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次代の堀米雄斗誕生のレールも確立済み? 日本のスケートボードの強みはコンテストの仕組みにあった

吉田佳央フリーランスフォトグラファー/スケートボードジャーナリスト
日本の強さの理由は実はアマチュア戦にあった!? その理由とは。撮影:吉田佳央

五輪後のスケートボードの歩み

関東サーキットの会場となったのは千葉市にある蘇我スポーツ公園 フクダ電子ボードエリア。ここもまた五輪後の今年の4月に完成した新たな公共スケートパークだ。撮影:吉田佳央
関東サーキットの会場となったのは千葉市にある蘇我スポーツ公園 フクダ電子ボードエリア。ここもまた五輪後の今年の4月に完成した新たな公共スケートパークだ。撮影:吉田佳央

今からおよそ一年前の夏、コロナ禍で観客を失い、開催への賛否からスポンサー企業も静観した東京五輪に新風を巻き起こしたスポーツといえば何が思い浮かぶだろう!?

そこにスケートボードという言葉が出ても、なんの違和感もないのではないだろうか。

昨夏を境に認知度が急上昇したことで、解体予定だった有明アーバンスポーツパークはレガシーとして残すことが決まり、新たなスケートパークは今も全国各地に続々と建設されている。

さらに4月にはアーバンスポーツの世界大会「X Games」が日本で初開催、来年以降も継続して開催予定と、五輪の熱狂から1年が経過した今も、その熱は冷めることなく、現在進行形で歩みを進めている。

今や一般企業の協賛とともにコンテストの数は増え、毎週のように日本選手の世界での活躍を目にすることも珍しくなくなった。しかし、そういった世間に報道されるものの大半は、国内でトップに立つプロ選手へ向けたものしかない。

そこで、ここではあまり目の向けられることのない育成年代やアマチュアのコンテストに着眼点を置くことで、日本のコンテストシーン全体を俯瞰して見ていきたいと思う。

近年最多のエントリー数

練習中は選手が我先にと技にトライ。10人も同時にスタートの姿勢をとり、下にはそれを待つ選手もいる。アマチュア戦こそ最もカオスな現場と言えるかもしれない。撮影:吉田佳央
練習中は選手が我先にと技にトライ。10人も同時にスタートの姿勢をとり、下にはそれを待つ選手もいる。アマチュア戦こそ最もカオスな現場と言えるかもしれない。撮影:吉田佳央

その観点で注目のコンテストが、先週末と先々週末にかけ、コロナ禍を挟みおよそ2年9か月ぶりに全国各地で再開された。日本スケートボード協会(AJSA)による地区別のアマチュアサーキットである。

筆者はいくらコンテストの数が増えたとは言え、未来のシーンを担う若年層の有望株がしのぎを削るこの層の盛り上がりこそが、リアルな現場を写し出すひとつの鏡になると考えているし、ここに集まる人が増えることが業界の根底を支える核にもなると思っているからこそ、この五輪後初の機会は密かに注目していた。

結果で言えば、首都圏開催の関東サーキットはエントリー総数109名(最終的な出場者は107名)と、コロナ禍前を上回る人数どころか近年最多を記録している。

直近の開催は2019年に遡るのだが、この年は3戦行い、83名、59名、74名のエントリーだったことからも、五輪後のブームを追い風に、更なる盛り上がりを見せていることがわかる。ただそれだけではなく、出場選手の年齢層にも目を向けてみると、あるひとつの傾向が見えてきた。

出場選手の年齢層から見て取れるシーンの傾向

アマチュア戦では10歳にも満たない選手のエントリーも、今や当たり前となりつつある。ただこの年代から出場し続け、現場慣れすることは将来を見越した上で大切なことだろう。撮影:吉田佳央
アマチュア戦では10歳にも満たない選手のエントリーも、今や当たり前となりつつある。ただこの年代から出場し続け、現場慣れすることは将来を見越した上で大切なことだろう。撮影:吉田佳央

出場者の年齢を見ると下は8歳から上は19歳と、やはり他のスポーツに比べ若年層が活躍しているのがわかる。だがそれを世代別で見ると、さらに興味深いデータが浮き彫りになる。

最もエントリー数が多いのが中学2年生で21名、次に中学1年生の17名、その次が中学3年生で13名と、学年別では中学生が最も多く、それに次ぐのが小学5年生の12名と、小学6年生の11名となっているのだが、この数字から何がわかるのかと言うと、年齢制限がないにもかかわらず、小学校高学年からコンテストに出始めて、中学生のうちにプロ資格の取得を目指すという流れが自然とできているということだ。

さらに深く掘れば、日本にはミニランプ(比較的サイズの小さいハーフパイプ)でスキルを競い合う、キッズスケーターの登竜門とされるflake cupというコンテストがあるのだが、この大会の出場資格は小学生までとなっている。

そのためこのAJSAの地区別アマチュアサーキットは、ミニランプを卒業した、またはする子が次に目指す場所であり、ストリート種目の本格的なスタートの場所であるとも言えるのだ。

ただ、それならなぜ小学生のうちからストリート種目をやらないのか!? と思う方もいるかもしれないが、実は身体が小さい幼少期でストリート種目をこなすことは難しく、身体がある程度成長するまではミニランプなど湾曲した滑走面で練習をし、ボードに乗り慣れることの方が大切だと言われているからなのだ。そのためflake cupは、年齢制限や競技種目も実に理にかなったコンテストになっているというわけ。

この辺りは『10代前半の女子スケートボード選手が台頭 なぜ彼女たちは活躍するのか』の記事(主に前半)に詳しく書かせていただいたので、興味のある方は読んでいただけると幸いだ。

そこを理解していただいたうえでアマチュアサーキットに話を戻すと、中学生のうちにプロ資格を獲得することができたら、晴れて国内のプロ戦に出場できるのだが、プロともなると主となる年代は体格がほぼ出来上がる高校生となってくる。

そこで次の目標となるのが、プロ戦での優勝と年間チャンピオンの獲得を高校卒業までに達成することだ。

もちろん最初はプロの壁にぶち当たることになるだろう。しかしそこからの成長によってこれらが現実のものとして捉えられるようになってくると、五輪出場権利が獲得できる世界大会の出場権獲得も身近なものになってくるし、そうなって初めて世界での活躍が見えてくると言える。

ではあの誰もが知る金メダリストの成長ルートは!?

