「冷やし中華嫌い」のラーメン評論家と呼ばれて

今年も憂鬱な季節がやってきた。
今年も憂鬱な季節がやってきた。

 今年の夏も、私は「冷やし中華」が嫌いである。ラーメン評論家、フードジャーナリストという仕事を始めてからというもの、色々な場所で冷やし中華嫌いを公言しており、3年前の夏にはこの場でも自分の立場を明確に主張して多くの方達から賛否両論頂いた(参考記事:それでもまだ貴方は「冷やし中華」を許すのか?)。私の冷やし中華に対する基本的なスタンスは今も変わっていないので、まずはこの記事を読んで頂けたらと思う。

 気がつけば十年以上もの間、冷やし中華が嫌いだと強く主張しているのにもかかわらず、今年も5月頃から各種メディアから「冷やし中華」や「冷やしラーメン」などの特集を組みたいと私に相談がきた。もちろん今年も丁重に事情を説明してお断りすることになった。しかし、昨年夏は某テレビ局の人気番組での「識者が選ぶ本当に美味しい冷やし中華ランキング」という企画のオファーを受けた。もちろん当方のスタンスは先方に伝えたが、その立ち位置でぜひ選んで欲しいということだったので喜んでお受けした。

 その番組ではいわゆる「冷やしラーメン」的なメニューは排して、クラシカルなビジュアルの冷やし中華の中から選ぶこととなった。私のスタンスもオンエアされた上で、冷やし中華が好きなブロガーさんなど数名で10軒を忖度無しで選ばせて頂いたが、やはりやれ温度がどうだの具材がどうだの細かなことをブツブツ言っているのは私だけだった。夏になれば毎日冷やし中華を食べるような、冷やし中華に対して意識の高い皆さんであっても、冷やし中華に対してはかなり優しい。

 しかし、考えてみて欲しい。ラーメンのスープがぬるかったら世の中の人は文句を言うだろう。ラーメンマニアであればありきたりの麺や、出来合いの味付メンマを使っていたら何か言いたくなるだろう。それなのに、なぜ冷やし中華の温度や具材に対してはこんなにも寛容なのか。それは冷やし中華にさほどの期待をしていないからではないか。むしろ私の方が冷やし中華に対しての想いが深いのではないかとすら思うことがある。もっと冷やし中華には可能性があるはずなのに、作り手である料理人も食べ手である客も「冷やし中華なんてこんなもんでしょ」という暗黙の了解による思考停止が、冷やし中華の進化を止めてしまっているのではないかと思うのだ。

そんな私が食べたい「冷やし中華」がある

『中華そば萬福』の冷やし中華は一年中食べられる。
『中華そば萬福』の冷やし中華は一年中食べられる。

 いくら夏が暑いと言っても、昔と違って今はどこでも冷房が効いていて冷たいお水も出てくる時代だ。別に暑くもない中で無理して大して冷たくもなく旨味もない冷やし中華を食べなくとも、ラーメン店では温かくて美味しいラーメンを食べれば良い。食べ手が中途半端な冷やし中華を甘やかして受け入れるから、作り手もこれで良いのだということになり進化が止まる。冷やし中華を好きだと言うのなら、心の底から美味しいと思えない冷やし中華には、勇気を持って「NO」を突きつけるべきだ。

 しかしながら、そんな私が積極的に食べたいと思う冷やし中華もある。以前この場でも紹介させて頂いたが、銀座で百年続く老舗『中華そば萬福』(東京都中央区銀座2-13-13)の冷やし中華は格別だ。この店の冷やし中華は冷たい料理として実に正しい。器もしっかりと冷やしてあって、麺もキュッと冷たく仕上げてある。この状態で客の前に出すことにどれだけ料理人が神経を注いでいるかが分かり嬉しくなる。それでいて見た目には奇抜なことをせずに、誰もが郷愁を感じる昔ながらの冷やし中華の範疇に収めてある。常連客の要望が強いこともあり、夏だけでなく冷やし中華を提供しているのも素晴らしい。冬に食べる冷やし中華もなかなか乙なものだ。

『ラーメン大至』の冷やし中華は7月限定メニュー。
『ラーメン大至』の冷やし中華は7月限定メニュー。

 そしてもう一つ、私が手放しでお薦めしたくなるのが『ラーメン大至』(東京都文京区湯島2-1-2)の冷やし中華だ。もう十年近く前になると思うが、私が冷やし中華嫌いであることを知っていた店主の柳崎一紀さんから「ぜひ食べてみて欲しい」と直接連絡を頂き、この店まで食べに行った。そして今までに食べたことのない味わいに衝撃を受けた。私はこの冷やし中華を食べたことによって、冷やし中華の無限の可能性を感じたと言っても過言ではない。このメニューを食べるだけにこの店に行ってもいい。ちなみに先の番組でも堂々の一位を獲得している。

 実は店主の柳崎さんも私と同様に冷やし中華が好きではないのだと言う。冷やし中華嫌いの自分が美味しいと思えるものを出したいというコンセプトで作られた大至の冷やし中華。私は冷やし中華の構造的欠点として、素材の旨味ではなく調味料の酸味や甘味に頼っている点があると思っているが、柳崎さんも同様に考えていて、高級食材の金華ハムや羅臼昆布などを惜しげもなく出汁に使って素材の旨味を徹底的に抽出した。さらに麺は人気製麺所「浅草開化楼」のオリジナル麺を手際良く氷水で冷やして締めたもの。なるほど、冷やし中華もここまでおいしくなれるのかと得心した。なお、こちらのメニューは7月いっぱいで終了とのことなので急いで欲しい。

 今年の夏も、私は「冷やし中華」が嫌いであることに変わりはない。しかしながら、冷やし中華に対してのささやかな愛と希望は持っている。もちろん、子供の頃からずっと食べていたお店の冷やし中華への郷愁や、母親が作った冷やし中華の想い出を否定しようというものではない。あくまでも麺料理としてフラットに冷やし中華を捉える場合、まだまだやれることがあると思うのだ。冷やし中華は作り手が本気で向き合えばもっと美味しくなる。私はどうせ料理を食べるのならば美味しいものを食べたいと思っている。だからこそ、料理人の思いや技が込められた「本気の冷やし中華」がもっと増えることを切に願っているのだ。

※写真は筆者の撮影によるものです(出典があるものを除く)。

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