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どこへ行く、一億総ハロウィン ~地味ハロウィン時代 幕開けの気配~

米澤泉甲南女子大学教授
ペットも仮装してパレードに参加(写真:ロイター/アフロ)

気づけば一億総ハロウィン

 今年も、ハロウィンの季節がやってきた。すでに暴徒化するハロウィンの様子がメディアを賑わせているが、31日はいよいよクライマックスだ。平日とはいえ、今日の渋谷や心斎橋は、定番の魔女やゾンビ、アニメキャラクターや流行りの芸人などといった思い思いの仮装をした若者たちで例年通りの賑わいを見せるであろう。

 すっかりハロウィンの聖地となったユニバーサルスタジオジャパン(USJ、関西ではユニバが一般的な略称)でも、9月7日から11月11日までの2ヶ月以上にわたって、「ハロウィーン・ホラーナイト」が繰り広げられているが、それも今日は最高潮に達するのだろう。もちろん、ディズニーキャラクターに仮装して楽しめる「ディズニー・ハロウィーン」も忘れてはいけない。

 ご存知のように、数年前からハロウィンは異常な盛り上がりを見せている。年々盛大に行なわれるようになったハロウィンは、今やバレンタインデーに匹敵する市場規模を誇り、仮装グッズや関連スイーツが何ヶ月も前から売られるようになった。当日は都市の繁華街に繰り出す若者達の姿が、メディアを通して映し出され、拡散される。オレンジ色のカボチャ「ジャック・オ・ランタン」が街に溢れ、「トリックオアトリート」は誰もが知るフレーズとなり、もはやハロウィンのない日本は想像できないような状況になっているのである。

 盛り上がっているのは仮装やテーマパークだけではない。もともとハロウィンとは何の関連もないものまでが、「ハロウィン」と言い出しているのが、近年の特徴だ。

 例えば、宝くじである。今年からは、1等と前後賞を合わせて5億円が当たるという「ハロウィンジャンボ宝くじ」が発売されている。最も、これは年に5回発売されるジャンボ宝くじのうち、今まで「オータムジャンボ」と呼ばれていたものが、「ハロウィンジャンボ」に名称変更されたものらしい。単に「オータム」というだけでは、イベント性に乏しく、なかなか盛り上げにくかったようだが、「ハロウィン」と名を改めたことで、注目を集めやすくなったせいか、PRにももいろクローバーZまでを動員するほどの力のいれようである。

 一見馴染みがなさそうな「和の世界」にもハロウィンは躊躇うことなく、進出し続けている。干菓子や生菓子といった老舗の高級和菓子はもちろんのこと、着物や帯にまで、ジャック・オ・ランタンやおばけやコウモリが踊っているのだ。ハロウィン茶会ももうすでにどこかで開催されているのだろう。

 宝くじから、着物まで。今や、ハロウィンに特に関心がなくても、仮装する気などはまったくなくても、ハロウィンから逃れられない状態になっているのである。コンビニでも100円ショップでも、ドラッグストアでも、駅でも、ただ街を歩いていても。日本国中どこまで行っても、オレンジ色のカボチャが追いかけてくるのだ。まさにクリスマスと同様、一億総ハロウィン状態となってしまったのである。

ハロウィンとテーマパーク

 そもそもいつからこのようなことになったのだろうか。少なくとも、10年前まではここまでハロウィンは重要なイベントではなかった。

  ハロウィンが日本で盛り上がり始めたのは、二一世紀に入ってから、特に二〇一〇年以降のことだ。渋谷や六本木だけでなく、二〇一五年の段階では大阪や福岡などの地方の大都市でもハロウィンは定着しつつある。

出典:松谷創一郎「都市のハロウィンを生み出した日本社会」吉光・池田・西原編『ポスト<カワイイ>の文化社会学』

 近年盛り上がりを見せる都市のハロウィンについて調査した松谷創一郎はこのように分析している。

 もともと古代ケルトの収穫祭に起源を持つハロウィンが、さまざまな文化の影響を受けながらアメリカにわたり、子どものお祭りとして、やがてはサブカルチャーとして広がっていった。日本に入ってきたのは70年代の後半のことである。80年代には、アメリカ映画の影響や菓子メーカーなどの仕掛けにより、一般に知られることにはなるものの、その認知度や盛り上がり具合は現在のイースターとたいして変わらなかったのではないか。

