ラーメンの多様性を否定したミシュランガイドの狙いとは?

今回ビブグルマンに選ばれた、八雲(池尻大橋)の「特製ワンタン麺」。

今年で4年目を迎えた「ミシュランのラーメン」

世界で初めてラーメン店として一つ星の評価を得た「Japanese Soba Noodles 蔦」(巣鴨)は、ミシュラン掲載後海外にも進出している。
世界で初めてラーメン店として一つ星の評価を得た「Japanese Soba Noodles 蔦」(巣鴨)は、ミシュラン掲載後海外にも進出している。

 12月1日、今年も「ミシュランガイド東京2017」(日本ミシュランタイヤ)が発売された。それに先だって11月29日には掲載店のリストが発表となったが、今年も「和食」カテゴリの中で「ラーメン」が掲載されている。

 ミシュランガイド東京が登場したのは2007年のことで、ラーメンが掲載されるようになったのは創刊8年目の2014年のこと。翌2015年には「Japanese Soba Noodles 蔦(つた)」(巣鴨)が、世界で初めてラーメン店として一つ星の評価を得て話題を集めた。3年目の昨年は「創作麺工房 鳴龍(なきりゅう)」(大塚)が一つ星を獲得と、毎年ミシュランのラーメンは注目を集め続けてきた。

 ミシュランガイドがラーメン店を掲載する理由については、以前この場でも考察したように(関連記事:「ミシュランでラーメンが「星」を獲った理由」)、ミシュランガイドそのものに注目を集めるという意図も大きいと個人的には考えている。しかしながら日本独自の食文化であり、今や世界に広がるラーメンをミシュランガイドの東京版が掲載するのは当然のことともいえる。

星は増えず掲載店が減った今年のミシュランラーメン

 今年のミシュランガイド東京に掲載されたラーメン店は26店舗。2014年の22店舗(ビブグルマン)からはじまり、2015年は28店舗(新掲載6店舗、一つ星昇格1店舗)、昨年は29店舗(新掲載5店舗、一つ星昇格1店舗)と、これまで入れ替えはあったものの増えていた掲載店舗数が4年目にして初めて減少した。ちなみに今回新たに掲載されることとなったのは6店舗なので、9店舗が掲載から外れたこととなる。ちなみに新たな星獲得店はなく、一つ星店は前述した「蔦」「鳴龍」の二店舗のままだ。

2014年から3年連続掲載されていた「青葉」(中野)も今回姿を消した。
2014年から3年連続掲載されていた「青葉」(中野)も今回姿を消した。

 今回新たにビブグルマンとして掲載された6店舗は、今年オープンの新店から20年近い歴史のあるベテラン店までが揃ったが、ラーメンはいわゆる「清湯(ちんたん 透明なスープ)」で「無化調(化学調味料不使用)」という店がほとんどであり、逆に掲載から外れた9店舗は「白濁スープ」「鶏白湯」「豚骨魚介」「味噌」など、清湯以外のどちらかといえば個性的なラーメンを出している店が多く、結果として今年の掲載店は「清湯系」がかなり多いバランスとなった。

 2014年にミシュランガイドが初めて東京のラーメンを掲載した時、その掲載店の傾向が「清湯醤油系」に著しく寄っているということを私も指摘したが(関連記事:なぜミシュランは東京のラーメンを選んだのか?)、その後「清湯醤油」以外にカテゴライズされるラーメン店も掲載されるようになってきた。しかし、今回のミシュランのラーメンのラインナップは、2014年スタート時に戻った印象を強く感じるのだ。

ミシュランは「ラーメンの多様性」を否定した

 ミシュランガイドが4年目にして打ち出したこの「清湯純化回帰主義」をどう考えるべきか。私たちラーメン評論家の多くは、ラーメンの魅力の一つとしてその「多様性」があると考えている。別の言い方をするならば「定義がない」ことが、他のジャンルの料理に対するラーメンのアドバンテージだと考えている。清湯醤油だけではなく、味噌や鶏白湯、豚骨、あるいはつけ麺などもあってこそ、ラーメンという食文化を捉えられると思っているのだ。その観点から考えると、ミシュランガイドの掲載店は実に「バランスが悪い」ラインナップなのだ。

 ミシュランガイドは、そんな東京のラーメンの多様性を否定した。今回、清湯系の比率を再び上げたことから透けてみえるのは、ミシュランが求める「東京ラーメン」の姿である。おそらくインバウンドも意識しつつ、「ラーメンは和食である」という前提に立った上で、さらにそこに「素材感」「出汁感」「醤油感」「仕事感」を求めていることは間違いないだろう。それは一つのラーメンの姿ではあるが、それがすべてではない。

 東京のラーメンをいわゆるご当地ラーメン的な視点で考えたとするならば、「清湯醤油ラーメン」がその答えになることは理解出来るところだが、東京のラーメンシーンの一番の魅力は、世界一色々な種類のラーメンが集まるそのバラエティ豊かなラインナップにある。その渾然一体となった東京のラーメンに、今回ミシュランガイドは新たな定義を与えようとしている。これはミシュラン側にその意図があろうとなかろうと、今や一種の「権威」とも捉えられているミシュランガイドがラーメンを切り取った場合、結果はそうなってしまうのだ。

 ガイドブックなり何なりが一つの指針や定義を打ち出し、それを世に問うこと自体は悪いこととは思わない。しかしラーメンという料理は、他のジャンルの料理よりも遥かに嗜好性が強い特殊な存在だ。そのラーメンに定義を与えるということは、それなりの経験値による客観的かつ俯瞰的な視点と覚悟が不可欠だ。ミシュランガイドがそれに気付いているのかどうか、ラーメン評論家としてはなはだ疑問である。