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今一度確認しておきたい「卵かけご飯」の正しい食べ方

山路力也フードジャーナリスト
シンプルなのに旨い。シンプルだからこそ旨い。卵かけご飯の世界は深い。(ペイレスイメージズ/アフロ)

今「卵かけご飯」に注目が集まっている

 今、卵かけご飯が熱い。無論、冷めたご飯では美味しくないとかそういう類いの話ではない。卵かけご飯が「TKG」と呼ばれブームになって久しいが、そのブームはさらに広がりを見せている。今の時期は卵かけご飯には欠かせない米の収穫期ということもあり、全国各地で卵かけご飯のサービスやイベントが行われている(参照記事:「産経新聞」2017年10月22日)。また、大手玩具メーカーの「タカラトミーアーツ」はこのブームに着目し、卵かけご飯を作るだけのためのマシン「究極のTKG」という商品をこの10月に発売する予定である。

 さらに外国人のあいだでも卵かけご飯に注目が集まっている。元来、卵を生食する食文化は世界的にも稀有であり、海外では完全に火を通して調理してから食べるのが一般的だ。しかし、ここ数年激増している外国人観光客が日本のホテルや旅館などで卵かけご飯の美味しさに触れたことにより、卵かけご飯という食文化と共に、卵が生食出来る日本人の衛生管理意識の高さが、SNSなどを中心に海外でも話題になっているのだ(参照記事:「Searchina」2017年6月18日)。

卵かけご飯はその人を映し出す鏡だ

 新たなブームを予感させる「卵かけご飯」だが、卵かけご飯の世界は実に奥深いと常々思っている。とは言ってもかつて流行した「TKGレシピ」的な話ではない。色々な具材を乗せたり、チーズを乗せて焼いたりとなると、もはや卵かけご飯とは呼べぬ別の料理だ。そうか、だからTKGなのか。

 私が語りたい卵かけご飯とはそういう浮ついたものではない硬派なものだ。卵、ご飯、醤油。卵かけご飯を構成する要素はこのようにシンプルでなければならない。シンプルであるがゆえに奥深く、シンプルであるがゆえに難しい。シンプルであるのにその流儀や作法には差異が生まれるのが卵かけご飯の世界なのだ。

 丁寧に卵のカラザを取る人、リズミカルにスナップを効かせて卵を溶く人、最初から大胆に醤油を投入する人、味を調整しながら醤油を後から足す人などなど、卵かけご飯を食べている姿を観察していると面白いくらいに個人差が出る。卵かけご飯を見ればその人の性格や人生が分かると言ったら言い過ぎだろうか。卵かけご飯はその人を映し出す鏡だ、と言い切ってしまおう。

機能性に特化した全部混ぜ方式

 人が最初に卵かけご飯と出会うのは、子供の頃の家庭の食卓であることが多いだろう。私も物心ついた時には卵かけご飯を食べていた。その時の卵かけご飯は、卵をしっかりと溶いてそこに醤油を垂らし、醤油と卵が一体になった液体をご飯にかけるというものだ。そしてご飯を卵と混ぜながらかき込むというのが、私の卵かけご飯の原体験である。

 この食べ方に非常に近かったのが「納豆ご飯」である。我が家では全員の分の納豆を父親が一つの器で練っていた。ある程度練られた納豆に醤油と和からしを加えよく混ぜて、最後に刻んだネギを入れて完成したものを各々が取り分けてご飯に乗せて食べたものだった。家族全員分の納豆なのでそれなりに量があるのだが、丼のような大きさの器で納豆を練っていた姿を今も思い出す。

 醤油と一緒に溶いた卵をかけてご飯と混ぜる食べ方は、納豆ご飯やお茶漬けと同様、流動食のごとくスルスルと非常に食べやすいのだが、一方でどこを食べても同じ味がするという弱点を併せ持つ。この方式は美味しさではなく素早くご飯をかき込むという機能にのみ特化した食べ方であり、そこには朝の忙しい時間帯に手早く食事を済ませて欲しいという母親の隠された意図があったのかも知れない。しかし、もう私もいい大人だ。ゆっくりと美味しい卵かけご飯を食べたい。

もう今までの食べ方には戻れない

 時に熱く議論を交わしながら何度も試行錯誤を繰り返した結果、私が辿り着いた食べ方はこうだ。まずご飯に醤油をかける。次に溶かずに割ったままの卵を乗せる。あとは黄身を箸で軽く割って混ぜないようにして食べる。これだけで今までの卵かけご飯の味が劇的に変わる。卵本来の味を楽しみながら、ご飯の美味しさも味わえる。かつては先に卵を乗せて後から醤油をかけ回していたのだが、これだと醤油の香りや尖りが最初に口の中に入ってしまうことに気がついた。それ以来、醤油を先にご飯にかける方式に落ち着いた。

 これは私だけが苦労の末に辿り着いた究極の卵かけご飯の食べ方だ、と思っていたら、やはり世の中には同様の食べ方をしている人が少なからずいるらしい。女優の大空真弓さんや俳優の水谷豊さんも同様の流儀で卵かけご飯を楽しんでいるようだ。他にも黄身と白身を分けて白身をメレンゲ状にしたり、白身を使わずに黄身だけを何個も使ったりという流儀の人もいるようだ。

 もちろん食べ物は自分が好きなように食べるのが一番美味しいと感じるのは間違いないが、騙されたと思って一度はこの方式で食べてみて欲しい。きっと今までとは違った味に驚くはずだ。いずれにしても卵、ご飯、醤油という三つの素材をいかに組み立てるかで味が激変する。そんな卵かけご飯は一番シンプルな「料理」の一つではないかと思うのだ。

 料理ということになれば、米から吟味して土鍋で炊いたご飯を使い、卵も厳選した野生卵であったりアローカナや烏骨鶏の卵を使ったり、醤油も天然酵母の木桶仕込みや何年も熟成させたものを使ったり、より良い素材を追い求めることも重要な姿勢ではある。しかし、考え得る究極の素材を使ったとしても、食べ方一つで卵かけご飯の味はガラリと変わってしまう。シンプルであるがゆえに奥深く、シンプルであるがゆえに難しい。そこが卵かけご飯の世界の奥深く楽しいところなのだ。

フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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