「働き方改革」が中間管理職の自殺率を高める?

(ペイレスイメージズ/アフロ)

横行するジタハラ(時短ハラスメント)

2016年12月にこの記事、日本企業が直面する新たなリスク ~「時短ハラスメント(ジタハラ)」の実態――を書いたときは、ここまで「時短ハラスメント(ジタハラ)」という言葉が広まるとは考えてもみませんでした。

しかし、いまや「ジタハラ」は報道番組や経済誌でも紹介される時代のキーワードになりつつあります。「働き方改革」の副作用が、ここ数年、拡大している証拠だと言えるでしょう。

多くの企業が「働き方改革」を意識し、長時間労働の是正、残業削減に取り組むようになり、これはとても良いことです。しかし、長時間労働の是正は、「禁煙」とは異なります。長時間労働が中毒になっている人は、時間外労働を削減すべきですが(実際に、残業をすることが文化として根付いている組織はたくさんあります)、世の中には必要な残業もあるのです。

必要な残業まで削ろうとすると、まじめに働いている人、会社に貢献しようと努力している人の心を折ります。

2種類の労働

労働は大きく分けると「単純労働」「知識労働」の二つに分けられます。「単純労働」は、システム化、マニュアル化することにより、生産性は上がりやすくなります。(単純労働の多くは、いずれAIやRPAに置換されていくことでしょう)

いっぽう知的生産物の創造に携わる労働――「知識労働」は、そういうわけにはいきません。一定のレベルまではシステム化・マニュアル化できても、限界があります。

1時間で終わるとイメージしていたら2時間かかった、3時間かかった……なんてことは普通にあるのです。

しかも、その仕事を熟達しているベテランならともかく、まだ経験の浅い人は、ベテランよりも時間がかかるでしょうし、そもそもどれぐらいの時間でその仕事が終わるか想像できないケースが多々あります。

つまり、やってみなければ、どれぐらいの時間がかかるかわからない仕事も多いのです。「知識労働」には。

どのタイミングで帰宅するのか

残業ゼロ、残業禁止というスローガンはいいですが、どんなときも「残業絶対ダメ」という文化にできない職場もあります。もしも、それを無理やり徹底させようとすると、時短ハラスメント(ジタハラ)が起きてしまうのです。

とくに社歴の浅い若い人が、「時間がきたから帰る」という姿勢をずっと貫いたら、「仕事が終わってから帰る」が習慣化している上司は、「ちょっと待て」と言いたくなります。

部下:「5時半に終わると思ったんですけど、まだ終わりそうにありません。でも定時になったので帰ります」

上司:「ちょっと待て。仕事が終わってないんだから、1時間でも残業して終わらせなさい」

部下:「管理部の部長が、残業するなとうるさいんです」

上司:「おいおい! じゃあ、誰がこの仕事を終わらせるんだ」

部下:「すみません。でも定時なので帰ります。お疲れ様でした」

このような会話は、ここ数年、どの職場でも急増しています。

ただ、上司にことわってから帰る部下ならまだましでしょう。仕事が終わってもいないのに、何も言わず、いつの間にか帰宅している部下も少なくありません。

「働き方改革」が中間管理職の自殺率を高める?

フランスが「週35時間労働制」をスタートして15年。時短は進んだそうですが、外部環境の変化は容赦なく企業に降りかかってきます。そのしわ寄せが中間管理者に及び、自殺率が高まっているというデータがあります。

日本も同じ道をたどるとは限りませんが、現場を細かく知らない者が時短を強要すると、誰かに大きな負担が集中します。とくに責任感の強い中間管理職は、これまで以上に部下育成がやりづらくなり、悩みを深めることでしょう。

「働き方改革」は、働く人も、企業も健全化する素晴らしい改革です。しかし、どのような仕事をしている人を、どのような手順で、働き方を変えていくのかは、それぞれ違うことを、多くの人は知るべきです。

働き方を変えられるのは、財務的にも風土的にも、ある一定の基準に達している企業、組織、人に限られます。まず手順として、企業の財務を堅牢にすること、そして風土をよくすること。それらが先です。私は現場に入って指導するコンサルタントですから、簡単ではないことを知っています。それなりの時間がかかることも肌で感じています。

財務的に余裕もなく、組織風土もよくないのであれば、働く人の「働き方の自由度」を高めることによって、よけいに秩序が崩れていくことを忘れてはならないのです。