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2019年高校野球10大ニュース【5】8月/奥川打ちでリベンジ果たした履正社がV

楊順行スポーツライター
2019年、夏の甲子園は履正社が初優勝(写真:アフロ)

 8月22日、第101回全国高校野球選手権大会。履正社(大阪)と星稜(石川)という決勝の興味は、履正社打線と星稜の奥川恭伸の対決に尽きた。

 そこまでの奥川は準々決勝を除いて4試合、32回3分の1を投げ、打たれたのはわずか10安打。自責は0で防御率0.00と怪物級だ。歴代2位タイの23三振を奪った圧巻の智弁和歌山戦など、築いた三振の山は45。2回戦では、自己最速の154キロもマークした。中京学院大中京(岐阜)との準決勝では先発を志願し、「相手のビデオを見ると、腕をマン振りするよりも緩急をつけたほうが有効」と、秀逸な投球術で7回を2安打10三振、球数を87に収めた。「多少体の重さはあります」という奥川だが、省エネだった準決勝から休養日をはさんでの先発だ。

「履正社は、春とはまったく別のチーム。点は取られると思いますが、とにかく粘ってひっついていきたい」

 と奥川が警戒する、その履正社打線。春、とは1回戦で対戦したセンバツのことだ。このときの奥川、17三振を奪って3安打完封という会心の投球を見せている。だがそれ以後の履正社打線は、「奥川を打つために練習してきました」(井上広大)。テーマは、対応力だ。フリー打撃では、マシンを数メートル前に置く速球対策も含め、1球1球カウントや狙い球を想定し、あるいは直球のタイミングで変化球を打つ。実戦で、前の打者に対する配球を注視するのは「漫然と打つのではなく、根拠を持って狙い球を絞るためです」(桃谷惟吹)。

圧巻履正社、大会タイの1試合5本塁打

 その成果が現れたのが大会第2日、霞ヶ浦(茨城)との1回戦だ。先頭打者・桃谷が好投手・鈴木寛人の145キロをはじき返すと、打球は右翼ポールぎりぎりに飛び込んだ。先頭打者本塁打を1回表に限れば、大会史上19本目の快挙。「追い込まれましたが、相手のスライダーをうまく見極められたので、次のストレートを上からしっかりたたけました。(鈴木寛は)けっこうボールがきていて、怖いくらいの感じでしたが、センバツで奥川との対戦経験があったので、打てない感じはしなかった」

 という桃谷の一打を皮切りに、履正社は派手にアーチを架ける。初回にはさらに2死から、高校通算46本の主砲・井上がレフトポール際にソロ、3回には八番の野上聖喜が左中間に2ランして鈴木寛をKOし、5回には七番・西川黎が左中間に、そして9回には桃谷が、この試合2本目のアーチをやはり左中間に架けた。結局履正社は、先発全員&毎回の17安打で、夏の大会ではチーム最多の11得点を挙げ、11対6と難敵に圧勝することになる。

 特筆モノは、1試合チーム最多5本塁打という、大会史上2度目のタイ記録の達成だ。1度目は2006年、智弁和歌山が帝京(東東京)との準々決勝で記録。馬場一平2本、上羽清継、廣井亮介、橋本良平がそれぞれホームランを打ち、13対12で帝京に逆転サヨナラ勝ちを収めたミラクル試合だ。それはともかく、センバツの敗戦以降、履正社はそれまで以上にトレーニングを重視した。桃谷はその成果を「体重は変わらなくても、筋肉の量が増えた。右方向の打球が強くなったし、飛距離も伸びたんです」というが、まさにそのとおりの先頭打者弾だったわけだ。

初戦敗退相手へのリベンジVは史上3回目

 というわけで、決勝までの履正社打線。5試合すべて2ケタ安打の183打数66安打で、打率・361、ホームランも6本記録し、41得点は平均8点を超える。相手投手のレベルも高かったが、「奥川と対戦したことで、"あれ以上の投手はいない"と思えるのが心の余裕になっています」と桃谷が話すように霞ヶ浦の鈴木寛、津田学園(三重)の前佑囲斗、明石商(兵庫)の中森俊介と、ことごとくプロ注目の右腕を攻略した。「こっちも、春よりは成長しています。春は、試合中に修正点を見つけても狙い球を打ち損じていましたが、いまは修正でき、打てている」とは、5試合で2本塁打含む11打点の主砲・井上だ。

 そして、決勝。ただ打線は水モノで、履正社・岡田龍生監督も「150キロ超えのまっすぐがあってあの変化球、しかもコントロールもいい……社会人どころか、プロでもすぐに通用するんちゃいますか」と、奥川を大絶賛している。それでも、星稜が1点を先制したあとの3回表だ。履正社は2死から二番・池田凜、三番・小深田大地が連続でフォアボールを選ぶ。奥川は、この大会で与えた四球はそこまでわずか3と、精密な制球も持ち味である。それが、「2者連続フォアボールというのは、私の記憶にもないくらい」(星稜・林和成監督)だから、明らかに本調子じゃない。

 打席には四番・井上。初球、甘く入った奥川の高めのスライダーをバックスクリーン左に運ぶ。逆転3ラン。よう、見極めましたね……と岡田監督は、井上はもちろんだが、その前の2年生2人が選んだ四球を大きく評価する。

「奥川君にはあのまっすぐがあり、同じ腕の振りで落ちるスライダーを放るから、ボールになる低めの球も振ってしまうんです。その低めにいかに手を出さないかがポイントだったんですが、あの四球2つはきっちりそれができていました」

 奥川本人も「調子はよくなかった」という。さらに、ふだんならストライクを取れるボールを見逃されると、投手にはよけいに負荷になる。結果、奥川にはめずらしくボール先行の場面が多く、ストライクがほしい心理がボール1個分の甘さになる。井上の3ランこそ、まさにそれだった。1対3とされた星稜は、7回にいったん追いついたものの、8回には奥川が4安打を浴びて2点を追加され、万事休した。

 履正社、初優勝。大阪勢は前年の大阪桐蔭に続く優勝で、同一都道府県の異なる2校による連覇は、1974年銚子商、75年習志野の千葉県以来、44年ぶりだった。また、センバツで対戦した両校が、夏の決勝でふたたび相まみえたのは史上7回目。そのうち「センバツの初戦で対戦」と条件を絞ると、40年の海草中(現向陽・和歌山)と島田商(静岡)、63年の下関商(山口)と明星(大阪)に次ぐ史上3回目。そしていずれも、センバツで敗れた島田商、明星が夏に雪辱の優勝を遂げている。今回も、センバツ初戦で敗れた履正社のリベンジだった。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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