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【落合博満の視点vol.50】優勝できなければ2位も最下位も同じ――は指導者のエゴだ

横尾弘一野球ジャーナリスト
「優勝監督は100点満点、それ以外は0点」は落合博満の持論だが……。(写真:ロイター/アフロ)

 開幕から苦しむ阪神が、4月21日の横浜DeNA5回戦に6回裏途中5対7の降雨コールドで敗れ、3勝19敗1引き分けとセ・リーグの負け越しをすべて背負う形となった。今春のキャンプイン前日に今季限りでの退任を表明した矢野燿大監督は、チームの士気を落としたと批判の矢面に立たされている。

 プロ野球の監督について力量の評価を求められた時、落合博満は持論を述べながらも、優勝に導けば100点満点、それ以外の監督は0点とする。最後の最後まで優勝争いをしながら僅差の2位だった監督も、断トツの最下位に甘んじた監督も同じ0点だ。

「プロ野球の監督は、チームを優勝させるのが唯一最大の役割。それは契約書にも明記されているのだから、それを果たせば100点満点、できなければ0点の2つの評価しかないと思う」

 自身が中日で監督に就任した2004年は、目立った補強をせずにセ・リーグ優勝を果たしたものの、日本シリーズでは3勝4敗で西武に敗れた。すると、「選手やスタッフは100点の仕事をしてくれたが、監督だけが0点だった。本当にすまなかった」と頭を下げており、監督という職務における落合の信念と言ってもいい。この考え方に共感できる人はいるはずだ。

 そんな落合の考えと同じように、チームや選手についても「優勝できなければ2位も最下位も同じ」と口にする指導者は少なくない。昭和生まれの40代以上なら、運動会の徒競走や学校のテストでも「1番以外はビリと一緒」と親や教師から言われた経験もあるだろう。確かに、夏の甲子園を目指す都道府県大会は、優勝校だけが聖地に立つことを許される。準優勝しても、一回戦負けと同じく甲子園には出場できない。

 ただ、チームや選手の成績について落合は、優勝や1番以外を0点とは見ない。

「チームや選手が優勝を目指す過程では、一回戦で負けるより、決勝までは勝ち進んだ経験のほうが次につながる確率は高いでしょう。1番になれなくても、ならば2番にいたほうがいい。それはタイトル争いも同じだから」

 落合が中日ゼネラル・マネージャー時代に、社会人の都市対抗野球大会を視察した時のことだ。ある優勝候補がエースの好投で一回戦を快勝したが、二回戦には二番手の先発を立てて敗れた。この大会で優勝するには5連勝が必要で、そのためにはエースだけでなく、二番手にも力のある先発を育て、できれば2人を交互に先発させて勝ち進もうとする戦術はセオリーのようになっている。

 その是非はともかく、エースを先発させずに敗れた監督を「監督としての仕事をしていない」と厳しく評した落合は、その監督が「うちは優勝だけを目指しているので、その力がなかったのなら、どこで負けても一緒」と口にしたことを聞くと、「あなたはそうかもしれないけど、選手はいい迷惑だ」と憤慨した。

「エースは一回戦に好投して、もう1回いいピッチングができればドラフト指名を受けられたかもしれない。二回戦で負けず、準々決勝、準決勝と勝ち進めば、たとえ優勝はできなくても選手たちは貴重な経験を積むことができるし、さらに成長するチャンスは広がるでしょう。その機会を、監督の一存で奪う権利なんてないんじゃないか」

 高校や大学では、下級生に逸材が揃った時、彼らを早くから試合に出場させ、2年計画、3年計画で優勝を目指す指導者もいる。そうしたやり方についても、「少年野球でも勝つことを求められているのだから」と一定の理解は示した上で、2年計画で犠牲になる上級生の野球人生にも思いを巡らす。

「監督という役割、殊にプロのそれは100か0の評価しかないと思う。けれど、チームや選手は優勝できなくても準優勝、ベスト4、ベスト8と、できる限り上の成績を目指すことが次のステップや将来につながる。だから、どんな戦力でどういう戦いに臨む時も、指導者はいかにチームを勝たせるかだけを考えなければいけない。負けから学ぶこともあるけれど、負けていい戦いなんてないんだから」

 冒頭の阪神の話題に戻せば、矢野監督も選手の奮起を促し、チームにプラスの効果を生み出そうと自らの去就をあえて明かしたのだろう。だが、「やめようとしている人間のために、誰が戦おうとするの」という落合の考えを聞き、現実の戦績を見る限り、それは誤った一手だったと言わざるを得ない。落合が「常に最善と思われる手を打つ」と語る監督という仕事、中でも「最善と思われる手」は、そう簡単に弾き出せるものではないのだ。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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