2015年、当時高校生だった堀米雄斗選手。この年、彼はAJSA年間グランドチャンピオンを2連覇し、拠点をアメリカに移していった。撮影:吉田佳央
2015年、当時高校生だった堀米雄斗選手。この年、彼はAJSA年間グランドチャンピオンを2連覇し、拠点をアメリカに移していった。撮影:吉田佳央

そしてこれと同じようなレールの上を見事なまでに走りぬき、世界の頂点に立った選手がいる。そう、みなさんご存知の堀米雄斗選手だ。

厳密に言えば彼は小学生まではバーチカルという、スノーボードでいうハーフパイプのような種目を主とする選手だったので、幼少期からミニランプよりもスケールの大きいところで活躍していたのだが、ストリート種目への本格的な転向は中学生になってからだ。しかも最初のうちは国内でもなかなか結果が出ずにいたのだが、同世代の仲間と切磋琢磨していくうちにみるみる成長。高校生の頃にはプロサーキットで年間グランドチャンピオンを獲得するようになっていた。

そして卒業後は活動拠点をアメリカへ移し、舞台が世界へと変わったが快進撃は止まることなく、五輪でもメダルの有力候補と報道されるようになり、見事初代王者に輝いたのは、すでに皆さんの知るところだろう。

今や日本のスポーツ界を代表するスター選手となった堀米選手も、この流れに近いルートをたどって今の地位まで上り詰めたことは、次世代にひとつのモデルケースを示すには十分すぎるのではないだろうか。

もちろんこのルートだけが正解ではないし、当然別の道もあるだろう。今は全国各地のプロショップやパーク、または地域協会が主催する地元に根付いたローカルコンテストの数も増えたし、SNSを通じてのブレイクというルートもあるので、flake cupやAJSAといった全国規模のコンテストを介さずとも、世界を目指せる時代にもなっている。

優勝はグローバリズム溢れる12歳

関東アマチュアサーキットで圧倒的な強さを見せた小野寺吟雲選手(写真中央)、準優勝の村上涼夏選手(写真左)、3位の古賀魁気選手(写真右)。撮影:吉田佳央
関東アマチュアサーキットで圧倒的な強さを見せた小野寺吟雲選手(写真中央)、準優勝の村上涼夏選手(写真左)、3位の古賀魁気選手(写真右)。撮影:吉田佳央

実際に今回関東アマチュアサーキットで圧巻の優勝を果たした小野寺吟雲選手は、弱冠12歳ながらすでに海外ブランドと直接スポンサー契約を結んでおり、今大会も2日前にオランダから帰国して臨んでいたほどで、将来の有望株として世界からも注目を集めている存在だ。

そのため本気で世界のトップを目指すのであれば、今後は育成年代から積極的にグローバルな経験を積む動きも必要になってくるだろう。

ただ五輪を経て、コンテストを通して自身の成長と共に世界へ挑戦できる道が明確になってきたのは紛れもない事実であり、幼少期から成長に応じてここまで自然にルートが作られているのは、現在日本が国際舞台でも強さを発揮できているひとつの要因ではないだろうか。

短い準備期間でも見事に勝利した小野寺吟雲選手。きっちりと自己分析をし、自身のできることを確実にこなす。彼の正確な滑りには
短い準備期間でも見事に勝利した小野寺吟雲選手。きっちりと自己分析をし、自身のできることを確実にこなす。彼の正確な滑りには"賢さ"も現れているように思う。撮影:吉田佳央

"カルチャー"の重要性

こういった世界を目指すルートの確立は、確かに非常に大事なことだ。それに今の日本は施設の拡充と共にスクールや体験会も非常に充実してきているので、スケートボードは「東京五輪のレガシーの主役」といっても決して大袈裟な表現ではないのではないかと思う。

それでもスケートボードの世界は、コンテストだけが全てではないのは愛好者の方からすれば周知の事実。それにコンテストでも上のステージで活躍すればするほど、ルーツであるカルチャー的側面、つまりストリートスケートを知る機会が必ずどこかで訪れるだろう。

筆者としては、そういったルーツの部分も育成年代から貪欲に吸収していくことができれば、近い将来、第二の堀米雄斗が生まれても決して不思議ではないと思っている。

フリーランスフォトグラファー/スケートボードジャーナリスト

1982年生まれ。静岡県焼津市出身。高校生の頃に写真とスケートボードに出会い、双方に明け暮れる学生時代を過ごす。大学卒業後は写真スタジオ勤務を経たのち、2010年より当時国内最大の専門誌TRANSWORLD SKATEboarding JAPAN編集部に入社。約7年間にわたり専属カメラマン・編集・ライターをこなし、最前線のシーンの目撃者となる。2017年に独立後は日本スケートボード協会のオフィシャルカメラマンを務めている他、ハウツー本も監修。ファッションやライフスタイル、広告等幅広いフィールドで撮影をこなしながら、スケートボードの魅力を広げ続けている。Instagram:@yoshio_y_

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