 例えば、ミスタードーナツは80年代の初めにノベルティとして、ハロウィンにちなんだ「アメリカおばけゴブリン」グッズをプレゼントしていたが、ハロウィン自体の認知度が低かったためか、正統派のキャラクターではない「おばけ」を受け入れる下地がまだ育っていなかったためか、人気キャラクターにはならず、そのまま消滅してしまった。  

 80年代のハロウィンは、基本的に「おばけ」「お菓子」「子ども」という域を超えず、90年代に入ってもその前提が大きく変わることはなかった。

 では、若者(大人)が仮装する一大イベントになったのはいつからなのか。ハロウィン=仮装というイメージの定着には、90年代の後半から行なわれるようになったテーマパークのイベントが大きくかかわっている。

 ディズニーランドで、現在まで続くイベント「ディズニー・ハロウィーン」が開催されるようになったのは、1997年のことである。ただし、ディズニーランドは期間をかなり限定したり、条件つきにするなど、テーマパークの世界観を壊す可能性が高い入場者の仮装に関しては、あまり積極的ではなかった。

 一方のUSJはどうか。USJも開園間もない2002年から、「ハリウッドハロウィンイベント」を開催していたが、現在も行なわれている「ハロウィーン・ホラーナイト」が始まったのは2008年からである。当初は「ハロウィーン・スペシャル・ナイト」という名称で、31日を含む3日間の開催であり、しかも有料の対象エリアのみであった。

 しかし、2011年からは「ハロウィーン・ホラーナイト」へと名称変更され、イベントも無料となる。開催期間も長くなり、9月23日~10月30日の間の金、土、日、祝および31日となった。その後もますます規模や期間は拡大され、現在のように9月に入ってすぐにハロウィンがスタートするようになったのである。

 何よりも、USJはディズニーランドと異なり、入場者の仮装に寛容であり、当初は仮装についてのルールも特に定めなかった。現在は、「みんなで仮装を楽しむためのルール」を設けているものの基本的に「パークでは仮装など、さまざまな服装でパークを楽しむゲストを歓迎しています。」というスタンスであり、「ハロウィーン期間中は、仮装をめいっぱい楽しんでハジケよう!」と呼びかけている。

 そのおかげで、「ハロウィーン・ホラーナイト」が始まったころから、とりわけ関西では「ユニバ」と言えば自らが仮装をして、ハロウィンを楽しむ場所という認識が広がっていった。期間が拡大されたのも、アトラクションやパレードを楽しむだけでなく、仮装をするためにテーマパークに行く人々が増えたためである。仮装目的の入場者が急増したことで、一時は低迷した入場者数も右肩上がりで上昇し始める。

 このように、テーマパークの巧妙な戦略の影響もあり、近年はハロウィンといえば、大人が仮装をして集う日と認識がすっかり定着するようになっていったのである。

SNSの祝祭ハロウィン 

 もちろん、いくらテーマパークが仕掛けたとしても、それだけで若者たちがわざわざ仮装をして繰り出すはずがない。何が、彼らを仮装に駆り立てたのだろうか。

 まずは、何と言っても、2000年以降のSNSの発達とスマホの普及を挙げなければならないだろう。これを抜きにハロウィン仮装の盛り上がりは語れない。SNSとスマホが普及して以降、彼らは常に写真に撮るもの、動画に撮るものを求めている。何も特別なものがなければ、自分や他人の顔で遊び、動物の顔や変顔の写真、日常のちょっとしたワンシーンを切り取った動画をSNSでシェアするのである。だが、ハロウィンという特別なイベントであれば、何もかも撮るべきものばかりとなる。すべてがSNSのために構成された世界が展開されるのだ。

