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死別シングルファーザー描いた映画『ステップ』~当事者はどう観たか~

吉田大樹労働・子育てジャーナリスト/グリーンパパプロジェクト代表
映画『ステップ』(C)2020映画『ステップ』製作委員会7/17全国ロードショー

映画『ステップ』((C)2020映画『ステップ』製作委員会)は、妻に先立たれてシングルファーザーとなった父とその娘の10年間を描いた作品だ。原作は、2009年に出版された重松 清さんの小説『ステップ』(中公文庫)。監督・脚本・編集を務めた飯塚 健さんが自身も父子家庭で育った境遇を重ねて、この作品にほれ込み、実写化の運びとなった。

筆者も10年間、3児のシングルファーザーを経験し、現在、シングルファーザーへのインタビューを進めている。そのインタビューに登場してくださった2人の死別シングルファーザーにこの作品を公開前に観てもらい、作品の見どころを語り合いながら、シングルファーザーとしていかに乗り越えてきたのかの体験談を伺った。

【上田 隆樹(55)】

1児のシングルファーザー。2007年4月に妻が自死し、一人娘のシングルファーザーに。娘が小学校時代にPTA会長を務め、PTAへの入会意思確認を実行するなどPTA改革を進め、様々なマスコミに取り上げられる。また、北海道シングルパパ支援ネットワーク「えぞ父子ネット」を立ち上げて、シングルファーザーからの相談も受け付けている。札幌市在住。

〇シングルファーザーを生きる~PTA問題に切り込んだ思い<前編>

〇シングルファーザーを生きる~PTA問題に切り込んだ思い<後編>

【木本 努(56)】

3児のシングルファーザー。2009年2月に妻が末期がんと宣告され、わずか12日後に逝去。男3人のシングルファーザーとなる。2014年にNPO法人「京都いえのこと勉強会」を立ち上げ、理事長に就任。グリーフケアの活動にも取り組み、講演活動を積極的に行っている。著書に「シングル父さん子育て奮闘記」(ぱるす出版)。京都市在住。

〇シングルファーザーを生きる~告知から2週間で旅立った妻

シングルファーザーは『ステップ』をどう観たか?

主人公・健一は、上田さんと同じ一人娘のシングルファーザー。映画を観て、自分自身と重ねたのではないだろうか。

上田  主人公は娘が1歳半のときに妻を亡くした設定だが、自分の場合は娘が4歳だった。若干年齢は異なるが、当時の自分とダブる場面もあり、所々でうるっと来たシーンもあった。

 ただ、映画なので現実の父子家庭の状況をすべて網羅するのは難しい。実はもっと山あり谷ありだったのではないかと思う。2歳くらいだと頻繁に熱を出すこともあり、仕事を休まないとならないときもある。それは、多くのひとり親が抱えている問題だが、そうした労苦をもっと描いてもらいたかった。

 自分が立ち上げた「えぞ父子ネット」でよく相談を受けるのが、仕事と育児の両立問題。そこで、ほとんどのシングルファーザーが一度必ず考えるのが脱サラと自営だ。映画で主人公は同じ会社に勤務ができているので、そこは羨ましい面もある。

 シングルファーザーとして、これもあれも描いてほしいという欲もあるが、実態についてよく知らない人にとっては知るきっかけになる映画だと思う。

映画では、仕事の昇進問題が1つのテーマに扱われていた。子どものことを気にして、忙しい部署への異動を断り続けていた主人公だったが、仕事を優先したいと思いつつも、子育てに比重を置く気持ちは筆者も共感できるところだった。

一方で、3児のシングルファーザーの木本さんの感想はどうか。

木本  父子家庭になったとき、末っ子は2歳。共感できる部分が多々あった。ただ、当事者として映画を観るのと、一般の方が観るのとでは、印象が変わってくるかもしれないとも感じた。

 例えば、主人公はお酒を飲んでいたが、自分はシングルファーザーになってから好きなお酒は飲めなかった。主人公は、義理の両親の支えがあったから飲めるのかなと思ったが、夜、子どもが突然体調を崩して、車で病院に連れていかなければならないかもと思うと、怖くて飲めなかった。

