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正月番組での「おにぎり炎上騒ぎ」はなぜ起こったのか?

山路力也フードジャーナリスト
コンビニの主力商品「おにぎり」。(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

正月のバラエティー番組で「炎上」騒ぎ

 元日に放送されたバラエティー番組で「炎上」騒ぎが起こっている。大手コンビニ3社のオリジナル商品を、人気レストランのシェフたちが実食して評価する人気企画で、一人の男性シェフが「おにぎり」を評価する時の態度が酷かった、という意見がインターネット上で続出。番組やシェフの店にもクレームや誹謗中傷が相次ぐ事態となっているのだ。

 問題となったのは、あるコンビニがロングセラーである「おにぎり」をプレゼンした時のこと。シェフの一人がおにぎりを目の前にして「食べたいなって気にさせない」と食べることを拒否し、コンビニの担当者は涙ながらに食べて欲しいと訴えた。シェフは司会やコンビニ担当者に促されて、一口食べた上で「不合格」と判断した。この一連の流れが批判の的となったのだ。

 ネットニュースなどでこの問題が取り上げられると、一気にSNSなどで拡散されて賛否両論が渦巻くことになり、番組や出演したシェフに対しての誹謗中傷のみならず、シェフと同じ苗字の別のシェフにまで飛び火するなど混乱を極めた。番組は公式SNS上で「誹謗中傷や迷惑行為は止めてください」と呼びかける事態になった。

 上述した概要やネットニュースなどの要約だけを読めば、シェフに対してネガティヴな印象しか持ち得ないと思うが、実際に番組を観た印象としてはかなり違う。今回の炎上騒ぎは、実際に番組を観ることなく、ネットニュースなどの要約やSNSでの発言を間に受けた人たちが同調し拡散していく、昨今のSNSを中心としたインターネット特有の炎上と同じ構造だ。

シェフの態度と発言は理解出来るものだった

 まず、今回のシェフの言動は批判されるべきものだったのか。批判の多くは「食べずにジャッジするのはあり得ない」「食べ物は見た目でなく味で判断すべき」という主旨のものだが、これは的外れな指摘と言わざるを得ない。むしろ「食べ物(料理や商品)は見た目こそ重要」なのだ。

 今回のシェフはおにぎりを手に取ってじっくり見て、食べずにテーブルの上へと置いた。理由は「食べたいなって気にさせない」つまりは「食欲を喚起しないビジュアル」ということだった。番組に出演したシェフの中でこの商品のビジュアルに対し(オンエア上で)言及したのはこのシェフ一人だけだった。

 SNS上では「コンビニのおにぎりなんて、見た目よりも味と価格」という声も多かった。確かに味や価格が重要なのは言うまでもない。その上で見た目やパッケージ、さらに機能性を追い求めているのがコンビニの商品開発者であり、同じく料理に対してビジュアルを追求しているのが料理人である。今回のやり取りは、素人からすれば「たかが見た目」という部分にこだわっているプロフェッショナル同士の「されど見た目」という部分での攻防だったのだ。

 繰り返すが、料理や商品は何よりまず「見た目」が重要である。味は言うまでもないが、いかにして「美味しそう」「食べたそう」と思わせるビジュアルかどうかが第一だ。ましてや、コンビニの商品はまず手に取って買うか買わないかが決まるので、より一層ビジュアルは重要な要素になる。その点において、このシェフが「食べずにジャッジ」しようとしたことは正しい。

 そしてオンエアでは司会やコンビニの商品開発担当者に促される形で一口食べて、その上で「不合格」判定を出している。講評では担当者に失礼を詫びた上で、ビジュアルの重要性を説き、食べた印象から考え得る現実的な改善点をアドバイスしていた。その商品がどうなったらより良くなるか、を真剣に考えているという姿勢がしっかりと伝わってきた。ちなみにこの商品は出演したシェフ7名のうち5名が「不合格」を出している。

 また、このシェフは同じコンビニの別の商品に対しては「合格」も出している。あくまでも「おにぎり」一商品に対しての言動が切り取られて話題になっているだけであり、番組全体の流れも踏まえた上でも、このシェフの一連の言動には全く問題がないと考えられる。むしろ、実に真摯に全ての商品と向き合っていたと言うべきだろう。

