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シュート、打てばよかったのに。デビュー戦開始50秒、大島僚太のプレーで分かった「日本の課題」。

1日のW杯最終予選UAE戦がフル代表デビューとなった大島僚太(川崎フロンターレ)(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

ワールドカップ予選UAE戦の敗北から2日経つ。敗戦の理由探しもひと段落ついたところで、ひとつ言いたいことがある。あの日からメディアの記事を眺めているが、意外とこの点について報じられていない。SNS上ではちらほら目にする意見だ。

大島僚太は、なぜ最初のチャンスでシュートを打たなかったのか。

改めて言及するまでもない。23歳の大島はこの日がA代表代表初キャップだった。川崎フロンターレ所属の168センチのボランチは、リオ五輪代表としての実績を買われチームに加わった。ボランチで先発が予想されていた柏木陽介の負傷もあり、大一番でフル代表デビューを果たすことになった。

それは開始50秒の出来事だった。岡崎慎司がルーズボールを自分のものにし、左サイドに展開する。清武が左足でグラウンダーのボールを折り返すと、香川真司がこれをスルー。中央にいた本田圭佑が左足アウトサイドで後ろに戻した。

そこにいたのが大島だった。 味方がボールを回しながら、作り出した時間とスペースがあった。つまり、前を向いてフリーの状況。 相手DFラインとの距離も十分にあった。しかし大島はパスを選んだ。本人は試合後、このシーンについてこうコメントしている(なぜかこのコメントは他媒体ではカットされていた)。 

「まあ、打った方が良かったかもなとも思いましたけど。フリーでしたし。でもパスを通せた方が確実かなと思いました。ボールが(利き足ではない)左足のほうにあって、右足に持ち直すよりも、パスを通した方が速いと思って。打てるチャンスがあれば打っていこうと思います」

個人的にはこのシーンにかなりがっかりした。

たとえ枠を外れようとも、シュートが跳ね返ってカウンターを浴びることとなっても構わなかった。スタートの時点ではっきりと、分かりやすく「自分はここでの競争に勝ち、チームの力になる」という意思を示せばよかったのだ。「自分がやるんだ」と。それは断じてエゴじゃない。自分という新しい個が、チームに生き残り、力になっていく意思があることを分かりやすく表現すべきだった。

試合後、ハリルホジッチは「選手のチョイスは私の責任」と口にした。暗に2失点に絡んでしまった大島の話をしているのだろう。監督にそう言わせちゃいけない。特にヨーロッパ出身の監督に。打たなかったから、大島がこの日の2失点に絡んでしまった、という因果関係はまったくもって実証できないが。

敗戦のショックからすれば、たいしたことがないのだろうか? いやいやここには根深い問題がある。 本田圭佑やハリルホジッチが度々指摘するある問題が垣間見える。大げさに言えば、サッカーを超えた日本の若者論だ。あるいはヨーロッパ社会と接するサッカーという種目が、日本社会全体に問うべきテーマでもある。

ハリルホジッチも本田も言う。「主張しろ」「気持ちを見せろ」

このシーンが暗示しているのは、ここ数年来の日本代表の問題点でもある。日本とヨーロッパ、つまり国内組と海外組がいかに違うか。ギャップの問題だ。

こういった発言はUAE戦前後にも多く耳にした。まずは本田圭佑の試合後の発言から。

「やはりJリーグの選手がもっと海外に出ていくことが必要です。何度も言っていますが、必ず必要なアプローチです」

「戦い方どうこうもありますが、それ以前に根本的な気合いみたいな、根性みたいな……。負けず嫌いみたいなものが、大事な場面で求められる。それが足りない」

本田は、確かに6月のキリンカップ、ボスニアヘルツェコビナ戦でも「ヨーロッパに行くしかない」という文脈の話をしていた。

いっぽう、ハリルホジッチは、もうこの問題についてあれこれとほじくり返すように意見を主張し続けている。このUAE戦、タイ戦と前後して象徴的だったのが、「金崎への懲罰」の問題。8月25日にJFAハウスで行われたメンバー発表会見ではこれが大きな話題になった。

所属の鹿島アントラーズで8月20日の試合中、自身の交代を巡って石井正忠監督と衝突。これがカメラの前に映し出されてしまった。これをハリルホジッチは「フル代表にふさわしくない態度」と言い、今回の金崎の落選の理由として直言した。無期限での代表選出見送りまでちらつかせている。

それみた、とばかり日本メディアは飛びついた。同日、ハリルホジッチがリオ五輪の「男子400リレー日本銀メダル」をこう称賛したことを引き合いに、金崎問題を報じた。

「組織になったら日本は何でもできる」

和を以って貴しとなす。そんな主旨で記事が発信された。しかし、同じ日のハリルホジッチの前後の発言をよく見直す必要がある。”日本選手は主張が足りない”。こうも言い切っているのだ。

「(山口)蛍に限らず他の選手もだが、もっとメンタルを前面に出してほしい。国内では楽にプレーできるしリスクも少ない」

欧州出身のハリルホジッチは、この点に相当な問題意識を抱いているのだろう。8月25日の会見では、彼はさらに自らのプレゼンテーションまでも行った。「日本代表のためのフットボールのアイデンティティー」を作ったと。 1873(明治6)年、英国海軍教官団のA.L.ダグラス少佐と海軍兵が来日し、サッカーを日本に伝えて143年。この現代に、外国人監督から「アイデンティティ」を教わるのもかなり奇妙に見えるが、それはさておき。