写真提供:(C)2020映画『ステップ』製作委員会
写真提供:(C)2020映画『ステップ』製作委員会

やはり、シングルファーザーとしての大変さを知っているだけに、2人とも若干辛口な評価もあったが、共感できる部分も多かったと指摘する。

映画では、仕事で保育園のお迎えが遅くなる主人公と娘との向き合い方が繊細に描かれている。ひとりで子育てしていると、忙しくて子どものちょっとした変化に寄り添えなかったりすることもあるのだ。その中で、何か気をつけたことはあるのだろうか。

上田  娘は幼稚園に通っていたが、その幼稚園が大好きだった。長く預かれない幼稚園から保育園に切り替えることも考えたが、環境をガラッと変えると、娘にとって心理的な負担が大きくなると思い、幼稚園の園長先生に直談判して通い続け、幼稚園のあとは無認可保育園に預けることで乗り越えた。無理に幼稚園をやめていれば、子どもの心に何かしら問題が起こったかもしれない。

確かに環境を変えるのは怖い。筆者自身も3児のシングルファーザーになったものの、実家には戻らずにひとりで育てることを選んだのは、まさにその理由だ。子どもの安心できる環境を死守することを優先した。

一方、木本さんはどうか。

木本  妻が亡くなったとき、真ん中の息子がちょうど卒園する直前で、何とか幼稚園は継続できた。自分がダスキン加盟店の社長だったので、都合がつけられたことが大きかった。一番下の息子は、上2人と同じ幼稚園に入れたかったが、そこはさすがに難しく、保育園に預けた。仕事中に保育園から息子が体調不良になったと電話がよくかかってくるので、その対応が大変だった。最近になって「本当は幼稚園に通いたかった」とポツリと言われたのはショックだった。

筆者は離別だが、シングルファーザーになった2010年当時、埼玉から東京まで毎日通勤していた。子どもが体調を崩して、お迎え要請の電話がいつ鳴るのかわからない恐怖感といつも闘っていたのを思い出す。年休も100%取得していた。あとは、実家が比較的近かったので、忙しくて帰れないときは母親にお願いすることも多々あった。

映画では、義理の両親との関係が1つのキーになって描かれているが、同じような存在はいたのだろうか。

上田  自分の実家も妻の実家も頼れない状況だったのですべて自分対応。ただ、この人がいなければ乗り越えられなかったと思うのは、無認可保育園の園長先生。自宅の茶の間を改装したアットホームな感じの施設だった。園長先生は60代の女性の方で、「仕事が遅いようだったら、うちで作った夕飯を食べさせておくよ」と言ってくれて、普段は20時まで、遅いときには22、23時まで預けることができた。何回かお泊りもさせてもらった。電話一本で「いいですよ」と言ってくれたので、本当に助かった。その保育園に出会えたことは自分にとっては本当に大きかった。

木本  妻が亡くなってから10か月間だけ妻の実家で子どもたちの夕食をお世話になった。その後は完全にワンオペ状態。自分の実家には一人暮らしの母がいたが、負担がかかるので、会社会長の奥さんとか、友達、先輩、なかでもママ友にはホント助けてもらった。

シングルファーザーの苦難の乗り越え方

日々の生活がある中でどう仕事と向き合っていけばいいのか。映画では主人公のその苦悩も描かれている。仕事を今後どうするのか、迷っているシングルファーザーも多いはず。そんなシングルファーザーにアドバイスは。

上田  仕事と子育ての両立を考えてもうまくいかないんだから、ある時期には子育てを優先しなければならない状況になる。だとすれば、その時間を作るしかないので、そのためには、インターネットを使う以外ないかと。肉体労働や通勤がある仕事だと、その時間帯は子育てにはまったく使えない。とにかく出勤しないで稼ぐ方法で乗り切るしかないと思って、病院の事務長という立場を投げ出して、インターネットの古本屋を始めた。どれだけ売り上げを出せるのかは未知数だったが、それに賭ける以外に道はなかった。年収は半分以下くらいに下がったが、子どもが1人で留守番できるようになるところまでは子育て優先と思って、仕方ないと割り切った。

それで5年間も食いつなげた。保護者が参加する幼稚園の行事も皆勤賞。小学校はPTA会長まで務めたし、そこから得たものはものすごい量になる。逆に怖いものがなくなった。

一方で、木本さんは会社社長を辞めて、1年間専業主夫という選択をした。

木本  周囲に反対されたが、貯蓄を切り崩しながらなんとか切り抜けた。自分のことを発信したかったので、その間にブログを書き始めた。仕事に就いてしまうと講演などの仕事もできなくなるので、発信することを主眼に置いて、お金はあとで付いてくると信じて突き進んだ。

