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さあ、日本選手権。社会人野球・監督たちの野球哲学/1 明治安田生命・林裕幸

楊順行スポーツライター
開催地・京セラドーム。明治安田生命は11/2の第1試合で和歌山箕島球友会と対戦(ペイレスイメージズ/アフロ)

○…林さんが日本石油(現JX-ENEOS)の監督になったのが33歳のとき。その後はシドニーオリンピックの日本代表コーチ、2度目の日石監督を経て千葉黎明高、さらに横浜DeNAではベイスターズ・ジュニアと、さまざまな年代を指導してきました。

「45歳でシドニー五輪、48歳で高校の監督、さらにジュニア……指導してみると、子どもも中学生も高校生も社会人も、野球はいっしょですよ。練習することもいっしょ。ですからそれぞれの年代で表現は変えても、ずっと同じことをいっています。またキャッチボールやペッパーなどの基本をなめていると、ろくな選手になりません。そこで手を抜いたら、上に行けない。シドニー五輪はプロアマ混成チームだったんですが、代表合宿で三塁から一塁に気を抜いて送球したプロ選手を怒ったんです。ふわっと投げたんでね。あえて名前は挙げませんが、そしたらそのプロ選手、指摘されたことにびっくりしていました(笑)」

○…強豪・日石ではコーチ、監督として都市対抗や日本選手権で日本一を経験してきました。それでも、野球の本質は"基本"ですか。

「年代別でいえば高校生の場合は、しつけという要素もありますね。高校の監督時代は、自分の生活も規則正しくなり、あらためて自分自身もしつけられた感じ(笑)。朝練習に顔を出しながら校門周りのゴミを拾ったり……。ただそういうしつけも含めて、指導者の役割は選手を引きあげること、そこに尽きます。

 選手個人個人を監督として、そしてコーチ、トレーナーをまじえた3方向から見てみる。すると、どこかしらいいところが見えてくるものなんです、必ずね。かつてあるコーチが"あの選手はいらない"とけなしたので、そのコーチに辞めてもらったことさえあります。いいところが見つからないというのは、コーチとしての能力のなさを、自分で認めたということですからね。会社の業務にしても、これはダメあれもダメという消去法からはなにも生まれないでしょう。こういう条件だからどうすればいいのかを考えるのが、リーダーじゃないですか」

「野球は人生」。最近、それがよくわかる

○…明治安田生命の監督になったのが、2013年の12月。

「明治安田は、都市対抗では1982年の初出場以来勝ち星がなく、また私の古巣であり、強豪のJX-ENEOSとは環境もまるで違います。ですから、監督を引き受けるか決断するまでに、3日ほど寝つけませんでした。そうして踏ん切りをつけ、社会人野球に復帰したのが11年ぶり。すべてが新鮮でしたし、その分、やりがいはありましたね。JX-ENEOSも、私の一度目の監督のころは、決して強くはなかったんです。そこから練習を突き詰め、積み重ねたことが、いまのチームの土台になっているんです。

 自分の野球観……う〜ん、それは変わっていくのがふつうだと思います。もちろん、ぶれてはいけない部分はありますが、日々吸収したことが新たな野球観に反映していく。たとえば明治安田生命は、16年も17年も都市対抗出場を逃しました。自分の采配ミスも、敗因のひとつです。そういう悔しさがあるから、それを晴らすにはどうするかを工夫するわけで、悔しいのになにも変えないというのは停滞でしょう。壁にぶつかったら、それを乗り越えるためになにかを変えないと。長嶋茂雄さんが"野球は人生そのものです"とおっしゃるじゃないですか。私は今年62歳。いろいろな仕事をしてきましたが、長嶋さんの言葉の意味が、最近よくわかるようになったんですよね。

 背番号は、77をもらっているんです。私の誕生日であり、日石の監督として都市対抗で優勝した93年は、7年ぶり7回目のVで、当時の日石の会長が77歳。7には縁があるんですよね(笑)」

○…今年は、201"7"年。都市対抗には出られませんでしたが、日本選手権でなにかが起こるかもしれませんね。

※はやし・ひろゆき/1955.7.7生まれ/佐賀県出身/東海大相模高→東海大→新日本石油

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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