「攻撃」「守備」「メンタル」「フィジカル」などの項目に分かれたプレゼンの内容では、こういった点が気を引いた。

「デュエル。地上戦なのか空中戦なのか、その中でアグレッシブさをもって行かないと成功はない。Jリーグでは見られないが、デュエルというのはベースだ。その原則はここに入っている」

いっぽう、「メンタル」についてはこうも。

「コミュニケーションもポイントだ。私は1年半、日本代表選手と働いているが、「こんにちは」としか言わない選手もいる。合宿の間、そうなのだ。それでは駄目だ。頑固な選手もいて、自分を変えたくない選手もいるが、変えることもできるのではないか。グラウンド上では絶対にしゃべらないといけないが、何人かはまだまだおとなしい。1年半そういう状態の選手については、変えていきたい」

つまり、強い気持ちを出して、自らの考えを主張をしろという。

「気合を見せろ」、簡単なようで複雑な話

主張をしろ。意見を言え。強い気持ちを見せてピッチで戦え。 

こういった問題提起にも、「問題」がある。

本田もハリルホジッチも繰り返す「ヨーロッパの世界」というのが、はっきりとファンには伝わらないということだ。そんな、ヨーロッパ、ヨーロッパって言われても、そこで生活したり、ピッチに立たない以上、そのリアリティは完全には分からない。

一番強調している点が、伝わらない。これは問題だ。

簡単にいえば「気合見せろや」という話だが、そこには欧州と日本の文脈で大きな違いがある。

大島の話に戻ろう。分かりやすく言えば、あの日の彼はまるで「部活の試合で、3年生の中に混じってはじめて試合に出た1年生」のようだった。なにせ初キャップが大一番だったうえに、周囲の味方プレーヤーは年上で、かつほとんどが海外組(国内組は大島自身を含め3人)だったということだ。個人的に大島について深く取材したことはないが、周囲の話を聞くと、静岡学園出身の彼は非常にシャイで、喋ることが苦手だという。

しかし、それでも「バイタルで前向いてフリーなのに、なに先輩を探しているの?」と強く感じた。筆者もまた個人的にヨーロッパのとんでもない下部リーグのピッチに立ったことがあるが、あの大島のプレーは驚きだった。おいおい、自分の存在を分かりやすく示さなきゃ、周囲には何も通じないだろうと。重ねて言うが、試合序盤のあの状況で例えシュートを外しても、決して組織の損になることはない。

じゃあ、その違いとは何か。もはや宗教や教育観といったスケールの大きな話になる。とても長くなるから、その要素を凝縮した引用を。西欧キリスト教社会と、日本の仏教・儒教社会の違いを描いた名著「世間とは何か」で、ドイツ中世史の専門家・阿部謹也はこう説いている。

「日本の個人は、世間向きの顔や発言と自分の内面の思いを区別してふるまい、そのような関係の中で個人の外面と内面の双方が形成されているのである。いわば個人は世間との関係の中で生まれているのである」

「世間は人間関係の世界である限りでかなり曖昧なものであり、その曖昧なものとの関係で自己を形成せざるを得ない日本の個人は、欧米人からみると、曖昧な存在としてみえるのである」

「ここに絶対的な神との関係のなかで自己を形成することからはじまったヨーロッパの個人との違いがある」

絶対的な神との関係、とはキリスト教のことをいう。阿部はまた、そうやって生まれた「ヨーロッパの個人」には強い尊厳があり、社会のために力になれないことを恥ずかしいと考えるという。 

先にも書いた通り、ハリルホジッチは25日の会見で、リオ五輪男子リレーでの日本の銀メダル獲得の話を引用した。「組織になったら日本は何でもできる」という話の次に、こういう話をしている。

「強い気持ちを持ってほしい。自分をリスペクトして、相手をリスペクトする。つまり、スポーツの面で違う性格を持たなければいけないということだ」

「個」があれば、もっと強い組織ができる。ピッチ上で日本人は変わらなきゃいけない。そういう話なのだ。組織のためにどんどん自分を主張して行こう。曖昧じゃない、分かりやすさが必要だ。それは日本の若者(若者でなくとも社会全般で)が頭を悩ませる問題ではないか。要は公のために、それがプラスになることか、単なるエゴなかのかを判断することなのだ(公=パブリックというのもまた、欧州発祥の概念のため詳しい説明が必要だが)。

ハリルホジッチは、先月25日の会見で、大島について「アグレッシブさについて伸びしろがある」と言っている。つまり足りない、ということだ。チームはすでに「本番」に挑んでいる。テスト段階でもあるまいし、「メンタルを変えろ」というのは本来言うべきでもない。しかしハリルホジッチを信じるとするなら、それが結果に繋がる話ということになる。

だからこそ、繰り返して言いたい。

大島、シュート打てばよかったのに。

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。フォローお願いします。https://follow.yahoo.co.jp/themes/08ed3ae29cae0d085319/

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