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ファッションもベジタリアン? ~今選ばれる新しいラグジュアリー「エコ」ファー~

米澤泉甲南女子大学教授
2019春夏グッチの豪華なエコファーコート。(写真:IMAXtree/アフロ)

秋の本命ふわもこファッション

 そろそろ秋のトレンドが出揃う時期となった。流行がないことが流行の時代とはいえ、ファッション業界はなんとしてでも流行を生み出そう躍起になっている。今季のトレンドとして挙げられているのが、英国調のトラッドなチェック、ボウブラウス、膝丈スカートなどのレディライクなスタイルである。どこか懐かしささえ感じさせるこのスタイルを、さらに完成させる一推しアイテムがふわふわもこもこの毛皮、ファーである。

 さまざまなファッション誌が、コートから、バッグ、シューズに至るまで、ファーアイテムを掲載し、「ふわもこファッション」を推奨している。ただし、その多くは本物のリアルファーではなく、人工的に作られた毛皮、一昔前の言葉で言えばフェイクファーだ。

 ただし、現在はフェイクファーなどという言葉は死語になった。変わって登場したのが、エコファーである。今や数多くのファッションブランドが、クオリティの高い、色とりどりのエコファーアイテムを発表している。リアルファーに比べてリーズナブルで、手入れもしやすく、バリエーションも豊富。そして、何よりも動物由来の素材を使わないことは「エコ」である。環境に配慮し、サステナブルなのだ。まさにいいことずくめ、というわけで、秋の本命としてエコファーが急浮上しているのである。

 若い女性に人気のスナイデルやリリー・ブラウンなどを擁するマッシュホールディングスは、積極的にエコファー・コレクションを展開している。バッグもコートもシューズも、使用されているファーはすべてエコファーである。

 この秋は、ハイブランドにもエコファーが目立つ。サンローランのマーク入りチェーンバッグやジバンシイのロゴ入りクラッチバッグにもエコファー素材のものが登場した。とりわけ、ジバンシイはリアルファーと見紛うばかりの艶やかなエコファーのコートも発表している。ドルチェ&ガッバーナも、キャサリン妃御用達の定番バッグ・シシリーを今季はゼブラ柄のエコファーで展開した。

 このように、手頃なブランドからハイブランドまで、未だかつてない盛り上がりを見せているのが、エコファーなのである。 

ハイブランドのファーフリー宣言

 むしろ、ハイブランドこそ、ファーフリー(毛皮を使用しない)宣言を行ない、エコファーの使用に積極的である。最近では、バーバリーが売れ残り商品の廃棄と毛皮販売の中止に踏み切ったことがニュースになったが、昨年秋にはグッチがミンクやウサギなど養殖を含めた毛皮を2018年春夏コレクション以降は一切使用しないことを発表して話題となった。すでに、イタリアブランドでも大御所のアルマーニが2016年にリアルファーを使用しないことを宣言しており、カルバンクラインやラルフローレンなどアメリカのブランドはもっと早くからファーフリーに取り組んでいる。

 むしろ、グッチのファーフリー宣言は遅すぎたぐらいだが、イタリアを代表するラグジュアリーブランドであるだけに、職人技術に裏打ちされたミンクのファーコートやさまざまな動物のファーを使用したストールやシューズなどがこれまでに繰り返し発表され、グッチの伝統を支えてきた。そんなグッチですら、ファーフリー宣言せざるを得ない時代になったと考えるべきだろう。

 グッチのビッザーリCEOは、ファーフリーに踏み切った理由を次のように述べている。

 社会的責任を果たすことは「グッチ」の大切な価値観の一つであり、環境と動物により良い方法をとっていくため今後も努力を続けていく。HSUS(アメリカ合衆国人同協会)とLAV(イタリアの動物団体)の助けによって「グッチ」が次のステップに進めたことをうれしく思う。このことが革新を促し、人々の意識を高め、高級ファッション業界をより良い方向に変えていくことを願っている。

出典:https://www.wwdjapan.com/493204

 このように、長期的なブランドの存続において、社会的、環境的責任を果たすことが、避けて通れないようになってきているのである。一方で、デザイナー自身がファーフリーに積極的に取り組み、そのこと自体を根幹に据えているラグジュアリーブランドもある。グッチと同じケリング傘下のブランドであり、デザイナー自身も厳格なベジタリアン(ヴィーガン)で知られるステラ・マッカートニーである。

新しいラグジュアリーを求めて

 メーガン妃のウェディングドレスをデザインしたことでも、記憶に新しいステラ・マッカートニーは、もはやポール・マッカートニーの娘という冠は必要ない、現在のファッション界をリードする人気デザイナーである。道徳的および環境的な観点から、2001年のブランド創設時よりファーの他に、レザーやスキン、フェザーなどといった動物由来の素材を一切使用しないことで知られており、「ベジタリアン・ラグジュアリーブランド」とも呼ばれている。

 今年7月に、毛皮に反対する国際連盟Fur Free Alliance(FFA)があるオランダで開催された、ステート・オブ・ファッション初の大規模なパブリックイベント「Searching for the New Luxury(新しいラグジュアリーの探求)」でもステラ・マッカートニーの作品が披露されており、現在のサステナブルなファッションを考えるうえで、欠かせないブランドであると言える。ステラ・マッカートニーは自らのブランドについて、次のように主張している。

 コンセプトの中心となるのはオルタナティブな「ラグジュアリー」。環境や社会福祉に関する深刻な課題に直面している現代において、ラグジュアリーの新たな定義を見出そうとしています。どうすれば廃棄物や公害を減らし、平等な社会との団結を推進することができるのでしょう?より高い循環性と修復性を持つファッションシステムへと転換していくための手段について、優れた洞察力を得られる期待に胸が高鳴ります。