コンビニにとって出演はメリットしかなかった

コンビニにとってはメリットしかなかった。
コンビニにとってはメリットしかなかった。写真:アフロ

 次にコンビニにとってこの出演はデメリットだったのかどうか。今回、シェフが口にしてくれないことで、コンビニの商品担当者が涙ぐむシーンが注目を集めたが、SNSなどではコンビニに対して好意的な意見が続出し、担当者や商品に対しての応援や同情の投稿が飛び交った。その結果、このコンビニとおにぎりに対しての好感度が上がり、さらにはこのおにぎりが売り切れる店舗も続出した。番組で紹介された数多くの商品の中で、一番注目を集めたことは間違いないだろう。

 また、開発担当者が涙ながらに商品のプレゼンをするシーンは、視聴者に対してコンビニがいかに商品に対して熱い思いを持って開発しているか、というメッセージをインパクトと共に伝えることも出来た。商品に対していかに「ストーリー」を持たせるかで躍起になっているコンビニからすれば、今回のシーンは願ったり叶ったりだっただろう。

 同情する意見の中で「一生懸命作った商品をダメ出しされて可哀想」という声も多かったが、その指摘もはっきり言って間違いだ。商品開発の視点では、褒められるよりも問題点を指摘された方が貴重なフィードバックとなり、改善に繋がる大きなメリットがある。もちろん番組上では「合格」がついた方がイメージ的には良いが、コンビニ側の本音からすれば、無料で有名シェフに試食して貰い意見を貰える絶好の機会であり、むしろダメ出しを望んでいたはずだ。

 また、正月の人気番組という多くの視聴者が観る中で、自社の商品を次々と紹介して貰えるのもメリットしかない。さらに今回出演したコンビニ大手3社では、業界1位のコンビニが他の2社を圧倒しているシェアになっており、一線横並びで対等に扱ってくれる番組の構成は、業界2位と3位のコンビニにとってはイメージ戦略的にかなりのメリットがあるだろう。

あくまでもバラエティ番組の「プロレス」である

 この番組は報道番組やドキュメンタリーではなく、あくまでもバラエティ番組である。今回問題となったシェフの言動や、コンビニ担当者の涙に台本があるとは思わないが、多かれ少なかれある一定の「演出」の力が働いているのは言うまでもない。

 今回、人気レストランのシェフが7名出演しているが、SNSなどでは「高級レストランのシェフがコンビニ商品をジャッジするのがおかしい」という意見も見られたが、むしろそのギャップこそがこの番組の肝である。料理のプロフェッショナルが、コンビニの料理を食べてどんな感想を持つのか、一般消費者と違う視点が提示されるから面白いのだ。

 また「合格や不合格をつけるのが失礼」という意見もあったが、賛否両論あるからこそ番組は成立する。7名が全員にこやかに美味しい美味しいと食べているだけだったり、延々と「合格」を出し続ける番組を誰が観るというのか。コンビニに寄り添うシェフも必要だろうし、厳しく向き合うシェフも必要だろう。要は番組構成上の「バランス」「役割分担」である。

 その役割分担を番組側から振ることもあるだろうし、出演しているシェフがバランスを考えて自ら立ち位置を決めることもあるだろう。いずれにせよ、全てはバラエティ番組の中の「予定調和」であるが、プレゼンもジャッジもそれぞれガチンコで真剣に取り組んでいたはずで、いわば高度な「プロレス」だ。

 そして、コンビニ担当者涙ながらに食べて欲しいと訴える場面では、担当者の表情がアップになり、対比する形で厳しい表情のシェフが映し出された。このシーンによって、シェフが悪者というイメージがより強固になったことは否めない。つまり、編集によるイメージ操作も少なからずあったということだ。制作側からすれば、最高のシーンが撮れたと小躍りしたことだろう。

 誤解のないように言えば、これらのことが悪いと言っているわけではない。バラエティ番組であればある一定の「演出」は当然のことであり、それが分かった上でシェフもコンビニ各社も出演している、それを馬鹿正直に受け止めているのは視聴者だけ、ということだ。

 SNSは瞬時に情報や意見を発信することが出来、拡散力も強い便利なツールだ。しかし、それは同時に脊髄反射的な言動も発出され拡散される危険性も孕んでいる。今回の「炎上騒動」は、制作側にも出演者側にも落ち度や問題は全くない。騒動にしたのはあくまでも私たち視聴者側、いや視聴すらしていない野次馬たちの刹那的な反応でしかないのだ。

フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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