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【落合博満の視点vol.32】四番打者に送りバントはナンセンスか

横尾弘一野球ジャーナリスト
四番打者にも送りバントをさせるべきか。この質問への落合博満の答えとは。(写真:ロイター/アフロ)

 阪神の矢野燿大監督が5月2日の広島戦で、新人の佐藤輝明を四番サードでスタメン起用した。開幕から四番を務める大山悠輔を休養させたための代役で、「託したのではなく経験」と矢野監督も語ったが、この起用を題材にして落合博満の四番打者に関する考え方を書いた。

阪神の佐藤輝明が初の四番で大アーチ!! 落合博満が考える四番打者とは【落合博満の視点vol.31】

 その中で、「四番に抜擢して形にしてくれるのは監督だけど、その先も不動の四番になれるかどうかは本人次第」と語った落合に、社会人や大学の指導者が向ける質問のひとつが、「四番に送りバントはさせるべきか」である。

 落合は「プロでは、四番には滅多に送りバントをさせない」という事実を、アマチュア指導者がどう見ているかが、この質問の出発点になっているとした上でこう説明する。

「プロでも実績のある四番なら、送りバントで走者を進めるよりも自由に打たせたほうがチームの勝利に近づくと考えられる。1点を追う9回裏無死一、二塁で打たせ、併殺打で負けたとする。それでも、長いペナントレースで優勝することを目的に、相手バッテリーが感じた重圧も考慮すれば、そこで打たせたのは間違いとは言えないだろう。プロかアマチュアかと言うよりも、一発勝負のトーナメントと負けても明日があるリーグ戦の違いと考えればいい。もっとわかりやすく言えば、私が監督なら、四番・落合には打たせるし、最近の若い選手ならバントをさせるかな。本物の四番か、その試合は四番目を打っていた選手かにもよるだろう」

 最近では、メジャー・リーグ流の戦略や戦術などが日本でも駆使されるようになったが、メジャーはバントをしないという見方も間違っていると指摘する。実際、落合は現役時代の日米野球の際、来日したメジャーの四番経験者が「バントのサインが出ればしっかり決めようとするし、局面によっては自分の考えでバントをすることもある」という話を聞いたという。また、2005年にタイロン・ウッズが中日へ入団した時、落合監督はこう告げた。

「シーズンを通じて四番を打ってもらう。ただし、試合の終盤、どうしてもバントで送りたい場面で打席がまわったら、その時だけはバント要員の代打を出すかもしれない」

 すると、ウッズからは「バントもしっかり練習しておくから、代打は出さないでほしい」と返されたという。四番のプライドに関わるのは、送りバントのサインを出されることではなく、いかなる理由でも交代を命じられることなのだ。

バレンタインも「四番に送りバントはあり」

 ちなみに、日米で監督経験が豊富なボビー・バレンタインも、「四番にバント? もちろん、それが最善の策だと考えれば迷わずにサインを送る。メジャーでバントが少ないのは、下手な選手が多いことも理由だ(笑)。日本人のように、高校時代から熱心に練習していないからね」と言っていた。要するに、プロで実績ある監督は「四番にはバントをさせない」、四番を任される選手も「バントはしない」とは考えていない。

 だが、一部の評論家が四番のバントを監督と選手の信頼関係と関連づけたり、「バントをさせているようでは四番は育たない」といった持論を口にしたりすることで、「四番に送りバントはさせるべきか」という疑問が生まれてしまったのだろう。落合はこう言う。

「四番に送りバントをさせるのはナンセンスか、ではない。そういう議論をすること自体がナンセンスだ。監督なら、チームが勝利を手にできるよう、すべての場面で最善と思われる手を打たなければいけない。それが四番に送りバントなら、迷うことはない」

 ある時、アマチュア指導者との対話で「四番にバントをさせるような野球は魅力がないですね」という話を黙って聞いていた落合は、その指導者が帰ったあとでこう呟いた。

「四番にバントをさせるような野球って、どういう野球なんだ?」

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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