筆者はひとり親になった当時、会社員だったが、貯蓄もほとんどなく、2人のような冒険はできなかった。日々のルーティンをこなすのがやっと。そのタイミングでたまたまNPOの代表になり、別な収入源を得られたことで、会社員を辞めることができた。とてもじゃないが自力では乗り越えられなかった。

どこかで山を越えていかなきゃならない瞬間がある。それが2人の場合は、子どもと向き合うためにどうしたらいいのか、ということを含めて、真摯に突き詰めた結果、一定の収入のある仕事を辞めるという選択ができた。だからと言って、みんながみんな辞めればいいという訳でもない。

もがいているシングルファーザーが現状を打破するためには何が必要なのか。

上田  自分が脱サラした当時は、どの企業も副業が禁止だったが、いまはそこが働き方改革で、正社員でも副業を解禁しているケースが増えてきた。であれば、「無理に脱サラをしないで、副業でもう1本収入の道を作りな」と言えるようになったので、そこは大きい。もう1本の収入がひとり立ちするくらい大きくなってから脱サラすればいい。いまの社会のほうが働きやすい。ダブルワークやトリプルワークができるようだったら、チャレンジしたほうがいい。もう会社一本で一生面倒をみてくれる社会ではないのだから。

木本  自分自身感じたのは、子どもは5年くらい経てば次第に子育てへの手が空いてくる。そうしたら、また会社に貢献できるようになる。いつもシングルファーザーにアドバイスするのは、会社側と相談したほうがいいということ。会社側の理解がないと居づらいところがあるが、よくよく考えると会社にとっても社会貢献になる。自分の場合は社長だったが、会社を辞めるんじゃなくて、社長じゃないポジションに一時的になるのも1つの選択ではないかと言われたが、そうした方法もありだと思う。

 子どもを優先させるんだから、役職なんかどうでもいい。いまはそれを言える時代になりつつある。会社とは信頼の貯金だと思う。ちょっと目をつむってもらって、実は子育てって会社にとっても役に立つはず。働きやすくなりつつある中で、社会的なことを考えると、シングルファーザーが安心して働ける会社は絶対に必要だと思う。

ただただ働かされている環境から、複数の仕事をするというのは自立への一歩にもなる。筆者もシングルファーザーになってから残業がゼロになり、収入が減り、かなり苦しいときもあった。それでも仕事以外の活動を続けることで、新たな道を見つけることができた。場合によっては、公的な支援を受けながらも、自分自身で自立・自律していくことを追求し、シングルファーザーとしての「カタチ」を見つけていくことが大事なのではないか。会社員でもそれができるのであれば、そのほうが安定していていいはずだ。

映画では、同じ会社で昇進もしつつ、がんばってきた主人公の葛藤が丁寧に描かれている。今後のシングルファーザーのあり方を考えると、仕事を辞めなくても道があることを示唆しているのかもしれない。

子どもとの向き合い方

写真提供:(C)2020映画『ステップ』製作委員会
写真提供:(C)2020映画『ステップ』製作委員会

子どもとの関係では、主人公と娘が一緒にハンバーグを作るシーンがあった。子どもも日々成長していく中で、子どもとどう向き合っていけばいいのか、子どもとの関係で工夫したところはあるのだろうか。

上田  とにかくなんでも父子でトライしてみること。自分が脱サラして、時間がなんとかやりくりできる状況になったので、ちょっとでも興味があったら、一緒に出掛けていろんなことを経験した。

 夏はキャンプ、冬はスキーと、体を動かすことが多かった。頭でっかちにならないようにとの思いだったが、逆に知恵がついたと思う。学校では得られない知恵が得られた。

木本  3人とも男の子だったので、最初3年間くらいは同じ男の子なんだから、同じように育てていたら同じことができると思っていた。長男ができることが次男もできるだろうし、次男もできるんだったら三男もできるだろう、と。

 しかし、それは間違いで、三者三様だと気づいた。「えっ、ちゃうの?」って。最初は、会社の社員教育のように結構厳しく育てていたので、いまとなったら「しも~た」という感じだが、それは過ぎたことなので仕方がない。「それぞれに個性があって全部違うわ」と思ってからは、ちょっと子どもとの向き合い方が楽になった。

