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【落合博満の視点vol.36】勝てる戦術の極意その3――落合監督がベンチで無表情だった理由

横尾弘一野球ジャーナリスト
選手と同じように監督にも様々なタイプがいるが、その態度が勝敗に影響するとは……。(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 落合博満監督の代名詞は、不気味なほどの無表情だった。しかし、就任1年目はサヨナラ本塁打に飛び上がり、打った選手に飛びつくなど、喜怒哀楽をストレートに表現していた。では、なぜ無表情を貫くようになったかと言えば、そのほうが勝つ確率が高いと感じたからだ。

 監督1年目、落合はある若手をスタメンに抜擢。試合前にベンチで顔を合わせた時、挨拶代わりに「頑張れよ」と声をかけた。すると、その選手は普段以上に硬くなり、持ち味を少しも発揮することができなかった。

「こちらが何気なく口にした『頑張れよ』でさえ、プレッシャーに感じてしまう選手がいるんだ。選手への声かけは、本当に難しいよ」

 信子夫人にそう話した落合の口は、少しずつ重くなっていく。そして、こう感じるようになったのだという。

「指導者は、一人ひとりの選手が活躍する姿を思い描き、その選手が少しでも成長できるように観察する。そこで、どれだけしっかりと選手を見ているかがチーム力に反映するわけだけど、指導者が選手のことを把握するのと同じように、選手たちも指導者に接しながら人物像をイメージし、指導者として力量を値踏みしている。そうして、特に監督は一挙手一投足まで選手に見られているものだ」

追加点を奪えないのは監督の態度が原因か!?

 ある時、落合は社会人の監督から「攻撃面での詰めの甘さを解消するにはどうすべきか」という質問を受けた。そのチームは先制、中押しをしても中盤には追いつかれ、常に終盤で苦しい戦いを強いられていた。監督は、1点を先制した時に2点目、中押しできた時ももう1点と、さらなるチャンスをものにできないのが苦戦の原因ととらえ、追加点を奪うにはどんな戦術を用いるべきか相談してきたのだ。落合はこう答えた。

「1点を先制したのに、2点目、3点目が奪えないような状態は、どこのチームでもあるものだし、それが続いている時は、選手たちもどうにかしようと考えている。こういうケースで着目すべきは、ベンチの中での監督の変化だ。追加点を奪えない時、表情や仕草、選手にかける言葉に、苛立ちや焦りがつい出てしまう。選手は、そうした監督の変化に敏感だからね。チャンスを潰すと監督は機嫌が悪くなる、そう思えば思うほど、選手も普段通りのプレーができなくなる悪循環だ」

 それを痛感したからこそ、落合監督はベンチで無表情を貫いた。

「もちろん、私の我慢にも限度があるから、5回を終えたグラウンド整備のインターバルなどで監督室にこもり、『何をやっているんだ!!』と感情を露わにすることもあった。でも、そうした気持ちを選手にだけは読み取られないように心がけた」

 試合が重たくなる大きな原因のひとつは、監督の態度にある。そう考え、無表情に徹したことも、勝利にこだわる落合らしい。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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