンはこう続けた。

「すでに事が起きてしまった状態です。いくら詳細を話したところで『弁明』と言われるでしょう」

状況を受け入れて、この先の試合に向かうと。

ただし「今は混乱しています。今日の川崎戦前も、その状況が続いていたくらいですから」とも。

いっぽうで、ひとつだけ事情を口にした。

「試合後の取材エリアでの対応では、まず『韓国の記者が来ているのか』を確かめます。なぜなら、それによって話すべき内容が変わってくるからです。ACLでは韓国・日本・中国の記者が来る場合が多いですから、その点を確かめた。さらには状況によっては通訳の力を借りて言葉を伝えなければならないので、『韓国の記者がいるのか』という点はこちらとしても確認すべきポイントなのです」

相手の望む内容を話そうと心がける。そういった話だ。ただし、この日の「韓国チームに負けたくはなかった」という発言には、前後の文脈があった。

「この日は来ていない、と判断した(実際には韓国メディアから1人は派遣されていたが、試合後クォンの取材にはついていなかったとされる)。いっぽうで日本の記者から『鹿島のチームメイトは”チームには3人の韓国人がいる(※)。彼らのためにも韓国には勝ちたい”と言っているが、どう思うか』と聞かれ、答えた内容……と説明しても、すでに批判は起きている状況ですから」

※2人の選手と通訳を指す。

韓国メディア「OSEN」も指摘しているところだが、当日の報道が韓国で翻訳され、巡るうちに”韓国チームには~”という点が独り歩きしたという面がある。

現に、クォンの話を聞いた後にこちらから、「相手が自分の国のチームだろうが、チームの一員として勝ちたいと思うのは自然な考えでは?」と向けると、この点には確固たる意見を口にした。

「鹿島アントラーズが私を呼んだ理由は、優勝の力になってほしいからです。私は外国人枠でプレーする日々を過ごしています。勝利に貢献したい、しなければならないという難しい日々です」

「勝ちたい」という感情について、前出の「OSEN」など一部のメディアは理解を示す論調だ。だからといって「頭突き」は決して許されない。そこの伝わり方について齟齬があったということか。

川崎戦後、クォンがギリギリの心境でこちらに話をしている点が伝わってきた。事実関係を突き止めるべきだったかもしれないが、本人が「批判の起きる状況は受け入れる」とする以上、細かく調べることは止めておいた。「今日の試合前も混乱していた」という心情を正直に口にしたな、とも感じた。

過ちを犯し、批判される罰も受けた。そのうえで「所属チームのために勝つ」という覚悟で、24日のスーウォン戦に臨む。現地の反応はどんなものだろうか。明日の現地取材後に再びレポートをお届けする。

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。フォローお願いします。https://follow.yahoo.co.jp/themes/08ed3ae29cae0d085319/

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