甲子園史上初のタイブレーク! そもそもTBってなに?

大阪桐蔭が優勝した今春センバツでは、タイブレークは実現しなかった(写真:岡沢克郎/アフロ)

「正直、タイブレークの練習はしていませんでした」

 と、佐久長聖の藤原弘介監督。

「ただ、先攻なのでまずは点を取って相手にプレッシャーをかけたく、もしタイブレークになったら代打を出してバントをしよう、とは決めていました」

 4対4と同点で迎えた延長13回。タイブレーク初回のここは、無死一、二塁からのバントが決まらず無得点に終わったが、その裏は逆に先頭にバントを成功されながら1死二、三塁のピンチをしのぐと、14回には先頭打者が試みたバントがヒットになった無死満塁から、内野ゴロの間に1点をもぎ取ると、その裏を無失点でしのぎ、記念すべき100回大会で、甲子園初のタイブレーク勝利を挙げた。

 で、そもそも。タイブレークとはなんなのか。先日上梓した『甲辞園』から引用してみよう。

早期決着を促すためのルール

■タイブレーク

 野球におけるタイブレーク(tie break)とは、同点で延長戦にもつれた場合、攻撃側にあらかじめチャンスを設定して得点が入りやすいようにし、早期決着を促す方式。運用方法は団体や大会によって異なるが、18年センバツから採用された春夏の甲子園では、延長13回から無死一、二塁、前イニングの継続打順から攻撃を始める。もともと選手の体調への考慮や大会運営の観点から、神宮大会では2011年、国体では13年、春季各都道府県や地区大会では14年から導入されていた(運用は、規定のイニングで1死満塁、攻撃側が任意の打者を選ぶ指名打順)。ただし、春夏の甲子園とそれにつながる大会では、得点の入りやすい状況を人為的に設定することへの拒否反応が予想され、採用については慎重だった。

 その一方で甲子園では、13年夏から準々決勝翌日に休養日を設定。勝ち上がるチームが最大4連戦とならないための配慮だったはずなのに、翌14年のセンバツでは雨天順延が続いたうえ、広島新庄と桐生第一(群馬)が引き分け再試合となって休養日が消滅。体調管理という休養日の意義が形骸化してしまった。後半が過密日程となったこの事態を受け、日本高野連はその年7月、タイブレーク制の甲子園での導入について全加盟校にアンケートを実施。集計のさなか、全国高校軟式野球の決勝が3日連続のサスペンデッドを経て延長50回で決着したことも後押しし、将来的に導入の方向性が固まった。

 さらに17年のセンバツでは、2試合続けて延長15回引き分け再試合という史上初の事態が発生。タイブレーク制導入やむなしという気運のなか、17年の再度のアンケートでは、40都道府県の回答中38が導入に賛成。6月には、翌18年センバツと選手権を含むすべての大会での採用が固まった。ただし18年センバツでは、全試合が延長12回までで決着がついている。そのため、この旭川大高と佐久長聖の一戦が史上初となったわけだ。

 補足しておくと、タイブレークの導入に伴い、決勝を除き延長回数は無制限。従来の打ち切り規定である15回を超え、決着がつくまで延長16回以降も行うこともありうるわけだ。ただし、同じ投手は一試合あたり最大で通算15回までしか投げられない。また春夏の甲子園で、決勝が延長15回で引き分けた場合は再試合とし、そこではタイブレーク方式を採用する。投手の記録は、イニング開始時に塁上にいた走者が生還した場合、失点は記録されるが、自責点とはならない。タイブレークの1イニングは投球回3分の2に換算。完全試合の記録は途切れるが、ノーヒット・ノーランは継続する。

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