「新しいラグジュアリーの探求」は、最新のバイオテクノロジーやデジタルプラットフォーム、技術革新について調査し、よりサステナブルなファッション産業に貢献する創造的プロセスについても考察します。重要なのは、いくつかの作品で、システムの多様化と進化のためにテクノロジーがどのようにファッションと結びついているかを伝えていることです。

出典:https://www.stellamccartney.com/experience/jp/supporting-the-state-of-fashion-searching-for-the-new-luxury/

  ここで述べられているように、ステラ・マッカートニーは、最新のテクノロジーによって開発を重ねた植物性由来の素材を積極的に使うことで、社会的、環境的責任を示し、持続可能な「新しいラグジュアリー」を探求しているのだ。

 デザイナー自身のライフスタイルに則り、徹底して動物性素材を排除したファッションを提案していることから、ステラ・マッカートニーは肉、魚だけでなく、卵や乳製品、はちみつなども口にしない完全菜食「ヴィーガン・ブランド」と位置づけることができるだろう。

フェイクからエコへ

 このように、現在のファッションは、できる限り動物由来の素材を排除し、植物由来の素材を敢えて使用することが主流になってきている。従来のように、単に毛皮反対をアピールするだけでなく、それに変わる植物由来の新素材を積極的に打ち出しているのが特徴的である。

 ファーフリーファー、エコファーと名付けられた新素材は、かつてのフェイクファーにまとわりついていた「偽物」というマイナスイメージを完全に払拭した。フェイク、まがい物、チープ、毛皮の代替品。本当は毛皮が欲しいけれど、フェイクファーで我慢するというのが、基本的なスタンスだった。フェイクファーのクオリティも、やはり「フェイク」と呼ばれるに相応しいレベルのものだったのではないか。ましてや、ハイブランドがリアルファー以外を使用するなど、考えられなかった。

 しかし、現在のエコファーは消極的選択で手に入れるものではない。毛皮が高くて買えないから、エコファーでお茶を濁すのではない。むしろ、エコファーが欲しい、エコファーが積極的に選ばれる時代になったのだ。今はエコファーこそ、選ばれるべき正解なのだ。何しろ、新しいラグジュアリーを体現しているエコファーを身につけることは、良識ある意識の高い私を表わす記号となったのだから。マイナスイメージが完全に払拭されただけでなく、社会的、環境的に配慮する、意識の高い私というプラスイメージが付与されたのである。フェイクからエコへ、チープなまがい物から環境に配慮する新しいラグジュアリーへ、マイナスからプラスへの華麗なる転換が起こったのである。

 エコカーが登場して以降、車という記号の持つブランドイメージが変化したように、エコファーが登場してから、ファッションの価値観が大きく変わろうとしている。

ベジタリアンが定番に

 こういった作り手や消費者に倫理的な意識の高さを求めるファッションは、一般にエシカルファッション、エシカル消費と言われている。いわゆる社会や環境への配慮を念頭においたファッションや消費である。

 数年前までは比較的「意識の高い人々」を中心に、エシカルファッションが浸透していたが、ここにきて手頃なブランドからハイブランドまでさまざまなブランドがファーフリー宣言し、エコファーを打ち出すことで、エシカルファッションが一般化している。

 それほどファッションに高い関心を持っていない人も、特に環境に配慮せず、流行に合わせてグッチやサンローランを身につけてきた人々も、気づけばファーフリー、誰もがエシカルな時代が到来しようとしているのだ。

 もちろん、今後もますますファーフリーは徹底されていくだろう。ブランドだけでなく、ファッション誌もファーフリー宣言し始めているのだから。オランダ版『ELLE』と『Harper’s Bazaar』は、すでにリアルファーを記事から除外し、雑誌広告からもリアルファーの掲載を最小限に抑えることに取り組んでいる。

私たちの雑誌は、リアルファーを一般に着用することを促進することを望みませんので、すべての記事からリアルファーの掲載を除外します。私たちはさらに、雑誌に掲載されている広告の毛皮の掲載を最小限に抑えることを目指しています。

出典:http://www.no-fur.org/elle-harpers-bazaar-fur-free/

 この流れを受けて、今年中にファーフリーとなるブランドも多い。マイケル・コースやその傘下に入ったシューズブランドのジミー・チュウ、イタリアのバッグブランドであるフルラなども今季でリアルファーの終了を予定している。

 もちろん現時点では、ヴァレンティノやディオール、プラダのように、ファーフリー宣言をしていないブランドも存在するし、フェンディのようにクオリティの高いリアルファーがブランドの神髄というところもある。すべてのブランド、すべてのファッションがファーフリーになるというわけではないだろう。

 だが、ファッションにおけるベジタリアンは、一過性の流行ではなく、すっかり定番となっている。このままヴィーガン志向が強まれば、ファーフリーだけでなく、レザーフリーが求められるに違いない。そうなれば、エルメスなども何らかの対応を求められるであろう。フェンディ、エルメス、リアルレザーやファーに頼ってきたラグジュアリーブランドの未来はどうなっていくのだろうか。真のラグジュアリーが今、問われている。

甲南女子大学教授

1970年京都生まれ、京都在住。同志社大学文学部卒業。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授。専門は女子学(ファッション文化論、化粧文化論など)。扱うテーマは、コスメ、ブランド、雑誌からライフスタイル全般まで幅広い。著書は『おしゃれ嫌いー私たちがユニクロを選ぶ本当の理由』『「くらし」の時代』『「女子」の誕生』『コスメの時代』『私に萌える女たち』『筋肉女子』など多数。

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