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「強さ」から「多様性」が大切な時代に、編集者が実践をはじめたコミュニケーション術

佐渡島庸平コルク代表
(写真:アフロ)

編集者の仕事は、作家の才能を「引き出す」ことだと僕は考えている。

こんなストーリーやキャラクターを作ればヒットが生まれるはずだと、企画の「答え」を提案するのではない。より面白いアイディアが作家本人の心の中から出てくるような、作家が内省するきっかけとなる鏡のような存在が、今の僕が目指している編集者像だ。もしかしたら、マネジメントと呼ばれる業務全般に共通することかもしれない。

そして、そのために変えてなくてはいけないと感じている自分自身の課題がある。それが「話の聞き方」だ。

多様な個性を引き出すために必要な向き合い方とは

僕はつい最近まで自分の長所について、遠慮せずに相手を深掘りし、相手が気づけていないことを引き出すところだと思っていた。仕事でもそこを褒めてもらう機会が多かったため、僕は「聞き方」がうまいのだと自己認識をしていた。

だがある時から「実際は自分と相性のいい作家の才能を、偶然引き出せていただけではないか?」と疑うようになった。特に出版社時代は、いわゆる「強い作家」とだけ仕事をしていたように思う。僕自身が自分の力を発揮しやすいような相手を、無意識に選んでしまっていたのかもしれない。

ここでいう「強さ」とは、マスメディアの中の限られた席を勝ち取れるような種類の強さだ。編集者からの質問は、作家が深い内省をするきっかけになればいい。僕がどんどん質問を重ねるのも、特に相手が新人であるほど、そういうトレーニングの一環だと思っていた。メディアに人が集まる時代であり、苦手をトレーニングで克服することでプロになれるからこそ、編集者の自分はあえて厳しく接する。そこを勝ち抜ける人とだけ仕事をすればいい、と考えていたのだ。

でも、現在のネットの時代において、その発想は通用しない。多様性こそが輝く時代であり、強さはもう求められていない。作家は、自分の好きなことをとことん伸ばせばいい。苦手なことは、自分が向き合いたいと思ったタイミングで向き合えばいい。編集者が、無理に向き合わせる必要はないのだ。

多様な個性を引き出すために必要なのは、相手がドキッとするような質問をすることではない。むしろ、相手に寄り添っていく姿勢こそが必要なのではないか。そんな風に考えを改め、相手の考えや発言を受容するやり方を試行錯誤するようになった。

ただ、相槌の打ち方だったり、頷き方だったり、いろいろ工夫をしてはみたのだけど、どれもなかなかしっくりとこなかった。それが先日、ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記さんと対談した際に、急に雲が晴れた感じがあった。

大切なのは、とにかく「驚く」ことだ。「えっ!?」と驚くことこそが、最高に相手を受容する方法になるのだと。

コミュニケーションで大切なのは、論理ではなく感情だった

皆さんも少し想像してみてほしい。自分の発言に対し、「なるほど」と頷かれた場合と、「えっ!?」とリアクションされた場合と、どちらが続きを話したくなるか。

「なるほど」という反応は、相手の発言を肯定・受容しているように聞こえるかもしれないが、実際は会話をまとめてしまっている。「なるほど」と言われた後、それ以上その話題を広げていくのは意外に難しい。だからこそ、「なるほど」や「確かに」といった相槌は、無難に会話を終わらせ次の話題に移りたいという時に使われることが多い。

一方、驚きのリアクションをとられた場合は、相手が話題に興味を持っていることが伝わってくるので、ついついその先を話したくなってしまう。そういう自然なアシストを生み出してくれるのが、「えっ!?」という言葉だろう。

仕事でこれを意識してやるのは、なかなか難しいかもしれない。ただ、子育ての場面を思い出してみると、案外できている時が多いことに気づく。例えば息子が絵を描いて近寄ってきたときは、「えっ、この絵は誰が描いたの!?すごいね」と驚いてあげる。もちろん、本当に誰が描いているかわからないわけではない。演技で驚いている。でも、このほうが息子には僕の承認が伝わる。

人は、論理的に評価されるより、感情で反応されたほうが嬉しい。逆にいうと、感情で反応がないのに、論理的に褒められても喜ばない。そして「驚く」という行為は、すごくわかりやすい感情の反応だ。

たとえ演技であっても、自分の感情を「反応」として相手にきちんと伝えること。これこそが自分に足りなかったコミュニケーションなのだと気づいた僕は、最近「驚く練習」をはじめている。相手の発言に対して、意識的に大きく驚いてみる。些細なことでも驚いてみる。「えっ!?」と言う。そんな練習だ。

これまで、感情は自然発生的なものでないとダメだという思い込みがあった。でも、そうではない。感情もコミュニケーションの道具として使っていくべきだ。そして、感情を相手に伝える練習の第一歩として、「驚き」を伝えるのはすごく有効な方法だと気づくことができたのだ。

寄り添うとは、感情を揃えることだと思う。一緒にいることでもないし、同じ考え方をすることでもない。「Compassion」という単語があるが、まさに「Passion」を揃えることが、寄り添うことなのだ。理性ではなく、感情で繋がる関係を、これからも編集者として築いていきたい。

それが結果として、相手の才能を引き出してくれるはずだから。

(筆者noteより加筆・修正のうえ転載)

コルク代表

コルク代表・佐渡島が、「コンテンツのDJ」として自分の好きを届けていきます。 / 2002年講談社入社。週刊モーニング編集部にて、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当する。2012年講談社退社後、クリエイターのエージェント会社、コルクを創業。著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。従来の出版流通の形の先にあるインターネット時代のエンターテイメントのモデル構築を目指している。

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