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抗体検査「住民4割陽性」、PCRでは… インドネシア・バリ島の村、ロックダウン 新型コロナ

米元文秋ジャーナリスト
静まりかえるバリ島ウブド。ロックダウンされたアブアン村はその北東にある(写真:ロイター/アフロ)

 「住民1000人以上に新型コロナウイルスの抗体検査をしたところ、4割近くが陽性」。インドネシア・バリ島の村から4月末、驚くべき情報が発信された。想像をはるかに上回る規模で感染が広がっていたとも受け取れる数値は、在住日本人にも衝撃を広げた。村はロックダウン。陽性とされた多数の住民に対して、感染確認のためのPCR検査が行われたが…。

「ほぼ全員陽性?」地区も

 ロックダウンされたのはバリ島内陸部バンリ県のアブアン村(人口6127人=2010年国勢調査)だ。村は、山間部の国際観光地ウブドから北東約10kmにある。同県はバトゥール湖やキンタマーニ高原などの景勝地でも知られる。

 バンリ県などによると、外国の就労先から帰郷した労働者に感染が確認されたため、4月末に住民のうち1210人を対象とした新型コロナの大規模迅速検査(抗体検査)を実施したところ、443人が陽性と判定された。約37%という陽性率だ。中でも村内に三つある地区の一つ「セロカダン」での348人の検査では、大半の335人が陽性となった。

 当局は、感染を確認するPCR検査でも住民24人が陽性となっていたとして、5月2日、感染拡大防止のため、村全域を14日間にわたり「隔離」することを決めた。警察や国軍も支援に当たったほか、隔離された村民に食事を提供するための炊き出しが行われるなど、本格的なロックダウンに発展した。

1人?

 ロックダウンと並行し、抗体検査で陽性とされた住民についてもPCR検査が進められた。地元メディアによると、最終的にセロカダン地区では2129人が抗体検査を受け、447人が陽性とされた。このうち371人がPCR検査に回された。

 うち126人の検査結果が1日、発表された。陽性者はゼロ。6日になって371人全員の検査結果が公表された、感染が確認されたのは1人だけだったという。

 これまでに新型コロナに感染したことでできた抗体を検出する抗体検査と、ウイルス遺伝子の有無を確認して感染を判定するPCR検査は、目的や方法が異なり、抗体検査の陽性者の方が多くなる可能性はある。

 インドネシアの新型コロナ対策を統括する国家防災庁(BNPB)の防災戦略策定部局幹部も2日、自らのツイッターで質問に答え「もしPCR検査が陰性で、抗体検査が陽性(IgM- IgG +) ならば新型コロナウイルス感染症か別のウイルス感染症から既に回復した可能性があるということだ」と説明した。

 また、大掛かりな抗体検査の陽性率に基づき感染歴があると推定される人の数が、PCR検査による公式の感染者数よりずっと多い可能性を示す報告が、世界各国から相次いでいる。

中国からの輸入キット

 しかし、住民の間では抗体検査キットの信頼性への疑念が膨らんでいった。「不良品では」「適正な温度で保管されていなかったのでは」などとの情報が飛び交った。

 トリブンバリによると、最初の抗体検査で陽性となったのに、再度行われた抗体検査では陰性と判定された人もいたという。バンリ県当局は、バリ州から提供された抗体検査器具に問題があったため、検査結果の混乱が起きたとの見方を示した。

 テンポ誌ウェブ版などによると、アブアン村での抗体検査に使われたのは中国杭州市の医療機器メーカーから輸入された検査キットだ。この検査キットは国家防災庁の輸入許可推薦を得ていた。

 だが、このキットを輸入した国内業者は、特定ロット番号のキットを全医療機関から回収したことを明らかにしたという。

 アブアン村での抗体検査とPCR検査をめぐる情報は錯綜しており、抗体検査キットの実際の状態について、当局から納得のいく公式説明は聞こえてこない。

国内死者1000人超、検査に本腰

 インドネシアでは新型コロナの感染は拡大を続けており、14日の政府発表で感染者は1万6006人、死者1043人に上っている。worldometerのまとめによると、東アジア・東南アジア地域では、死者数は中国に次いで2位(次いでフィリピン、日本)となっており、人口当たりの死者数でもフィリピン、日本、韓国に次いで4位と、深刻な状況だ。

 インドネシアのPCR検査は累計で17万3609検体、12万7813人にとどまっており、検査抑制が指摘される日本よりも少ない。感染拡大の実態を把握できていないのでは、と疑われている。

 首都のジャカルタ特別州は、新型コロナ感染対策を施して行われた葬儀が、州内でこれまでに約2000人に上ったと発表している。州内での公式死者数の4倍以上だ。

 政府は感染者の治療や隔離を効果的に行うため、検査体制の強化を急いでいる。国家防災庁によると、感染を確認するPCR試薬84万1892点と、大規模なスクリーニングを行うための迅速検査(抗体検査)キット108万3960点を、13日までに全国に配布した。

 インドネシアは外国人の入国を原則禁止。滞在許可や定住許可を持つ外国人に限って入国を認めているが、入国の際、PCR検査結果を記載した健康証明書を提示させる措置を始めた。PCR検査結果の記載がない場合は、抗体検査を実施することになっている。

 感染沈静化後の「出口戦略」とも絡み、抗体検査の活用は、さらに広がりそうだ。アブアン村で起きたトラブルは、抗体検査の特徴の周知と、検査キットの品質管理の重要性を示している。

ジャーナリスト

インドネシアや日本を徘徊する記者。共同通信のベオグラード、ジャカルタ、シンガポールの各特派員として、旧ユーゴスラビアやアルバニア、インドネシア、シンガポール、マレーシアなどを担当。こだわってきたテーマは民族・宗教問題。コソボやアチェの独立紛争など、衝突の現場を歩いてきた。アジア取材に集中すべく独立。あと20数年でGDPが日本を抜き去るとも予想される近未来大国インドネシアを軸に、東南アジア島嶼部の国々をウォッチする。日本人の視野から外れがちな「もう一つのアジア」のざわめきを伝えたい。

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