昭和45年創業の味噌ラーメン店

博多川端商店街で半世紀以上愛される『博多川端どさんこ』(福岡市)。
博多川端商店街で半世紀以上愛される『博多川端どさんこ』(福岡市)。

 言うまでもないことだが、ラーメンには様々な種類がある。醤油、味噌、塩、豚骨などの味のスープに、太麺、細麺、縮れ麺をどう合わせるかでラーメンは決まる。店の数だけ、作り手の数だけ味があるのがラーメンの面白さ。無限の組み合わせの中から、一杯のラーメンは生み出されていく。

 しかし、そのバリエーションが皆無と言っても良いエリアも存在する。例えば九州でラーメンと言えば、圧倒的に豚骨ラーメンのシェアが高い。九州の中でも一番のラーメンの街として知られる福岡博多でも同様だ。今でこそ福岡ではあらゆるラーメンを食べることが出来るが、それもこの十年二十年くらいのこと。かつて福岡ではラーメンといえば豚骨ラーメンのことだった。醤油ラーメンや味噌ラーメンは「邪道」だった。

 博多の夏の風物詩「博多祇園山笠」で知られる櫛田神社にほど近い川端商店街で、地元の人に長年愛されるラーメン店が『博多川端 どさんこ』(福岡県福岡市博多区上川端町4-229)。この店が創業したのは、今から半世紀も前の1970年のこと。豚骨ばかりの博多の街で、味噌ラーメンを看板メニューに据えた草分け的存在の老舗だ。

 「開業した頃は博多に味噌ラーメンなんてなかったですから、なかなか馴染んで貰えずかなり苦労したようです。新幹線が博多まで開通して、県外の人が来るようになってから少しずつ認知されて、流行るようになっていったそうです」(どさんこ店主 岩永太郎さん)

アパレルの世界から実家のラーメン店を継ぐ

父親が創業した店を継いで暖簾と味を守り続ける『どさんこ』二代目店主の岩永太郎さん。
父親が創業した店を継いで暖簾と味を守り続ける『どさんこ』二代目店主の岩永太郎さん。

 父親が創業した店を継ぐ二代目店主の岩永太郎さんは、どさんこが開業した翌年の1971年に生まれた。当時東京から岡山までしか運行していなかった山陽新幹線が博多まで開通したのは、どさんこ開業から5年後の1975年のことだ。

 福岡で生まれ育った岩永さんは、学生時代にバーテンダーを目指して中洲のバーでアルバイトをし、カクテルコンテストでも入賞を果たした。大学卒業後はアパレルに就職して、社内でブランドも立ち上げた。

 順風満帆、アパレルが天職だと思い始めていた30歳の時、父親が大病を患った。母親からも戻ってきて欲しいと言われた。岩永さんは迷うことなく仕事を辞めて家業を継ぎ、ラーメン屋になることを決めた。

 「自分がこれまでやってきたアパレルとはまったく異なる世界ではありましたが、お客様を笑顔にする『ヒューマンビジネス』という意味では、洋服屋もラーメン屋も同じだなと思ったんです。商売は人をハッピーにする手段だと考えていますので、それはラーメン屋でも同じだろうと」(岩永さん)

「美味しくないから残す」常連客に育てられた

『どさんこ』の看板メニュー「特製みそラーメン」。豚骨、鶏ガラに地元野菜の甘味も加わる。
『どさんこ』の看板メニュー「特製みそラーメン」。豚骨、鶏ガラに地元野菜の甘味も加わる。

 30歳になって異業種からの転身。学生時代から店の手伝いはしていたので、作業としてラーメンを作ることは出来たが、味がなかなか決まらなかった。父親である先代は古い職人気質だったので、「見て覚えろ」とレシピなどは一切教えてくれない。技術を盗みながら、研究を重ねて自分なりの工夫を凝らした。

 「味噌ダレがやはり重要なのですが、配合などは教えて貰えません。仕込んでいる様子を見たり、業者への発注や野菜の減り方などを見て、どのくらい使っているんだなというのを見極めていきました」(岩永さん)

 毎日悪戦苦闘する中で、なんとか自分なりの形で営業出来るようにはなった。しかし常連客の舌はとにかく厳しかった。常連客の中には岩永さんが生まれる前から通っている客もいるのだ。

 「『これはダメだ』『美味しくないから残すぞ』と言って帰られるんですよ。やはり見様見真似でしかないので、作れるだけでは駄目なんです。美味しいと言って頂けるまでに5年はかかりましたかね。開業した頃からの常連さんや、二代三代と通って下さる方も多くて、お客様に育てられ支えられているなと感じます」(岩永さん)

「1mmのこだわり」を大事にしたい

『どさんこ』もう一つの看板メニュー「皿うどん」。これだけを食べる常連客も多い。
『どさんこ』もう一つの看板メニュー「皿うどん」。これだけを食べる常連客も多い。

 豚骨ラーメン以外はラーメンではない、という博多の街で愛されて半世紀。今では地元の人たちにとって欠かせない味になった「どさんこ」の味噌ラーメン。札幌の味は半世紀の時を経て、福岡博多の味になったのだ。しかし、岩永さんは今も味の改良を目指して日々研究を重ねている。

 「時代や味覚も変わっているので、昔と同じままでは美味しいと言ってもらえないんですよ。だからもっと美味しくなるように、進化していかないといけません。お客様には気づかれないような『1mmのこだわり』を大事にしたい。その思いや気持ちはきっとお客様に届くと思っています」(岩永さん)

※写真は筆者によるものです。

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