 自分もその世界の一員になるためには仮装をしなければならないが、近年はコスプレの一般化で仮装をすることに対するハードルが下がっている。仮装というものに対して免疫ができているのだ。仮装のカジュアル化である。

 しかも、テーマパークや渋谷に集う若者たちは、日常的にコスプレを趣味とする、いわゆるコスプレイヤーではない。ごく普通の女子大生やOLが、アニメやマンガのキャラクターではない、ゾンビや魔女の仮装をして楽しむのだ。よってその仮装は、友人同士やグループで全く同じ衣裳やメークを施すなど、非日常の「仮装」というよりもどちらかというと日常の「双子コーデ」の感覚に近い。個性や完成度の高さを競うのでもなく、単にちょっとなってみる、あくまでも「ゆるく」カジュアルな仮装が中心なのである。

 本気のコスプレではなく、ちょっとだけカジュアルな仮装をしてみたい、私(たち)。その願望を叶える舞台となるのがテーマパークであり、31日の繁華街なのだ。自分たちを含めてまわりは写真に撮るもの、動画に撮るものだらけ。まさに、それはSNSのための祝祭なのである。

 SNS時代にハロウィンがクリスマスよりも不可欠なイベントとして定着したのは、当然のことであると言えるだろう。 

地味ハロウィン時代の幕開けーおうちハロウィンの台頭

 年々、期間も規模も拡大路線だったハロウィンはこれからどうなっていくのだろう。31日の仮装に関して言えば、暴徒化などが起こり行きつくところまで行きついた感があるため、今後は派手な仮装もなりを潜め、沈静化に向かうのではないかと思われる。

 実際、27日に渋谷で行なわれた「地味な仮装限定“地味ハロウィーン”」は、例年以上の賑わいを見せたと言う。

(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181029-00010009-fnnprimev-soci)

 いわゆるゾンビや魔女などの仮装を封印し、普通の人たちの日常を仮装する地味ハロウィーン。これからは、大騒ぎする祝祭的なハロウィンよりも、静かにゆるく楽しむ日常的なハロウィンへと少しずつシフトしていくのかもしれない。

 商業主義的なきらいはあるが、京都タカシマヤでも、「地味ハロウィン」時代の幕開けを意識してか、「MY HAPPY HALLOWEEN ゆる~く、楽しく! 私流のハロウィンをみつけよう。」という催しが10月17日から31日まで開催されている。

 ハロウィンを盛り上げるグッズやフード、そしてイベントなどが提案されているのだが、気になるのは「モチーフやカラーでさりげなく気分をアップ。」するためのグッズと言っても、仮装グッズが紹介されているのではなく、パジャマやソックス、ミニタオルなど日常の生活必需品が紹介されていることだ。日常で使うものをハロウィン仕様に変えてみたり、ネイルデザインを変えて「さりげなく指先でおばけ柄を楽しもう。」といったゆる~い「おうちハロウィン」の提案である。

「おうちハロウィン」は、SNSとも親和性が高い。1日だけ仮装をして盛り上がるのではなく、あくまでも、日常のなかでハロウィンの雰囲気を楽しもう、10月になったら季節の風物詩としてのハロウィンを味わおうということなのだろう。

 ここからも、すでに次の段階に入った日常化したハロウィンの姿を見て取れるのだ。季節の風物詩なら、宝くじもハロウィン茶会もその延長線上に位置づけられるだろう。 

 とはいえ、祝祭的なハロウィン仮装がいきなり沈静化するわけではない。行政も牽制するなか、今夜のハロウィンがどんなことになるのか、仮装はせずに見守りたい。(文中敬称略)

甲南女子大学教授

1970年京都生まれ、京都在住。同志社大学文学部卒業。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授。専門は女子学(ファッション文化論、化粧文化論など)。扱うテーマは、コスメ、ブランド、雑誌からライフスタイル全般まで幅広い。著書は『おしゃれ嫌いー私たちがユニクロを選ぶ本当の理由』『「くらし」の時代』『「女子」の誕生』『コスメの時代』『私に萌える女たち』『筋肉女子』など多数。

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