Yahoo!ニュース

江夏 豊・落合博満・野茂英雄――現代のプロ野球にも求められる一匹狼という魅力的存在【その3】

横尾弘一野球ジャーナリスト
1996年9月17日のロッキーズ戦でノーヒットノーランを達成した野茂英雄。(写真:Reuters/アフロ)

 先発完投の絶対的エースから、まだ市民権を得ていないリリーバーに転向するという江夏 豊の個性的な歩みを追いかけたのが落合博満だろう。いわゆる体育会気質に抗って高校、大学とも野球部を飛び出し、ようやく社会人で芽を出した遅咲きのスラッガーは、ロッテへ入団して3年目の1981年に首位打者を獲得すると、翌1982年には史上最年少の28歳で三冠王を手にしてしまう。

 『オレ流』と形容された独自のスタイルを貫き、周囲の羨望や嫉妬もどこ吹く風とばかりに、1985、86年にも連続して三冠王に輝く。ところが、3度目の三冠王を手にした1986年のシーズンオフ、1対4という世紀のトレードで中日へ放出される。落合自身は、この体験が自らの野球人生にとって極めて幸運だったと振り返る。

「ロッテで四番を打っていた時は、まさか自分がトレードに出されるとは思っていなかった。でも、実際に中日へ移ってみると、セ・リーグでもパ・リーグでも、ロッテでも中日でも野球をやっていることに変わりはないという実感があった。それは、巨人も同じ。巨人の四番は特別だという人もいるけど、私にとっては何も変わらない。そうして、一度トレードを経験すると、もう何度経験しても同じ、どの球団でもプレーできるという気持ちになれる。だから、自分を一番高く買ってくれる球団でプレーすればいいと思えるんだ。日本では、トレードに暗いイメージがつきまとい、なかなかそうは思えなかったから、私は貴重な経験をした。そして、本当の意味でプロらしく生きていこうと決意できた」

 落合は、プロとしての価値を示すものは年俸しかないという観点から、プレーに関する追求心と同様、自分の商品価値にも徹底してこだわった。球界初の1億円プレーヤーとなってから、2億、3億と常にトップを走った。“金の亡者”という中傷は、バットの力で封じ込めた。そのスタンスは確実にプロ野球選手という職業のステイタスを向上させたし、天下の巨人に入っても変わることはなかった。

 最後は「どこからも声がかからなくなったから」とバットを置いたが、華々しい引退試合を行なわなかったあたりも、実に落合らしかったと言っていい。

 トレードが転機となって、より個性的に生きられたのは江夏も同じだろう。正統派ヒーローの象徴・ONは巨人ひと筋に生きた。ゆえに、対極的な存在である一匹狼は、働き場所を転々と変えていくことで存在感を強めていく。いや、移籍を重ねることこそが、一匹狼として輝くための条件なのかもしれない。

まさか海を渡る一匹狼が現れるとは

 江夏が「彼とはなぜかウマが合った」と振り返る野茂英雄は、一匹狼たる条件、移籍を自らの意思で、それもワールド・スケールで実現させてしまった。1990年に大きな注目の中で近鉄入りした野茂は、打者に背中を見せるユニークな投球フォームから豪球とフォークボールを繰り出し、並み居る強打者を圧倒する。そして、4年連続最多勝利など数多くの実績を作ると、より高度なパフォーマンスを目指す土台として、トレーニングの方法や複数年契約のメリットなどを訴え始める。

 ところが、これを自分勝手な振る舞いだと受け取られると、1995年には日本での引退を宣言して何のコネクションも持たないアメリカへ飛び出してしまう。ようやくロサンゼルス・ドジャースとの契約に漕ぎ着けてからの野茂の活躍は、あらためて記すまでもないだろう。果たして、野茂の存在は日本人の視線をアメリカにも向けさせ、本場のメジャー・リーグに日本人の実力を認めさせる。

 今季から活躍の場を移した筒香嘉智(横浜DeNA-タンパベイ・レイズ)、秋山翔吾(埼玉西武-シンシナティ・レッズ)、山口 俊(巨人-トロント・ブルージェイズ)をはじめ、現在では日本人が当たり前のようにメジャー・リーグでプレーしている。その道を築いたのは、間違いなく野茂の挑戦だ。

 野茂が渡米した頃、ファンやメディアは夢のある決断に期待しつつも、日本人がメジャー・リーグでプレーすることを現実的には考えられなかった。だが、自らもプレーの場をアメリカに求めた江夏だけは「生活環境に順応できれば、彼なら十分にやっていける」と、野茂が躍動するイメージを持っていた。

ONも羨んだ一匹狼という存在

 通算756本塁打の世界記録を打ち立て、国民的ヒーローになった頃の王は、チームメイトだった張本 勲に「ハリは自由に振る舞えて羨ましいよ」と漏らしたことがあるという。また、1993年から13年ぶりに巨人を指揮した長嶋茂雄は、この年の3位という結果を受け、チーム改造のために周囲の反対を押し切ってまで、フリー・エージェント宣言していた落合の獲得に乗り出した。この時、落合を決断させたのは「君の生き様を若い選手たちに見せてほしい」という長嶋の思いであった。

 正統派のスーパースターが羨望の視線を向け、強いチーム作りのために不可欠と認識している存在。一匹狼とは、そんなパワーと人間的な魅力に溢れた男の代名詞といえるのではないか。

江夏 豊・落合博満・野茂英雄――現代のプロ野球にも求められる一匹狼という魅力的存在【その1】

江夏 豊・落合博満・野茂英雄――現代のプロ野球にも求められる一匹狼という魅力的存在【その2】

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

横尾弘一の最近の記事