 育て方は1つじゃない。3人とも野球をしていたので、基本的な挨拶はしてくれるが、似てるのはそれくらいであとはバラバラ(笑)。それが子育ての醍醐味だと気づいた。

筆者にも3人の子どもがいて、真ん中が娘。最初から育て方が違うというのは念頭にあった。子育ての変なこだわりみたいのはなかったのが良かったと思う。ただ、長男は3人のリーダーとして、ときにはきつく叱ったりすることもあった。その反省もあり、下2人の叱り方は自分の中ではだいぶ穏やかなものだった感じがしている。まぁ、親も成長するのだ。

あと、育てる中でブレずに意識したことは、子どもがその時々の選択を子ども自身が選べるように働きかけたこと。子ども自身がなんでも決めるということは、ある意味放任しすぎな面もあるが、親としてはその選択が失敗することが分かっていても、子どもがそれを選んだことをまずは大事にしてあげること。それが自己肯定感を高めることにもつながるのだと思う。

父子が見続けた景色とは

映画では、保育園などに向かう際に通った橋や坂のシーンが印象的に描かれていた。成長過程で何度もそのシーンが流され、成長を実感させる場所となっている。

子どもを育てる中で思い出に残る景色はあるだろうか。

上田  小1のときに、自分の身は自分で守れるようにと、空手と水泳を習わせた。空手は何年間かで辞めてしまったが、水泳は中学卒業までやっていた。毎日4kmは泳いでいたと思う。月に何回か大会があったが、その大会に行くたびに、タイムもだが、プールサイドの振る舞いだとか、泳ぐ技量だとか、スポーツを通して人としての成長を実感できる瞬間があった。自分はプールサイドで黙ってみてるだけだったが、父子にとって感慨深い場所になったと思う。

木本  うちも3人とも野球をしていた。いま末っ子は中学でまさに現役。長男も次男っも野球部OBなので、学校のグラウンドの光景はいまでも鮮明に残っている。9年間そのグラウンドを見続けたので、思い入れが強い。

写真提供:(C)2020映画『ステップ』製作委員会
写真提供:(C)2020映画『ステップ』製作委員会

筆者は、毎朝、長女と次男を自転車に乗せて保育園に向かって走った光景が強く印象に残っている。昨年、その道沿いで筆者が代表を務めているNPO法人グリーンパパプロジェクトで放課後児童クラブの運営を始めたのは何かの縁かもしれない。

新たなパートナーを迎えるということ

新しいパートナーとの出会いが映画後半で描かれている。実際再婚へのハードルはあるのだろうか。2人の捉え方は。

上田  いままで再婚しようという気持ちになったことはなかった。そうなったときに、子どもがどういったイメージで見るのかを考えてしまう。もしホントに再婚を考えるんだったら、子どもが家を出て行ってからでもいいかと。自分の人生で結婚を必要とするなら、子どもには関係ないと言ったら変だが、子どもが出て行ってからでも可能だと思う。子育てに新しいパートナーが必要という人は早くに結婚を考えるとは思うが、自分はそういう感じではなかった。

木本  社長をやっていたときに、子育てが忙しくて仕事ができなくなってきて、一番下もまだ幼くて、これ絶対新しいパートナーが必要だと頭を過ぎったことはあった。しかし、ママ友に「誰のために再婚するの?木本さんご自身のためだったらあれやけど、お子さんのためだったらバツやわ」と言われたときに、「えっ!」と気がついた。

 あと、妻が亡くなってから子どもたちと一緒にお風呂に入るようになった。次男から「家族はいつでも5人だから」と言われた。それからは再婚を考えないようにしてきた。だから今後パートナーはできるかもしれないが結婚はしないと思う。

写真提供:(C)2020映画『ステップ』製作委員会
写真提供:(C)2020映画『ステップ』製作委員会

亡くなった妻との関係を乗り越えられるかどうかは、次の出会いへの大きなハードルと言えそうだ。そして、新しいパートナーと子どもとの関係を考えると、一筋縄ではいかない。

映画でも描かれていたが、再婚にあたっての子どもとの向き合い方は本当に難しい。パートナーを純粋に見つけるのであればいいと思うが、新しい「お母さん」を探すということは、逆に新しいパートナーに背負わせすぎてしまうのではないかと筆者は感じている。

