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社会人野球日本選手権【3】大阪ガス、走って勝った!

楊順行スポーツライター
関係ないけど、京セラドームってつくづく宇宙船みたい(撮影/筆者)

 2回だ。先頭打者として四球を選んだ大阪ガスの四番・土井翔平が、次打者のカウント・ツーツーから二盗を成功させた。

 おっ、やっぱり……失礼ながらビールを飲みながらのテレビ観戦だった4日、社会人野球・日本選手権の決勝。大阪ガスと日本生命、大阪の強豪同士の対戦だ。1回はどちらも三者凡退と、日本生命・本田洋平、大阪ガス・阪本大樹ともに上々の立ち上がり。2回表、四球を選んだ土井がこの試合初めての走者だった。

 実は土井、準決勝まで無安打だった。だが「ヒットじゃなくても、塁に出ることが大事」と、きわどい球を慎重に見極めた。そして、当たっている古川昂樹の5球目。「ツーツーなら、絶対に変化球だ」と決断し、ノーサインでスタートを切る。事実、本田の投球は変化球。土井はまんまと二塁を陥れると、2死から松谷竜暉の適時打で先制のホームを踏んだ。

 昨年の都市対抗を制した大阪ガス。近本光司(現阪神)ら、走力のある選手たちが5試合で13盗塁と積極果敢な走塁を見せたのも勝因のひとつだった。その年に就任した橋口博一監督が、「いくらヒットを打っても、一塁にいたままじゃ点にならない。失敗してもいいから、自分の判断でつねに次の塁を狙おう。前向きな失敗なら、財産として残る」という姿勢を徹底した。橋口監督はいう。

「最初は無謀な判断もあり、アウトになることも目立ちました。でも私は、ナイストライとしかいわなかった。すると選手たちは、動くべき場面、自重する場面をよく考えるようになり、次第に根拠を持ってスタートするようになってくれました」

 その果敢さは、今年のチームでも生きている。たとえば、都市対抗で優勝したJFE東日本との2回戦。4点を先行された4回、無死一、三塁から花本太紀の三塁ゴロでホームをついた土井はアウトになったが、2死一、二塁から松谷の打席。「私はサインを出していませんよ」と橋口監督はいうから、松谷と二走の古川がアイコンタクトでもしたのだろう。ワンストライクから古川がスタートを切り、松谷は見事に三遊間を破った。鮮やかなヒットエンドランの成功で1点を返した大阪ガスは、じわりとJFE東に詰め寄り、9回にうっちゃり勝ち。都市対抗でも両者は初戦で当たり、延長タイブレークでJFE東が逆転サヨナラ勝ちしているから、その借りを返した格好だ。

「今季は、行ったろかな」

 その、大阪ガスの大きな武器である足。もちろん、足による攻撃は盗塁だけではないのだが、ひとつの指標として準決勝までの盗塁数は13と、昨年、都市対抗の5試合で記録したのと同じ数を4試合で成功させている。そして……決勝の2回、土井の盗塁である。178センチ、83キロの四番。走力は「自信はありますが、人並み」(土井)で、昨年の公式戦では盗塁ゼロだった。だが、以下は春先、キャンプ取材に訪れたときの土井との会話。

「去年は、都市対抗の2次予選で右のお尻の下を肉離れしたんですわ。だから、走りたくても走れなかった。だけど、積極的に走るのがウチのスタイル。今季はしっかり体調管理して、行ったろかな、と(笑)」

 土井の盗塁を見て、おっ、やっぱり……とヒザを打ったのには、そんな理由がある。

 結局、だ。その後も小刻みに加点した大阪ガスは、4対1で日本生命を振り切り、初優勝を飾る。盗塁の数は、この日も2を加えて15になった。過去3回日本選手権の優勝があった大阪ガスは、23回目の出場が"4度目の正直"となり、橋口監督も満面の笑みだ。

「決勝も、自分たちの野球ができました」

 それはそうだろう。果敢に走り続けたゴールが、頂点へとつながったのだから。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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