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長浜ラーメンのプライドを守る クリーミーで濃厚な豚骨ラーメンが誕生

山路力也フードジャーナリスト
昨年夏にオープンした『イナヅマラーメン』(那珂川市)は長浜の潮流を受け継いでいる

博多ラーメンと長浜ラーメンは本来違う

 博多ラーメンと長浜ラーメンの違いを語ることは、地元福岡の人間であっても難しい。商人の街である博多と、漁港がある港町の長浜では気質も文化も違うように、それぞれで生まれたラーメンも違う。博多ラーメンは元々醤油が強い味わいであったし、長浜ラーメンは市場で働く人たちのために生まれた豚骨ラーメンだった。

 しかしながら、本来は別のラーメンであったはずが、今ではその区別が出来なくなりつつあるのが現状だ。例えば麺のお代わりである「替え玉」は長浜ラーメンで生まれた文化であるが、今では博多ラーメン店のほとんどが提供している。出しているラーメンの形、スタイルは同じでありながらも、ある店は博多ラーメンを名乗り、ある店は長浜ラーメンと看板に掲げている。さらに県外ともなれば「博多長浜ラーメン」などと謳う店も少なくない。博多ラーメンと長浜ラーメンの違いは、ラーメンの姿形や味というよりも、作り手の生き様やラーメンへの想いに依るところが大きいのかもしれない。

バンドマンからラーメンの世界へ

『イナヅマラーメン』店主の綾戸大樹さんはバンドマンからラーメンへと転身した
『イナヅマラーメン』店主の綾戸大樹さんはバンドマンからラーメンへと転身した

 福岡市に隣接した那珂川市を貫く国道385号線沿いに、2020年オープンしたばかりのラーメン店『イナヅマラーメン』は、博多ラーメンではなく長浜ラーメンを看板に掲げている店だ。店主の綾戸大樹さんは若かりし頃にバンドのドラマーとして音楽の夢を追いかけていたが、30歳になってこれからの人生を考えた時に、何かしら「手に職」をつけようと決めた。当時は酒屋でアルバイトをしていたが、取引先にラーメン店があり、その経営者からラーメンへの誘いがあった。

 「その店の大将から『ラーメンはいいぞ』と言われて、私自身もラーメンは身近な食べ物で大好きだったので、しっかりとそのラーメン店で修業をして、いずれは自分の店を持とうと決めたんです。しかしその店はちょうど弟子がいっぱいで働くことが出来なくて、どうしようかなと思っていた時に、自分がずっと好きだったラーメン店で従業員募集をしていることを知り、そこで修業させてもらうことにしました」(イナヅマラーメン店主 綾戸大樹さん)

 綾戸さんが好きだったラーメン店とは、長浜の屋台で創業した人気店『長浜ナンバーワン』の長浜店だった。長浜は老舗や屋台をはじめ、数多くのラーメン店がひしめき合う福岡屈指のラーメン激戦区。そこで人気を保ち続けている長浜ナンバーワンで、綾戸さんはラーメン店を営む上で多くのことを学んだ。

 「『ナンバーワン』は、長浜の中でも材料をたくさん使って濃厚なラーメンを出しているお店でしたが、その分コストもかかって利益が減ることになります。それでもそうしていたのは、美味しいものを出したいという強い信念があったからで、私もそのスタンスに惚れて修業をしていました。大将は仕事に厳しい人でしたから、お客様に出す替え玉を茹でるのですら、一年半はさせて貰えません。それまでは賄いなどでひたすら練習。悔しかったし辛かったですが、初めて替え玉を茹でて良いと言われた時は嬉しかったですね。あの日のことは一生忘れません」(綾戸さん)

地元の人に愛されるのが長浜ラーメン

オリジナルメニューの「野菜いため盛りラーメン」は「ちゃんぽん」がヒントになっている
オリジナルメニューの「野菜いため盛りラーメン」は「ちゃんぽん」がヒントになっている

 そして数年の修業を経て、2020年ついに念願の独立を果たす。スープの材料や麺などは修業先と同じだが、味のバランスなどは綾戸さんのオリジナル。長浜で出していたラーメンではなく、店がある那珂川の地元の人たちに毎日食べてもらうことをイメージして味を作り上げていった。

 看板メニューの「ラーメン」は、修業先譲りの濃厚でクリーミーな豚骨ラーメン。豚骨臭いラーメンが多い中で、イナヅマラーメンの豚骨ラーメンには臭みが一切ない。豚の頭と大腿骨はしっかりと下処理をして豚骨の旨味だけをしっかりと抽出。丁寧に長時間かけてじっくりと炊き上げたスープはクリーミーな口当たりと優しい味わいが広がる。ザクッとした食感が心地よい低加水の細ストレート麺は修業先と同じ麺を使っている。

 このラーメンは博多ラーメンと言えば博多ラーメンとして受け止められるだろうし、長浜ラーメンと言えば長浜ラーメンとも言える。しかし長浜の地でラーメンを学び、長浜ラーメン店で経験を積んだ綾戸さんはの生き様は、長浜ラーメンという言葉に集約されている。だから、このラーメンは間違いなく長浜ラーメンそのものなのだ。

 「ここは長浜ではありませんが、僕が作っているのは『長浜ラーメン』です。地元の人や働く人たちに愛され、毎日でも食べられるラーメンが『長浜ラーメン』だと思っているんです。だからこの那珂川の人たちに愛されるラーメンを作っていきたい。まだ一店舗しかないのに『那珂川総本店』と看板に書いたのも、この場所で愛される店になりたいという思いを地元の方たちに伝えたかったから。修業先と同じように長く愛され続けるラーメン店になれるように頑張っていきたいと思います」(綾戸さん)

※写真は筆者によるものです。

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フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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