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コロナ禍でも美の灯火は消えない-NY在住日本人ヘアスタイリストの挑戦

米澤泉甲南女子大学教授
山口氏の作品とインタビューが掲載された『 INFRINGE Magazine』

NY在住日本人ヘアスタイリストの意欲的な試み

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で多くの仕事が休止に追い込まれるなか、自発的にクリエイション活動を行い、SNSを通じて発信に努めている人物がいる。NY在住ヘアスタイリストの山口拓也氏だ。彼の活動はSNSだけでなく、ロンドンの雑誌にも作品が掲載されるなどの反響を呼び、その創作意欲に刺激される人々も増えているという。「自宅隔離の陰鬱になりそうな日々でも何かを始めることでポジティブに変えていける」-一人でも多くの方に山口氏の意欲的な試みを知っていただければと思う。

 山口氏は東京で美容師&ヘアメイクとして15年ほど働いた後、2014年にNYに活動拠点を移した。現在までにファッション雑誌、広告撮影の他、ファッションショーやセレブリティのヘアを担当するなどさまざまな活動を行ってきた。しかし、今回のコロナウイルス感染拡大により、すべての仕事が中止に追い込まれてしまった。突如仕事を失い、一ヶ月も自宅待機を強いられて、フラストレーションばかりが溜まる生活を余儀なくされたのだ。

 山口氏は、昨年結婚した妻を日本からNYに呼び寄せたばかりだったが、先が見えない生活のなかでの不安定さもあり、協議の結果、妻は単身帰国することになった。一人で自宅に籠もらざるをえないという孤独な状況下でさまざまに悩み、考え抜いた結果、彼がたどり着いたのが、今の自分にできること=クリエイションをしようということだった。たとえそれが直接的な収入には繋がらなかったとしても。

 それからの日々は今までとは違った。眠っていたカメラを使い、独学で勉強し、ライティングも自己流ではあったが、ひたすら作品作りに励んだ。そして、SNSにアップし、また作品作りに没頭するという毎日を過ごした。何よりもまず、彼自身が作品を作り続けることで、自己を回復していったのだろう。自分自身を鼓舞し、少しずつでも前に進んでいくなかで、しだいに、もし誰か、友人や同じ業界の人々の創作意欲を刺激できればいいなという思いが芽生えてきた。

紙で髪をデザインする

 クリエイションと言っても、通常のようにモデルを使ってヘアデザインするわけにはいかない。そこで山口氏が考えたのが、紙で髪をデザインすることだった。詳しくは作品を実際にご覧いただきたいのだが、紙の持つ繊細さがアーティスティックでどこか和のテイストも感じさせる作品に仕上がっている。印象的でありながら静謐さを持つヘアスタイルの数々は観る者を惹き付けてやまない。

  

髪を紙でデザインした山口氏の作品
髪を紙でデザインした山口氏の作品

 

 この斬新な発想が話題を呼び、『 INFRINGE Magazine』というロンドンの雑誌から連絡があり、作品とインタビューが掲載されることになった。以前から憧れていた雑誌からのオファーはますます彼の創作意欲を刺激することになる。

 https://www.infringe.com/takuya-yamaguchi/?fbclid=IwAR1ZSGFXkYyPYr65vnZIRw8OtZCO21cvB-Vv29i7m8kn1_CeBiYa_819qz8 

 反響はもちろんそれだけに留まらなかった。インスタグラムを通して100件以上の賞賛や励ましのメッセージが世界中のヘアスタイリスト、メーキャップ・アーティスト、カメラマンから届いたのだ。特に「自分も何かを始めてみる!」という言葉には、一ヶ月間孤独との闘いのなかで創作活動を続けたことが実ったような気がしたという。

コロナ禍におけるファッション 

 このように、山口氏の意欲的な試みは多くの人を勇気づけポジティブな気持ちにさせた。ヘアスタイルのクリエイション-それはしばしばファッションという名を与えられ、表面的なもの、あるいは些末なものと扱われる。 

 コロナ禍において、音楽や映画、演劇などの文化や芸術に関わる人々の表現活動の場が失われていることはメディアでもよく取り上げられるが、ことファッションに関しては雑誌が休刊になり、ファッションショーが開催できなくても仕方がないですまされがちだ。

 だが、服装や髪型は決して些末なことではない。日常の営みの延長線上にありながら、人々の心に多大な影響を及ぼし、時には価値観や規範を揺るがせる美の力は文化として守られるべきもののひとつである。  

 山口氏は言う。「こんな状況のなかドイツ政府は『アーティストは必要不可欠であるだけでなく生命維持に必要なものだ』と大規模な経済支援を決めたそうです。人の命を直接的に救える仕事ではありませんが 少しでもポジティブなマインドやまたその創作物が誰かの心の救いや刺激になれば。」

 人々を勇気づけるという使命を持った美のクリエイションはポストコロナの世界へ向けて、もう動き出してる。

甲南女子大学教授

1970年京都生まれ、京都在住。同志社大学文学部卒業。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授。専門は女子学(ファッション文化論、化粧文化論など)。扱うテーマは、コスメ、ブランド、雑誌からライフスタイル全般まで幅広い。著書は『おしゃれ嫌いー私たちがユニクロを選ぶ本当の理由』『「くらし」の時代』『「女子」の誕生』『コスメの時代』『私に萌える女たち』『筋肉女子』など多数。

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