報道の敗北、トランプの勝利 「世論調査」はなぜ外れた?

下馬評を覆す「トランプ氏勝利」で、市場はパニックの様相を呈した(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

下馬評ではヒラリー・クリントン氏(民主党)有利との見方が圧倒的だったアメリカ大統領選で、ドナルド・トランプ氏(共和党)が「逆転」勝利を収めた。事前に州毎の選挙人獲得予想を明らかにしたアメリカの主要メディアは10社以上あったが、その殆どがヒラリー氏勝利を予想していた。接戦を予想していた社でもヒラリー氏が10人前後リード、離れていた社では100人近い選挙人数の差を予想する社すらあった。

2回連続「ほぼ完全的中」のネイト・シルバー氏が大敗北

中でも目を引いたのは、過去の大統領選で驚異的な的中率が注目されてきた「ファイブサーティエイト」のネイト・シルバー氏の予想だ。

ネイト・シルバー氏は、現職のオバマ大統領がミット・ロムニー候補(共和党)に勝利した2012年の前回大統領選で、全選挙区の勝者を的中させた。その前の、オバマ氏とジョン・マケイン候補(共和党)が争った2008年大統領選でも、1州を除き勝者を的中させたことで注目を浴びた。その後彼が開設したWebメディア「ファイブサーティエイト」の名前は、まさにその大統領選の選挙人の総数「538人」に因んだものだ。

ファイブサーティエイト ヒラリー勝利の「最終予測」(スクリーンショット)
ファイブサーティエイト ヒラリー勝利の「最終予測」(スクリーンショット)

そのファイブサーティエイトの最終の予測では、70人近い差でヒラリー氏が勝利するとしていた。そして、同サイトが開票前最後に公開した「ヒラリー氏が勝利する確率」は実に71.4%に達した。対するトランプ氏はわずか28.6%だった。

シルバー氏の予想手法の基本は、過去の世論調査のデータとその正確性の差異から情勢を確率論的に分析するものだ。それが今回大きく外れる結果となった背景には、後述する元の調査データの「不正確さ」に加え、それに影響された個別の州での情勢の読み誤りの積み重ねがあると見られる。

アメリカの大統領選挙は、全国世論調査では数ポイント差の僅差でも、(一部の州を除き)州毎に1票でも上回った候補がその州の選挙人を総取りする方式(winner takes all)だけに、州ごとのミスの蓄積が大きな誤差につながってしまう。

出口調査も外れ多く トランプ陣営すら負けを覚悟?

ちなみに、今回外れたのは上記のような事前の世論調査だけではない。期日前投票や当日投票の出口調査でも、主要メディアの調査では「ヒラリー氏が大統領にふさわしい」とする回答が最多となるなど、開票状況と食い違う内容がかなり目立った。

それがために、最初の州の投票締め切り直後には、トランプ陣営の上級顧問が取材に対して「奇跡」でも起こらない限り逆転は無理、と話すなど、トランプ陣営ですら勝利は厳しいと見ていた節がある。ある全米ネットワークの選挙特番のキャスターは「(トランプ氏が)自ら不正の温床と呼んでいたシステムの上で、トランプ氏は勝利を収めつつある」との趣旨のコメントをした。

こうした現象が示す意味は「データに忠実であればあるほど、情勢を読み誤りやすかった」ということだ。シルバー氏をはじめとする専門家の予想の大半が完全に外れた背景には、いわゆる「隠れトランプ支持者」の存在が調査結果を歪ませる影響を与えた、とする分析が多い。つまり、調査会社の調査に対して「私はトランプ支持者です」と答えることを躊躇する有権者が、結果に大きな歪みを与えるほど多く存在したのではないか、とする仮説だ。トランプ氏は「ポリティカル・コレクトネス」(政治的公正さ)を無視した過激な課題提起を行い、それがためにKKKなどに代表される人種差別的主張をする勢力の支持すら得てきた。トランプ氏を支持すると名乗ることが、社会的にレイシストだと誤解されると恐れた「隠れトランプ支持」の有権者がかなりの数存在したのではないか、という見立てだ。

加えて、フロリダ州などでは、トランプ氏側のネガティブキャンペーンや投票日間際のFBIのヒラリー氏に対するメール問題捜査に関する動きの結果、本来ヒラリー氏に入ったはずの票がリバタリアン党や緑の党の独立系候補に流れ、最終的に僅差でトランプ氏が勝つ結果を産んだという指摘もある。

結果として、いわゆるポリティカル・コレクトネスを無視した候補やその支持者には、ポリティカル・コレクトネスを前提に「建前」を聞くかのような従来の世論調査が通用しない、という新たな課題を突きつけられたのかもしれない。

これは、既存の報道機関や世論調査を担う専門家にとって、非常に深刻な問題だ。

リスク排除のための調査が逆にリスクに

そもそも、選挙情勢を探る世論調査とは、不透明感や不確実性を排除するために行われるものだ。つまり、その調査の結果導き出された「全うな予測」がこうも外れるということは、調査が不確実性を抑えるどころか逆に増やすことになる。不確実性即ちリスクを値踏みし、あるいは払拭するためにやっている調査が、逆に疑心暗鬼を生じパニックを誘う原因を作ったわけで、私たちを含む世論調査の担い手には重大な課題が突きつけられている。

実際、昨日までNYダウ平均株価や日経平均株価など、世界の株式市場は「ヒラリー有利」を織り込んで安定ないし上昇していたが、きょうになって「トランプ氏勝利」のリスクが一気に可視化されると瞬く間に「パニック売り」の様相となった。日本時間きょう午前中のうちに、日経平均先物は瞬く間に800円以上値下がりし、メキシコペソは米ドルに対して過去20年で最大の下落を記録した。夕刻になり、株安はアジアから欧州にも波及し「トランプ・ショック」が広がっている。

ただ、こうした世論調査をめぐる問題自体は、実は突然降って湧いた問題ではない。昨年2015年にイギリスで行われた総選挙で注目され始めた問題だ。

元々、2015年イギリス総選挙では、当時のデービッド・キャメロン保守党政権とエド・ミリバンド氏率いる野党・労働党がいずれも過半数を取れない「ハング・パーラメント」の状態になる、との見立てが世論調査機関や報道機関の「相場観」だった。ところが、蓋を開けてみるとキャメロン保守党が大勝しただけでなく、大きな躍進が「危険視」されていた極右のUKIP(英国独立党)が1議席の獲得にとどまるなど「過去70年で最悪」(ウォール・ストリート・ジャーナル紙)と評されるほどの外れ方だった。

イギリスの世論調査機関や報道機関にとってこの傷跡はまだ生々しく、今年6月のBrexit(ブレグジット:英国のEU離脱問題)を問う国民投票に際しては、各社が調査手法の課題を徹底的に洗い出し、改善を図ったとされる。しかし、それでも6月23日の投票日前日までの調査で「残留派がやや有利」とする相場観に反し、結果は「離脱多数」となった。

今回のアメリカ大統領選がBrexitと同じようにならないか、という心配はアメリカでも事前に議論されてはいたが、専門家はアメリカで長く、多く積み重ねられた世論調査の実績など様々な理由を総動員して「イギリスとは違う」とする見立てを説明する向きが目立った。今回、図らずもこの「外れ世論調査」問題がイギリス以外でも発現する問題だということを、衝撃的な結果をもって突きつけられたわけだ。

「社会調査」としての世論調査の限界をどう克服するか、これからのトランプ政権の行方と合わせて、重要な課題が浮かび上がってきた。