木本  よくひとりで子育てしていて、「えらいね」と声を掛けられるが、えらいとかではなく、ひとりで育てることのほうが子どもたちにとっていいのかなと思ったりもしている。新しいパートナーと結婚したところで、自分は「お母さん」と子どもたちにいきなり呼ばせることはできない。

シングルファーザーの居場所づくり

映画では、授業参観に出席するシーンも描かれている。授業参観やそのあとの懇談会には、ママが出席するのが定石のまま。シングルファーザーだと、その中にポツリとひとりパパということも多い。そのときの気持ちは、どうだったか。パパにとっての居場所は果たして見つけられるのだろうか。

上田  自分は全然気にならなかった。最初からPTA役員として学校に関わっていたので、周りはママだらけだが違和感はなかった。小学校のときよりは幼稚園のときのほうがさらに圧倒的にママだらけだったので、そのときに免疫が付いたんだと思う。

木本  妻を亡くした直後に、長男が6年生、次男が1年生という形になった。授業参観と懇談会が初めて開かれたときに、低学年と高学年と2日に分かれて実施されて、初日が高学年だった。まだ妻が亡くなってからまもなかったので、ママたちから「気の毒」「かわいそう」という視線を感じた。参観後の懇談会にも出たが、6年生だと保護者同士のコミュニティがすでにできちゃっているので「なにこれ!」と思った。逆に、翌日、次男の授業参観と懇談会に出たが、幼稚園からの持ち上がりが多いので、保護者から「何か困ったことがあったら言って」などと声を掛けられて、その違いに驚いた。居場所となるコミュニティは大事だと実感した。

 6年生の懇談会で卒業対策委員を選ぶことになっていたが、三男のお迎えがあったので早退した。免除の申請があったが、そんなこと全然知らないので、あとでくじ引きが当たったと報告があって、「えっ~!」という感じ。ちょっとキレそうになったが、諦めて1年間委員を務めた。

保護者の中に、知っている人がいるかいないかで、保護者との向き合い方も変わってくる。当然、居心地の良さも変わってくるだろう。上田さんの場合は、PTA会長まで務めた。シングルファーザーに限らず、パパがPTAに関わりやすくなるように工夫したこととは何だろうか。

上田  PTA会長を引き受ける前提で、おやじの会を作る承認を取った。PTAというだけで「お母さんの組織」になっちゃっているので、パパは参加しづらい。おやじの会を作って、そこにパパたちに参加してもらったりして、そのあとの飲み会も込みで巻き込んでいった。そこに何人かパパたちが顔を出してくれるようになってからは、授業参観や懇談会に来てくれるパパも増えた。PTAのイベントにもおやじの会から手伝いに行く形で参加してくれる人が増えたし、おやじの会は使い勝手が良かった。

 学校はまだまだパパにとって敷居が高いのも事実。それを下げるにはPTAよりもおやじの会のほうが有効だと思う。

筆者自身も長男が小1になったときに、PTAのクラス役員に手を挙げて、部の部長にもなったが、直後にシングルファーザーになってしまった。しかし、すぐにカミングアウトしたことで、負担を減らしてくれたりして、理解してくれる人が多かったのが非常に助かった。

ただ、世の中のシングルファーザーたちが置かれた環境を考えると、そうした状況を話しにくいのもまだまだ事実だ。そうしたシングルファーザーに何かアドバイスは。

上田  シングルファーザーを見つけたら、必ずPTAに誘い込む。シングルファーザーこそPTAに顔出さなきゃダメ。先ほど木本さんも言っていたが、参加してないからすでに出来上がっているコミュニティに入っていけない。そのコミュニティが出来上がる前に入っていけばいい話。じゃあ、どこから入っていけばいいのかを考えたときに、授業参観は年に3回程度しかないが、PTA活動は小さなものを入れると年に多くの行事がある。平日無理でも、土日の活動もあるので、そこだったら参加できるわけで、シングルファーザーこそPTAに参加すべき。絶対に子どものためにもなる。

木本  シングルファーザーはなかなかカミングアウトしてくれない。三男が保育園に通っているときに、最初はお母さんが子どもを送ってきていたご家庭が途中からお父さんに変わった。あるママから、「離婚してシングルファーザーになった」と聞いたが、本人はずっと隠していた。小学校に入ってからようやくシングルファーザーだと本人が打ち明けてくれた。そこから彼はスムーズにコミュニティに入って行けたようだ。それから雰囲気が変わったようで保育園の同窓会でたまに会うが、本当に明るくなった。「シングルファーザーだと隠していたのがしんどかった」と当時のことを話してくれる。その後、彼はステップファミリーになって、新しいパートナーの方との間にも子どもができて本当に幸せそうな感じだ。

