“高橋由伸世代”の指揮官が今シーズンの社会人野球を力強く牽引する

第62回岡山大会はJFE西日本が優勝。昨年準優勝だった日本選手権で頂点を目指す。

 4月1日に刊行された社会人野球の総合情報誌『グランドスラム53』には、同い年の4人の監督の座談会が掲載されている。

 NTT東日本の飯塚智広、三菱重工名古屋の佐伯 功、JFE西日本の山下敬之、そして、東芝の平馬 淳。現役時代からファンには知られた存在で、指揮官としても飯塚が2017年の都市対抗で優勝に導くと、佐伯は昨年の日本選手権で頂点に立つ。その際、決勝では山下、準決勝では平馬と対戦したように、揃って全国の上位に進出できるチームを作っている指揮官である。そうした実績に加え、彼らが1975年生まれだということも重要なのだ。

 このあたりの世代が身を置いた高校野球は、監督や先輩の言うことは絶対で、練習中は水を飲めないなど軍隊式で閉鎖的だったものが、現代につながる転換期にあったと言われている。チームのあり方や選手の気質の変化を肌で感じてきたことは、指導者としての考え方にも大きく影響しているはずだ。

社会人野球総合情報誌『グランドスラム53』には、1975年生まれの4人の監督の座談会が掲載された。
社会人野球総合情報誌『グランドスラム53』には、1975年生まれの4人の監督の座談会が掲載された。

 また、彼らが高校3年生だった1993年、プロ野球はフリー・エージェントとドラフトでの逆指名という2つの大きな制度を導入した。大学生と社会人で上位指名の候補になれば、自ら入団するチームを選べるかもしれない。あるいは、入団後に一定の年数プレーすれば、自ら望むチームへ移籍することができる。プロの世界で労使の関係が変化したことは、次第にプロとアマチュアの関係にも変化を及ぼすはずで、彼らもそれまでとは違った目でプロを見るようになる。

入社時とは違うチームで監督になるという奇縁

 さらに、彼らが大学を卒業して社会人入りした1998年は、バブル崩壊に始まった経済不況の影響で、企業チームが大幅に減少するなど、社会人野球が荒波に呑まれていた時期だ。実際、飯塚が入社したNTT関東は、翌1999年に統合・再編によってNTT東日本に。平馬の東芝府中は1999年シーズン途中で東芝に統合され、佐伯が入社したローソンは2002年限りで活動を休止。佐伯は三菱重工名古屋へ転籍し、山下が入社したNKKも2003年に川崎製鉄水島との統合でJFE西日本に変わる。

 野球の世界だけでなく、社会構造の変化の中をも生き抜いている彼らは、指揮官として社会人野球の未来をイメージしながら、チーム作りや戦術においてもユニークな手法を採っている。例えば、平馬は若手、中堅、ベテランのチーム構成比には「2:6:2の法則がある」と語り、その上で意思統一できているチームに強さを感じるという。飯塚は、プロとの大きな違いは「勝利至上主義にはならないこと」と前置きした上で、勝利を目指すことが第一でありながらも、応援してくれる職場の方々のためにもベンチ入り25名の選手全員を起用してあげられるのが理想的な戦い方だと言う。

 同期の高橋由伸が2016年に巨人で監督となり、「やっぱり由伸はさすがだな」と感じたという彼らは、社会人とプロだけではなく、大学、高校も巻き込みながら、同期の監督で野球界を盛り上げていきたいと誓い合う。

 さて、そんな彼らの今シーズンは、平馬の率いる東芝が第74回東京スポニチ大会で準優勝したあと、第48回四国大会で優勝。優勝チームに日本選手権の出場権が与えられるようになった2007年以降では、初めての優勝を成し遂げる。飯塚のNTT東日本は第61回長野県知事旗大会で、佐伯の三菱重工名古屋は第42回日立市長杯大会でともに決勝に進出。僅差で敗れたものの、投打に粘り強い戦いを見せている。

 そして、4月20日に準決勝、決勝が行なわれた第62回岡山大会では、山下の率いるJFE西日本が2試合連続の逆転劇で7大会ぶりの優勝を果たす。ドラフト候補として注目を浴びている河野竜生はすっかりエースらしい安定感を発揮しており、昨年は準優勝だった日本選手権への出場権を手にしたことも大きな弾みとなるだろう。

 このように、日本選手権をかけたJABA大会は約半分の6大会を終えたが、うち4大会で1975年生まれの監督が決勝まで駒を進めている。今シーズンはもちろん、これからの社会人野球は、彼らが牽引役となって熱い戦いを見せてくれそうだ。