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【独自】オーバーステイ外国人にワクチン接種へ 「通報免除」国見解に基づき、茨城県大洗町

米元文秋ジャーナリスト
大洗町役場=米元文秋写す

 茨城県大洗町(国井豊町長)が、町内に住むオーバーステイ(超過滞在)の外国人に対し、新型コロナウイルスのワクチン接種に乗り出すことが分かった。「防疫を最優先にする」(新型コロナウイルス感染症対策本部広報対策部)との判断だ。町内の外国籍住民では最大のインドネシア人コミュニティーが9月に結成した「大洗町インドネシア連絡協議会」を通じて、対象者から接種券発行申請書を集める作業を始めた。県と調整の上で、早ければ今月中にも集団的な接種を始める方針だ。

 コロナ対策に当たる国や自治体の職員が国外退去に該当する外国人を「通報しないことも可能」とする国の見解が、接種実施を後押しした。

感染予防の「死角」

 既に国民の6割がワクチンの2回目の接種を終えた。一方で、オーバーステイ外国人は日本では、通常のワクチン接種の対象外にされ、感染拡大防止対策の「死角」になってきた。こうした外国人は、出入国在留管理庁発表の「不法残留者数」(1月1日現在)で8万2868人に上るとされる。

 大洗町は全住民約1万6000人のうち正規の在留資格を持つ外国人が約800人を数え、水産加工業などで働く。国籍別ではインドネシア人が最多の約400人だが、関係者によると、このほかに住民登録していないオーバーステイのインドネシア人約200人が暮らし、周辺地域の農業や建物解体現場などで働いている。

 同町は、こうした「死角」から新たな感染が広がりかねないことを警戒し、オーバーステイの人々への接種も検討してきた。5月前後にインドネシア人労働者のクラスターが発生し、オーバーステイの感染者もいた。その後、ワクチン接種が進む一方で、オーバーステイのインドネシア人の感染情報が散発的にあり、対策が急務だった。

 大洗町の取り組みは、日本各地の自治体で「ワクチン以前の世界」に取り残されている人々の現状を変える端緒となる可能性がある。国連移住労働者委員会などは3月に「国籍や在留資格にかかわらず、新型コロナワクチンへの公平なアクセスを保障する」との指針を示している。欧米主要国などは既にオーバーステイ外国人も接種対象にしている。

自治体に「壁」

 大洗町が決断に至るまでには、大きな「壁」が立ちはだかっていた。

 日本政府は外国人の居住者もワクチンの接種対象にしている。ただ、オーバーステイ外国人については「ケースバイケースで対応する」(厚生労働省担当者)と含みのある説明をしてきた。

 現実には、厚労省はウェブサイトで掲載している「新型コロナワクチンQ&A」で「原則として、住民登録をしている市区町村で接種を受けていただく」と明記。接種券は住民票に記載された住所に送付され、住民登録をしていないオーバーステイ外国人は通常の方法では、接種券を受け取れず、接種を受けることができない。

 接種券の取り扱い以前に、自治体がオーバーステイ外国人への接種を実施することには、根本的な「壁」があった。出入国管理及び難民認定法(入管法)62条2項の規定だ。国や地方公共団体の職員について、職務の上で退去強制に該当する外国人を知ったときに、その旨を通報しなくてはならないことを定めている。

 このため、自治体は「不法残留者」への接種に二の足を踏む。オーバーステイ外国人にとっては、接種を受ければ入管に通報され、国外退去対象となることを意味し、接種実施の現実味は乏しい。

 「防疫」と「入管政策」という二つの公益の板挟みになった大洗町関係者からは「国の文書があれば…」との声も漏れた。オーバーステイの人々への接種を可能にする法解釈などの文書のことだ。

 その「国の文書」が出た。

 厚労省新型コロナウイルス感染症対策推進本部が6月28日付の事務連絡で、新型コロナ感染拡大防止の行政目的達成のため「通報しないことも可能」とする見解を都道府県などに伝えたのだ。

 「壁」はひとまず乗り越えられた。大洗町は町議会での質疑を経て「厚労省事務連絡に基づく接種実施」を決断した。

大洗町インドネシア連絡協議会のペトラ・フェリー・ラウ会長=10月3日、米元文秋写す
大洗町インドネシア連絡協議会のペトラ・フェリー・ラウ会長=10月3日、米元文秋写す

インドネシア人会長「心より感謝」

 大洗町在住インドネシア人は、同国北スラウェシ州マナドなど出身のキリスト教徒が大半だ。町内に七つあるインドネシア人教会のうち六つが主体となって、9月5日に大洗町インドネシア連絡協議会を結成した。今回の接種実現を目指す町当局が、日系インドネシア人らを水産加工業の働き手として受け入れる事業に20年以上前から取り組んできたNPO法人代表坂本裕保さん(71)を通じて働き掛けた。町内会のような役割が想定されている。

 町内のインドネシア人の間では、以前から「オーバーステイの同胞にも接種ができないだろうか」との声が上がっていた。協議会のペトラ・フェリー・ラウ会長(49)=大洗ナザレキリスト教会牧師=は取材に対し「在留資格を持たない人々にワクチン接種の機会を与えてくださった大洗町の取り組みに、連絡協議会として、まず心より感謝を申し上げたい」と語った。10月3日までに187人のオーバーステイの人々が接種希望を表明したという。

 住民登録をしていない人への接種だが、大洗町は、接種券送付先となる現住所を接種券発行申請書に記入し、町内の居住実態を裏付ける水道の検針票などを示すよう求めている。

 この手続きについて、ペトラ会長は「接種を希望する人でも、住所を提出することで(情報が入管当局に漏れて)強制送還されることを恐れ、申し込まないこともあり得る。接種するかどうかは個人の判断であり、私たちが強制することはできない」と話した。

 こうした懸念に関し、町の感染症対策本部広報対策部は「仮に他の自治体に住む人も大勢接種に来るようなことがあると収拾が困難。居住実態の確認は必要だ」と述べた。「接種券発行申請書に記入された情報は、ワクチン接種のためだけに使う」と言明し、対象者との信義に基づいて接種を実施する考えを示した。

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ジャーナリスト

インドネシアや日本を徘徊する記者。共同通信のベオグラード、ジャカルタ、シンガポールの各特派員として、旧ユーゴスラビアやアルバニア、インドネシア、シンガポール、マレーシアなどを担当。こだわってきたテーマは民族・宗教問題。コソボやアチェの独立紛争など、衝突の現場を歩いてきた。アジア取材に集中すべく独立。あと20数年でGDPが日本を抜き去るとも予想される近未来大国インドネシアを軸に、東南アジア島嶼部の国々をウォッチする。日本人の視野から外れがちな「もう一つのアジア」のざわめきを伝えたい。

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