周囲との関係を面倒くさがらずに、1つ踏み出していくところがシングルファーザーとしての進展を生むきっかけにもなるのだと思う。カミングアウトをして、いろんな人間関係を作っていくことは、子どもとの向き合い方にもプラスに働くし、木本さんのパパ友のようにPTA活動にポジティブになるきっかけにもなる。何事も捉え方が前向きに働いていくことで、つらいことも当然あるとは思うが、どんどん活動的になるのではないだろうか。周りの理解も得られるようにするためには、自分の中だけでシングルファーザーを囲い込もうとするのではなく、そこを切り開いていくことが大事なんだと実感する。

この映画で感じてほしい思いとは

主人公と同じ死別シングルファーザーとして、2人はどんな思いでこの映画を観てほしいのだろうか。

上田  映画よりも大変な出来事は正直いっぱいあるとは思うが、それは脇に置いておいて、この映画はシングルファーザーを知る入り口として、ひとりのシングルファーザーの思いを描いたもの。その一端を是非知ってほしい。

 逆に、主人公のようなシングルファーザーのことを一般の人がどのような目で見るのかが正直気になる。ものすごくあの主人公がんばったなと感じる人もいるだろうし、でも実際の子育てはもっと大変だよ、と言いたい人もいると思う。視点がいろいろあるとは思うが、自分の実際の暮らしと比較したときに、主人公からきっと何かが得られると思う。そこを意識しながら観てほしい。ただ、映画で描かれた10年間は子育ての一部。子育てはその後も続くということを映画鑑賞後に思い描いてもらいたい。

木本  上田さんと同じく一般の人たちが観て、シングルファーザーをどう思うかだと思う。この映画で描かれた死別のシングルファーザーを通じて、この社会に多くのシングルファーザーがいることを感じてほしい。新しいパートナーとのその後も気になるところだが、子どもが成長をして思春期を迎えて、その後どうなるのかということも考えてしまう。是非、続編を観たいと思わせる映画だ。シングルファーザーをやっていると、ハッピーエンドなことばかりではないが、シングルファーザーの発信として役に立つ映画だと思う。

この映画の場合は、2歳から12歳までが描かれてるが、その頃はまだ「有形」な子育てなのではないかと思う。幼い頃であればおむつを取り替えたりとか、スキンシップをとって遊んだりとか。シングルファーザーとしての大変さを描くにはちょうど描きやすい時期とも言える。まさに映画の場合、娘がこれから中学に入って思春期を迎える中で、今度は「無形」な子育てを体験することになる。形が無いところ、つまり今度は日々の対話や心のやりとりを通して、子どもとどう向き合っていくのかが問われることになる。

そこに至るまでの間に父と娘がともに経験した財産がまさに映画で描かれたものではないだろうか。だからこそ、映画で描かれたような10年もの時間がどれほど大事なのかということを感じてほしい。さらには、シングルファーザーに限らず、男性たちが子育てに関わっていくことの重要性や大切さも理解できる映画ではないかと思う。

この映画を観て、自分自身が一歩を踏み出していける、まさに「ステップ」できる映画にしてもらえたらと思う。

写真提供:(C)2020映画『ステップ』製作委員会
写真提供:(C)2020映画『ステップ』製作委員会
労働・子育てジャーナリスト/グリーンパパプロジェクト代表

1977年7月東京生まれ。2003年3月日本大学大学院法学研究科修士課程修了(政治学修士)。労働専門誌の記者を経て、12年7月から2年間ファザーリング・ジャパン代表。これまで内閣府「子ども・子育て会議」委員、厚労省「イクメンプロジェクト推進委員会」委員を歴任。現在、内閣官房「「就学前のこどもの育ちに係る基本的な指針」に関する有識者懇談会」委員、厚生労働省「子どもの預かりサービスの在り方に関する専門委員会」委員、東京都「子供・子育て会議」委員などを務める。3児のシングルファーザーで、小・中・高のPTA会長を経験し、現在は鴻巣市PTA連合会会長。著書「パパの働き方が社会を変える!」(労働調査会)。

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