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デパートはもう1階しかいらない?!~伊勢丹のリニューアルが示すデパコスの魅力~

米澤泉甲南女子大学教授
ファッションの伊勢丹からコスメの伊勢丹へ?(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

ファッションの伊勢丹からコスメの伊勢丹へ

 今日から伊勢丹のコスメ売り場が新しくなる。オシャレな100均コスメが女性たちのあいだで話題になっている一方で、まったく人気が衰えないどころか、ますます快進撃を続けるのがデパートコスメ(デパコス)だ。デパートが流行らず高級品が売れない時代に、なぜコスメだけが一人勝ちなのか。インバウンド需要だけではない。その勢いを象徴するのが、伊勢丹新宿店本館の化粧品売り場の増床である。

 三越伊勢丹ホールディングスが、伊勢丹新宿店本館の化粧品フロアをリフレッシュオープンする。スローガンは「BEAUTY EVOLUTION!(美は進化する。美は躍動する。)」。2階の一部に新たにスキンケア製品の売り場を設け、1階にある既存の売り場はメーキャップ製品に特化する。

 増床部分となる2階のスキンケア製品の売り場では、日本初出店となるカネボウ化粧品のスーパープレステージブランド「センサイ(SENSAI)」や、初の常設店舗を出店するポーラ・オルビスグループの敏感肌専門ブランド「ディセンシア(DECENCIA)」をはじめ、プロのスタイリストによるスタイリングアドバイスが受けられる「ダイソン(Dyson)」や、ヘアビューロンシリーズを展開する「バイオプログラミング(Bioprogramming)」など30ブランド以上を集積。9月上旬から順次オープンし、9月25日にグランドオープンする。このほか、専門スタッフがブランドを横断したケアを提案するカウンセリングカウンターを設ける。

出典:https://www.fashionsnap.com/article/2019-08-07/isetansinjuku-cosme-refresh/

 

 増床により、化粧品売り場は1.5倍に拡大され、今までアパレルや雑貨を取り扱っていた2階にまで化粧品が浸食していくわけだ。伊勢丹新宿本店と言えば、梅田の阪急百貨店と並んで日本で化粧品が一番売れる場所として、名を馳せているが、一方で「ファッションの伊勢丹」でもあるだけに、内心忸怩たるものがあるではないだろうか。

デパコスの魔法

 デパートはコスメを買いに行くところ。今や、アラフォー以下の女性にとってはそれが常識ではないだろうか。デパートで服を買うなんてありえない。せいぜい、後はブランドバッグと財布をチェックするぐらいだろう。だから、伊勢丹新宿店の1階には、コスメとブランドバッグと小物だけが並んでいる。ブランド服には興味がないが、バッグや小物だけは欲しいと思う20代、30代女性の気持ちを反映しているのだ。実際のところ、デパートに行っても1階とデパ地下しか用はないという女性たちが多数派なのではないだろうか。

 ところで、デパコスの何が女性たちを惹き付けてやまないのだろうか。ドラッグストアやコンビニ、100均、通販、あらゆるところで手頃な化粧品が買えるのに、女性たちはわざわざデパートにでかけ大枚をはたく。女子大生でも5000円近くする口紅を喜んで買う。5000円もあれば、ユニクロやGUで全身コーデが買える時代になぜ彼女たちは5000円の口紅を買い求めるのだろうか。日頃のコスパ意識はどこへ行ったのだろうか。

 財布の紐が固い若い女性をも惹き付ける。それが「コスメの魔法」なのである。化粧品には、服とはまた違う、ガジェット性「女の子のおもちゃ」的な要素があるからだ。持っているだけで嬉しい。集めるだけで心が躍る。コスメオタクが数多く存在するのもそのあたりが関係している。

コスメに求められるバブル感覚

 さらには、ファッションでは求められなくなったラグジュアリー感が、コスメには未だ求められているのだ。高いクオリティ、ブランドのステイタス、デザインの遊び心。最近のカジュアルなファッションでは味わうことのできなくなった、「バブル感覚」をデパコスに求めているのではないか。

 もちろん、30年前の本物のバブルの時代から、若い女性たちは、シャネルやディオールやサンローランの口紅を求めてきた。シャネルの30番、ディオールの475番、サンローランの19番。大ヒットした口紅はすべて外資系ブランドのデパコスだ。

 当時は、シャネルのアクセサリーやバッグが欲しい、あわよくば服もほしい。なれるものなら全身シャネラーになりたい。もちろん、唇もシャネルでなければという気持ちで女性たちは口紅を塗っていた。

 でも現在は違うだろう。今はコスメブランドとファッションが切り離されている。口紅がディオールだからと言って、ディオールの服が好きだとは限らない。そもそも、ディオールもサンローランもコスメブランドだと思っている若い女性も多い。洋服から始まったブランドだということはもちろん、クリスチャン・ディオール、イヴ・サンローランという偉大なデザイナーが存在したことすら知らない世代が増加しているのだ。

 今も昔もデパートコスメに夢を求める点では共通しているかもしれないが、化粧品を買った客がいずれバッグや服を買ってくれるとは限らない。化粧品の導入商品としての機能が低下しているのだ。

 そういうわけで、2階以上に服を買いに行くのはほとんどがファッションが好きな40代以上の女性になってしまった。今後はますますデパートは趣味の世界になっていくだろう。

 デパートはもう1階しかいらない。そんな時代がやってきたのである。  

甲南女子大学教授

1970年京都生まれ、京都在住。同志社大学文学部卒業。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授。専門は女子学(ファッション文化論、化粧文化論など)。扱うテーマは、コスメ、ブランド、雑誌からライフスタイル全般まで幅広い。著書は『おしゃれ嫌いー私たちがユニクロを選ぶ本当の理由』『「くらし」の時代』『「女子」の誕生』『コスメの時代』『私に萌える女たち』『筋肉女子』など多数。

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